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写真家・上田優紀が行く!
アイヌの精神と絶景をめぐる旅。

2023.3.3 PR
写真家・上田優紀が行く!<br>アイヌの精神と絶景をめぐる旅。

この地ならではの四季折々の美をダイナミックに体感できる、北海道釧路市・阿寒湖温泉。湖畔の街、阿寒湖アイヌコタンをシンボルとし、阿寒湖が間近にありながら、この街には温泉宿やアイヌの人々が営むクラフトショップやシアターなどが軒を連ねる。
そんな大自然とアイヌ文化を同時に楽しめる阿寒湖温泉の夏・秋・冬を、エベレスト登頂を成し遂げた写真家・上田優紀さんが体験。旅の中の出合いや発見をもとに語る阿寒湖温泉の魅力とは?

上田優紀(うえだ ゆうき)
1988年生まれ、和歌山県出身。京都外国語大学を卒業後、24歳で世界一周の旅に出発し、1年半をかけて45カ国を周る。帰国後、(株)アマナに入社。2016年よりフリーランスとなり世界中の極地、僻地を旅しながら撮影を行なう。近年はヒマラヤにて8000m峰を中心に撮影。2018年アマ・ダブラム(6856m)、2019年マナスル(8163m)、2021年エベレスト(8848m)登頂。

〈夏〉
湖面や森、アイヌの人々の精神の「美」に触れる

阿寒湖をカヌーが静かに進んでいく。夏の空はどこまでも透き通るように青く、湖もまたその青を映し出していた。豊かな自然だなと思った。国の特別天然記念物「阿寒湖のマリモ」のほかにもヒメマス、イトウなど多くの生物が生息するこの阿寒湖には、周囲の森から豊富な栄養を含んだ水が流れ込んでいるのだろう。

多様な生物たちと同じく、古来アイヌの人たちもまた森に生かされてきた。現在でも多くのアイヌ民族が暮らす阿寒湖アイヌコタンで話を聞くと、彼らがどれだけ自然を敬愛しているかがよくわかる。少し意外だったのがここ阿寒湖アイヌコタンの歴史はそれほど古くはなく、約64年前に各地から集まったアイヌたちによって作られた新しいコタン(村)だということ。だからこそアイヌ文化を受け継ぐだけでなく、独自の進化を遂げたのだろう。それは古式舞踊と現代舞踊、デジタルアートを組み合わせた演目「ロストカムイ」からもよくわかる。

自然と人との関わり合い、人の進むべき道、伝統と進化…。この地から学ぶことは多そうだ。

雌阿寒岳(めあかんだけ)の麓にある湖、オンネトー。美しい湖面に星空も映し出される
阿寒湖畔の森を歩く。この森から流れる豊かな水が阿寒湖の生命を生み出す
森にはエゾシカをはじめ、たくさんの動物たちが暮らしている
プロジェクションマッピングを駆使したアクティビティ「カムイルミナ」で湖畔の森をナイトウォーク
ロストカムイやカムイルミナなど、伝統を守りながらも挑戦する姿勢は阿寒湖温泉ならではなのかもしれない

〈秋〉
季節の移ろいと阿寒湖の祭り・儀式を体験

北国の秋は短く、森の色は毎日はっきりと変化していく。森を歩けば赤や黄色に色づきはじめた葉が美しく、もう一週間もすれば森全体が秋の色に染まるのだろう。クマゲラやエゾリス、ヒグマたちもどこかでせっせと長い冬に向けて準備をしているのかと思うと、少し微笑ましい。

そんな秋に行われるのが「まりも祭り」。阿寒湖からまりもを迎え、神に祈るカムイノミの儀式を行った後、また湖に送り返す。まるで神様のように扱っているが、まりもは本来アイヌにとってはカムイ(神)のような特別な存在ではなかった。まりも祭りの起源は新しく、1950(昭和25)年。乱獲や環境悪化によって危機に瀕していたまりもを守るために始まったものだった。ただ、まりもが生育するために必要な自然を保護し、慈しむこと、それはアイヌの精神そのもの。そして、この新しい儀式を古くから受け継がれてきたものと同じ方法で執り行うのは阿寒湖のアイヌコタンだからこそだと思う。

秋のピークは一瞬で終わりを迎え、すぐに極寒の冬がやってくる。

昔と同じ方法でカムイノミ(神に祈る儀式)を執り行うまりも祭り
認定ガイドが同行する場合にのみ入林可能な「光の森」を散策。100年前と姿を変えない森は、まさにアイヌが生きた森だった
アイヌの人からたくさんのことを教えてもらった。それは生きる知恵からアイヌの精神まで、とても大切なことだった
朝日を受けて森が静かに目覚めていく

〈冬〉
最も厳しく、美しい景色と交わりの祭り

氷点下20度。寒さを超えて、痛さを感じる阿寒湖温泉の冬。まだ森や動物たちが目覚める前、シンという静寂の音さえ聞こえてきそうなほど静かな結氷した湖にひとり立つ。空は夜と朝の色に染まって、湖面には月が美しく映し出されていた。厳しい自然が生み出す景色は人を寄せ付けないからこんなにも神秘的に感じるのかもしれない。身も凍る絶景を前に心が満たされていった。

そんな極寒の2月に毎年行われる「ウタサ祭り」には多くの人が集まっていた。「ウタサ」とはアイヌ語で「互いに交わる」という意味で、アイヌコタンに住む人々とその他の地に暮らすアーティストたちが共に祭りを作り上げていく。祭りの2日目のライブセッションには、ハナレグミや中村佳穂をはじめ豪華アーティストたちが集結し、いっぱいになった会場は時に優しく、時に激しい熱に包まれていた。アイヌとアーティスト、そして観客が時間を共有し、「ウタサ」の意味通り、互いに交わっていく。きっと厳しい環境で暮らしていくために、人々はずっとお互いを暖め合って生きてきたのだろう。

寒くても暖かい。いや、寒いから暖かい。冬の阿寒湖温泉はそんな場所だった。

冬の凍った阿寒湖の大島。辺りは静寂に包まれていた
ウタサ祭りはたいまつの火を掲げながら行う行進からはじまる
全面結氷した阿寒湖では、多くの人がテントを張ってワカサギ釣りを楽しんでいた
阿寒湖から足をのばして網走まで小旅行。2月にはさらに北から流氷がここまでやって来る

3季節の滞在を終えて

知らない場所を旅するというのはどうしてこうも刺激的なんだろう。北の大地で悠久の時を生きる自然とそこに暮らすアイヌの人たち…。ここにはきっと心が豊かになる風景が広がっているはずだ。夏、はじめて阿寒湖温泉に着いた時、ワクワクしたのを覚えている。それから秋、冬と移り変わっていく季節の中で、何度もこの地を旅して多くの人と自然と触れ合い、話し、学んだ。来るたびに新しいものと出会う旅は本当に楽しくて充実していた。

阿寒湖温泉を訪れて一番驚いたのは、ここのアイヌコタンは新しいものだということ。最初、何百年と代々ここに暮らし、古くからある伝統を重んじて生きていると想像していた。逆にいえば新しいものに対する拒絶さえあるのではないかと思っていた。だが阿寒湖アイヌコタンは比較的新しく、そしていろいろな地域で暮らすアイヌの人たちが集まってできた。アイヌの伝統は守りながらも新しい技術を受け入れ、使い、伝統や教えを伝えていたのにはそんなことが由来している。それはロストカムイの演目やウタサ祭りからも知ることができた。ウタサ祭りでGEZANとアイヌのおばあちゃんがハグし、肩を組んで歌っている姿は感動的で涙が溢れそうになる瞬間だった。きっとそれは阿寒湖のアイヌコタンだからこそ生まれた景色だと思う。

僕が毎回楽しみにしていたのが阿寒湖の自然だった。ここでは阿寒湖が作りだす豊かな自然に全ての生き物たちが生かされていた。何度も森を歩き、動物たちの声を聞き、山を登り、そして湖をカヌーで進んだ。植物が青々と葉を茂らせる夏。紅葉が森を彩る実りの秋。どこか生命を受け付けない厳しい冬。その異なるすべての表情が美しく、必死にカメラを向けた。世界中を旅しながら自然と対峙する時、いつも思うのは「間に合ってよかった」ということだ。目の前の自然が姿を消す前の時代に生まれてよかった、と。今、地球上にある多くの自然は百年もすれば大きく姿を変えてしまうといわれている。だけど、阿寒湖の自然はきっと大丈夫。ここには自然を愛し、共に生きるアイヌの人たちがいるから。彼らの精神が受け継がれていく限り、いつまでも姿を変えることなく、阿寒湖は人に寄り添ってくれるに違いない。

次は春に来よう。花々が美しく咲き誇り、動物たちが誕生する季節に。熊たちも目覚めて、湖に咲く水芭蕉を食べてるよ、と森のガイドが教えてくれた。阿寒湖はまた僕に違う姿を見せてくれるだろう。

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同じく春夏秋の阿寒湖を体験!
 
≫漫画家・堀道広の阿寒湖滞在記
 

text/photo=Yuki Ueda

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