色好き探偵がお家騒動の真相を暴く!?
「毛抜」粂寺弾正と錦の前
おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑
名作歌舞伎を彩る個性豊かなキャラクターを、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんが紹介。今回取り上げるのは、コミカルな謎解きが魅力の「毛抜」に登場する粂寺弾正と錦の前です。
おくだ健太郎
歌舞伎ソムリエ。著書『歌舞伎鑑賞ガイド』(小学館)、『中村吉右衛門の歌舞伎ワールド』(小学館)ほか、TVなどで活躍。http://okken.jp
眉毛のお手入れでもお馴染みの毛抜き。いまはチタンやステンレス製が主流ですが、この芝居には、鉄でできた毛抜きが出てきます。ということは、磁石に反応しますね。これが物語の大きなカギを握っています。
お嫁入りが決まっている、錦の前というお姫さま。ところが、待てど暮らせど嫁ぎ先にやって来ない。しびれをきらした先方は「いかがなさいましたか? 手前どもの花婿が、待ちかねておりますよ」と、催促の使者をよこしました。彼の名を粂寺弾正といいます。
家の者たちにうながされて、やっと奥から出てきた錦の前は、頭にすっぽりと衣をかぶり、恥ずかしそうにシクシク泣いています。
「実はお姫さまは、にわかの奇病に悩んでいまして……」
「奇病とは?」
「それが、その……」
お付きの者がためらっていると、どことなく強面の別の家来が、半ば強引に錦の前の頭の布を剥ぎ取ってしまいます。すると不思議! 彼女の美しい黒髪が、ビョ〜ンと逆立って、天井方向へ引っ張られてしまうのです。嫁ぎ先でもこんな症状が出たらどうしよう……と不安で、引きこもっていたのですね。
実はこの奇病には、このお家を乗っ取ろうとする者たちの悪巧みがからんでいます。錦の前に、「銀の櫛です」と偽って、鉄でできた櫛を贈り、天井裏に強力な磁石を携えた男を忍ばせているのです。真相を知らない錦の前が、この櫛を髪に飾れば……そう! 磁石が櫛を引っ張るから髪ごと逆立ってしまうんですね。
まあ何ともバカバカしいというか(笑)、大げさなトリックですけれども、この悪巧みを解き明かして見破っていくのが、粂寺弾正の見せ場となっています。
実は彼、バイセクシャルなんです。どっちも大好き。お茶やたばこをすすめに出てくる腰元や若い男の子に、際どいちょっかいを出しますが、立て続けにフラれて面目丸つぶれ。照れ隠しに懐中から毛抜きを取り出して、これでほっぺたやあごの無精ひげを抜いていると(この場面、見ているとすごく痛そうなんですけどね笑)……。
床に置いた拍子にこの毛抜きも、天井裏の磁石に反応して勝手に踊りはじめちゃうんです。弾正は、びっくりしますが、鉄でできた毛抜きは踊るのに銀製のキセルは踊らないことや、天井裏の怪しい気配など、一つひとつをじっくり観察しながら、乗っ取り派の計略を暴いていくのです。
ちょっとエッチな(笑)、「歌舞伎の名探偵」です。
text=Kentaro Okuda illustration=Akane Uritani
2021年2月号 特集『最先端のホテルへ』