八百屋「warmerwarmer」が考える
これからの豊かな食とは?
後編|食材を知り、選択して地域の風土を守る
「古来種野菜」をご存じだろうか。在来種野菜や固定種野菜とも呼ばれる、昔ながらの種から育てた野菜のこと。効率重視でつくられた野菜にはない深い味わいや食文化が、いま、あらためて注目されている。そんな古来種野菜が秘める食の新たな可能性について、八百屋「warmer warmer(ウォーマーウォーマー)」の高橋一也さんに話を聞いた。
「食材を知り、選択していくことは、
地域の風土を守ることにもつながります」
高橋さんと古来種野菜の出合いは20年ほど前。自然食品店「ナチュラルハウス」のバイヤーとして全国のオーガニック野菜の農家を訪ねる中、長崎の種採り農家・岩崎政利さんの「平家大根」に出合った。「宮崎県椎葉村で800年も前から守り継がれてきた種を、岩崎さんが譲り受けて育てておられたもの。それを食べて、身体が震えるほどの衝撃を受けました」。その野性的な味との出合いが、高橋さんの独立の原動力ともなった。

古来種野菜は、食べやすく改良された野菜とは異なり、香りや歯応えが強く、えぐみや渋み、土臭さなどがあるものも多い。「味にも多様性があるんです。単純な“表の味”だけではない“裏の味”があり、それこそが味わいの深みになっています」
もともと料理人だった高橋さんだけに、味覚に対する思いも強い。
「並外れた味覚をもち、それを立体的に表現できる人こそが、想像を超えた料理をつくる素晴らしい料理人になれる。そういう味覚は、画一的な味のものだけを食べていては育ちません」

ほとんどが露地栽培で育てられる古来種野菜には、明確な旬がある。「きんぴらゴボウは年中食べられると思いがちですが、古来種のゴボウは冬野菜なので、きんぴらゴボウは冬の料理なんです」と高橋さん。季節感を大切にするという和食本来の考え方とも合致する
また古来種野菜は、近年の気候変動にも強いといわれている。
「F1種と古来種の両方を栽培する農家さんが、2024年の酷暑でF1種の収量は少なくなってしまったけれど、古来種はたくさん採れたとおっしゃっていて。やはり何百年も残ってきた野菜なので、環境に適応する力が強いのでしょうね」
ハウス栽培の野菜とは異なり、古来種野菜には明らかな旬があり、おのずと料理にも季節が表れる。春と秋の端境期を補うため、干し野菜や漬物などの保存食も生まれた。古来種野菜は、日本ならではの豊かな食文化にもつながっているのだ。「古来種野菜を通して日本に伝わる“森の思想”を取り戻し、次世代に伝えていきたいんです」と高橋さんは語る。

“森の思想”とは、縄文時代の頃から日本人が抱いてきた自然崇拝の心だ。山や川、動植物など自然界のすべてに神が宿ると考え、春には山から田畑に神を迎え入れて豊作を祈り、日照りの夏には雨乞いをし、秋には収穫に感謝して神を山へ送り出す。古来日本人は農作の折々で自然に宿る神への祭礼を行ってきた。「古い写真で、農家さんが畑で手を合わせたり、農具をお祀りしたりする光景を見たときに、忘れてはいけないものが日本の食文化にあると痛感したんです」
それは野菜栽培という即物的な行為にとどまらない。自然に宿る神への畏敬の念、地域の人々と助け合うおかげさまの暮らし、苦労して育てた食べものを大切にする心。日々の農の営みや伝統行事は、そうした日本人の魂の根底にあるものまで伝えてきた。高橋さんが古来種野菜を通して伝えたい神髄もそこにある。

現在、取引する古来種野菜の農家は40~50人。長くつき合う農家もいれば、紹介を受けたり、農家からのアプローチで取引がはじまったりする。日常的には電話やFaxで密にコミュニケーションを取るが、産地を訪ねることも欠かさない。道の駅で新たな農家を発掘することも
多彩な可能性を秘める古来種野菜。しかし高齢化で種採りをやめる農家が増えて存続が危ぶまれているものも多く、高橋さんも強い危機感を抱いている。2024年には、山形大学農学部の江頭宏昌教授ら研究者や種苗会社などが業界の垣根を越えて「伝統作物種苗保全ネットワーク」を立ち上げ、存続の方法を模索する取り組みが進んでいる。高橋さんもそのメンバーだ。「僕としては、農家さんが安心して古来種野菜を栽培できる環境をつくっていきたい。それにはまず古来種野菜の認知を広げ、食べる人を増やさないと」。そのためにいま、高橋さんが取り組んでいるのが、東京に都市菜園をつくり、地方で受け継がれる古来種野菜を栽培すること。「子どもたちにも野菜の花や種ができる様子を見てもらえる場にしたいと考えています」
古来種野菜の流通にとどまらず、さまざまなかたちで普及に努める高橋さん。「古来種野菜は温故知新の気づきがたくさんあります。最近注目されているサーキュラーエコノミーも、種を受け継ぐ古来種野菜の栽培ではごく普通に行われてきたことです」
大量生産・大量消費の経済の在り方が問い直されるいま、古きよき日本文化を内包する古来種野菜が、今後さらなる注目を集めていくに違いない。
ココで古来種野菜に出合えます!

野菜市での販売
東京「伊勢丹 新宿店」地下1階の生鮮食品売場に常設の在来野菜コーナーがあるほか、毎月1回、西荻窪のギャラリー「ハライソ」で「野菜市」を開催。その他イベントの予定はHPをチェック。

Stand Bar
吉祥寺のイベントスペース「キチム」で、高橋さん自ら古来種野菜の料理を提供する「Stand Bar」を月1回開催。「多彩な人と出会える場として大切にしています」と高橋さん。前日までに要予約。

お野菜セット
公式オンラインショップで内容はおまかせの「お野菜セット」を販売。農家から届く旬の美味しい野菜を、鮮度などを考慮して発送。毎週金曜発送、土・日曜着。1回分(10~12種類)4860円。
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warmerwarmer(ウォーマーウォーマー)
問|info@warmerwarmer.net
https://warmerwarmer.net/order-1(オンラインショップ)
text: Miyo Yoshinaga photo: Shiho Akiyama
2025年6月号「人生100年時代、食を考える。」



































