海の復権《瀬戸内国際芸術祭 2022》
大島のアートが地域を元気にする
今年で通算5回目の開催を迎える瀬戸内国際芸術祭。2010年から3年に一度開かれている、日本最大規模のアートイベントだ。人々の営みや島の風土と共鳴した作品は、ここにしかない感動を呼び起こし「海の復権」というテーマをめぐる気づきを与えてくれる。
《大島》
ハンセン病の療養施設の島が、開かれた島へ
1909年にハンセン病療養所「大島青松園」が開設。源平合戦の戦場にもなった島で、当時植えられたといわれる「墓標の松」が残る。2019年の芸術祭開催をきっかけに旅客便の定期運航がはじまり一般客の乗船が可能に。
面積0.62㎢/人口49人
高松・庵治港の沖合2.5㎞に浮かぶ大島。島の大部分を占めるのは、国立ハンセン病療養所「大島青松園」だ。1996年に「らい予防法」が廃止されるまで、約90年にわたって国による強制隔離が続いたハンセン病。現在は元患者である回復者45名が、静かな余生を送っている。平均年齢は約85歳で、いずれはハンセン病や島の歴史が風化してしまう。そんな懸念に寄り添ったのが、芸術祭だった。
長く隔絶されていた大島は、芸術祭で前回1万2000人あまりもの人が訪れ、開かれた島となった。作品が主に展示される場は、かつて最大700名もの入所者が共同生活を送った長屋だ。ある入所者の半生を表現した立体作品『Nさんの人生・大島七十年』の最後には、強制隔離を主導した学者を自分は非難できるのか? と自問する作者・田島征三さんのメッセージが。「Nさんのことを知らなかった。知ろうともしなかった。Nさんに対して、ぼくは罪を冒しつづけてきた」。昨今も新型コロナウイルスのパンデミックを経験し、感染者への差別や偏見が横行した。私たちは“当事者”にならないと言い切れるだろうか。
そして解剖台。廃用となって放置され、やがて海中に沈んだが、芸術祭の初回を前に発見、引き上げられた。かつて入所した患者は、最初に解剖承諾書への記入を求められたという。つまり、この島で生涯を終えるのが前提だったということ。朽ちかけた解剖台は、当時の患者の絶望を静かに物語っているようだ。
芸術祭を支えるボランティアサポーター「こえび隊」を運営するスタッフで、大島にも初回から足を運んでいる笹川尚子さんに話を聞いた。「芸術祭がはじまる前は、『何も見せられるものはない』、『人なんて来ないよ』と入所者の皆さんは消極的でした。開催され、多くの人が来場するのを目の当たりにして、『今日は何人ぐらいお客さん来たの?』と気にかけてくれるように。芸術祭が、入所者の方が誇りを取り戻す糸口になればと思います」。過酷な歴史と悲しみだけに飲み込まれてほしくない、とも語る。アートを通して島にあったいくつもの人生を追体験し、自分の意識を問い直し、記憶する。芸術祭がうたう「復権」をシンボリックに体現する大島も、ぜひ訪れたい。
【2022秋の新作】
鴻池朋子『リングワンデルング』
鴻池朋子『物語る金の豚』
やさしい美術プロジェクト『声の楔』
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瀬戸内国際芸術祭2022
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text: Aya Honjo photo: Kenta Yoshizawa
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