「すし処ひさ田 |岡山」寿司で表現する瀬戸内海の恵み【後編】
犬養裕美子のディスカバー ベスト・レストラン
地方の寿司店は侮れない。そこに行かなければわからない“味”がある。わざわざ車を飛ばして行くべき、旅の目的になる寿司店へ。今回は、岡山県赤磐市にある「すし処ひさ田」を前後編記事でご紹介します。
瀬戸内海の魚の味を
やさしく引き立てる握り
無事に手術を終えた久田さんは決意新たに、店の値段もスタイルもガラリと変えた。それまで夜5000円前後の普通の寿司店が、いきなりおまかせコース1万円に変わってどうなったか。2000年前後、地方では「おまかせ」というスタイル自体が知られておらず、地元客は激減したが、逆に遠方からのお客がぽつぽつ増えていった。「岡山におもしろい寿司屋がある」。寿司好きの間では、ジワジワと知名度が上がった。そうなると、久田さんはさらに自分にプレッシャーをかけるように値段を上げ、ネタの質も上げていった。
久田さんがまず、とりかかったのは、魚を最高の状態で届けてもらうこと。せっかく天然魚を市場で早朝に仕入れても、夕方になると身がゆるんでしまう。久田さんは信頼する鮮魚商の島田さんに協力してもらい「活かし込み」という手法を漁港や荷受け会社に説明して回った。「水揚げしたら生け簀に入れ、餌を与えないことで、漁のストレスを吐き出させます。こうすると身が締まり、脂がのる。とはいえ、手間がかかるのでみんなやりたがらない」。それを納得させたのが「ひさ田」の実績だ。有名になればなるほど、その魚のクオリティの高さが「活かし込み」によるものだと知られ、瀬戸内海産魚介類の価値も上がっていった。
久田さんのこだわりは岡山がキーワードだ。だから「チーズ」も出てくる!日本のイタリアチーズのパイオニア・吉田牧場のモツァレッラをつまみに使ったり、握ったりする。「ひさ田」はますます「ほかにはない寿司店」に進化していった。
さらに大きな転機を迎えたのが、8年ほど前、営業を金曜夜、土曜の昼夜、日曜の昼夜5回だけにしたこと。毎日満席という人気絶頂のときに、あえて営業日を減らすことは普通では考えられない。
「私はできるだけ長く仕事をしたい。毎回、同じ完成度で店に立つのは、結構体力がいるんです。40代になってこの先、自分の体力と気力をずっと同じレベルで維持していくには、週に5回が限度」。マラソンランナーのように、走り続けるために現役力を温存する。
だからこそ久田さんの仕事はいまも進化を遂げているという。「いつも何か必ず新しい〝手〞を切り出してくる」と常連をも驚かせる。たとえば岡山を代表する魚・サワラも、その日、その日で違う。通常なら炙りと辛味大根をのせた2種類だが、11月から3月の旬の時期には酢で〆て出すことも。
これからの「ひさ田」はもっと営業日が少なくなる?ギュッと閉じ込めた旨みが口の中でほんのり広がる握り。それが幻にならないうちに、ぜひ!
寿司飯にも岡山らしさを
「握り」
寿司飯には地元の米を使っている。雄町は酒米として有名だが食べて美味しい米ではない、といわれてきた。ところが久田さんが試してみたら十分美味しかった。そこで地元の「きぬむすめ」とブレンドして使っている。ホロっとした炊き上がりが魅力。
サヨリ
塩をした後に酢で〆たサヨリ。包丁を細かく入れて握る。
鯛
瀬戸内を代表するネタ。塩で〆て、酢洗いで甘みを引き出す。
赤貝
瀬戸内の赤貝は播磨灘産。美しい色と香りを楽しむ貝。春先が旬。
キス
下津井のキス。湯引きして、塩と酢で〆る。
スミイカ
地元ではハリイカという。昆布〆で高めの温度の寿司飯で握る。
車エビ
観音開きにして内側を炙って握る。姿も美しい。
トリ貝
3月〜5月が旬。半分にスライスして二重に握る。
サワラの辛味大根
辛味大根のおろしで食べることで、さっぱり引き立つ。
サワラの炙り
表面を炙って脂を落とし、鮮度のいい身を味わう。
しめサワラ
岡山の郷土料理“祭り寿司”をイメージした〆もの。
青ウナギ
江戸時代から珍重されてきた児島湾の青ウナギ。
ミル貝
春先の貝は香りがいい。煮切を塗ってすぐに味わう。
太刀魚の炙り
脂ののった身の皮目を取って炙る。スダチを香らせて。
デザート
あんこのジェラート
品のよい甘みの小豆あん。実は久田さんのお母様が炊いた自家製あん。
日本酒は地元酒蔵を応援。赤磐産雄町酒米を使って造る「酒一筋」はぜひ味わいたい。ワインも、ワイン好きの久田さんならではのこだわったセレクト。
すし処ひさ田
住所|岡山県赤磐市桜が丘西9-1-4
Tel|086-955-8585
営業時間|金曜19:00~土・日曜13:00~、19:00~
定休日|月~木曜
コース2万4000円(税込)
席数|カウンター席10席 ※完全予約制。
キャンセルは4日前までに。以降のキャンセルは食事代全額支払いのこと。カード不可。予約受付は3カ月前より金~日曜の16:00~18:00に
text:Yumiko Inukai,photo:Muneaki Maeda
Discover Japan 2018年5月号『東京 再入門』
≫SF映画のような「超未来寿司屋」SUSHI SINGULARITY TOKYO