TRADITION

「備前焼」岡山で紡がれる伝統工芸に新たな風を吹き込む

2020.9.14
「備前焼」岡山で紡がれる伝統工芸に新たな風を吹き込む
右から)森 敏彰さん、森 大雅さん、中本研之さん

秋の味覚をより引き立ててくれる器「備前焼」。備前焼は古代の土器、須恵器に起源を遡る日本で最も古い焼き物のひとつ。備前市の伊部地区が代表的な産地で、釉薬をかけず、土を固く焼き締めただけの、素朴で控えめな茶器や食器は、食をより一層美味しく彩ってくれる。

その伝統工芸「備前焼」に新たな風を吹き込むクリエイターたちに話を伺った。

森 敏彰さん
1982年生まれ。江戸時代に岡山藩によって備前焼の制作が許された由緒正しき“備前焼窯元六姓”の直系に生まれる。使い手の気持ちと遊び心を大切に制作

森 大雅さん
1974年生まれ。祖父・森風来の窯を継承し、陶彫を木村玉舟に学ぶ。東京での個展や地元岡山各所での個展だけでなく世界各国で備前焼の魅力を伝える活動を精力的に行う

中本研之さん
1975年生まれ。伊勢﨑紳に師事し、2005年に連房式登窯を築窯して独立。機能性と美しさを兼ね備えた代表作の大皿をはじめとした工芸品と独創性あふれるオブジェも制作

伝統工芸・備前焼の新しい魅力を発信する

古くは古墳時代の須恵器にルーツをもち、「日本六古窯」のひとつに数えられる備前焼。絵付けも釉薬も使用せず、薪窯でのたき方の妙だけで、独特の陶土「ひよせ」を多彩かつ力強く表現した風合いは、ひとつとして同じものはない。現在に至るまで岡山が誇る伝統工芸品として国内外で高い評価を得ている。今回の「備前焼・酒器プロジェクト」は、小誌編集長の高橋俊宏がプロデューサーとなり、岡山の有志とともに新しい備前焼の魅力を発信する試みだ。

まず立ち上がったのは、備前焼の若手作家として注目を集める森大雅さん、森敏彰さん、そして中本研之さんの3人だ。備前焼の産地として名高い岡山・伊部は、先の西日本豪雨で直接の被害はなかったが、決して無関係ではなかった。真備に住む友人の作家が被災した直後、個人的にボランティアに行った中本さんはこう話す。

「道に車がひっくり返っていたり、生々しい惨状を目の当たりにして、言葉にならなかったですね」

被災地を少しでも勇気づけようと、仮設住宅を訪れ、自らの作品を贈る活動もしたという。

「微力ですが、少しでも賑やかになればと思って。笑顔を見せてくれた方もいらっしゃって心に響きました」(森敏彰さん)

備前焼×伝説の酒が桃太郎伝説を呼び覚ます

モクモク片口 桃源郷から雲に乗ってロマンチックにやってきた桃太郎
桃ぐい呑

「桃太郎」をイメージした森大雅さんの作品。「おとぎ話では川から流れてきますが、桃源郷からやってきたということで雲をモチーフにした片口にしました」。桃そのもののチャーミングなフォルムの盃はふた付き。「岡山は白桃も有名なので、備前焼だけでない名産品を知ってもらえるとうれしいですね」

価格|桃ぐい呑5400〜7560円、モクモク片口8640〜1万800円
問|bizen@taiga-mori.com(森大雅)

お腰につけたきびだんごのぐい呑みで
仲間と酒を酌み交わす

どっしりとした備前焼の既成概念を覆す丸いフォルムのぐい呑みは、森敏彰さんの作品。備前焼を代表する焼色の胡麻や桟切、緋襷など、色は異なるが、同じ土で製作。「たき方と置く場所で、これだけ多彩な表現ができるおもしろさは備前焼だけ。仲間とわいわいうつわを選ぶ楽しいイメージでつくりました」

価格|3240〜6480円、巾着 4320円
問:bizen-hozangama@outlook.jp(森敏彰)

きびだんごとともに腰につける巾着は、糸紡ぎから染め、織りまでの工程を一貫して手作業で行う、岡山の稀少な伝統工芸「烏城紬」作家・須本雅子さんによるもの

実は温厚だった鬼はまがまがしくも
温かい片口で酒を飲む

中本研之さんがつくったのは独自の鬼観からインスパイアされた片口。「鬼は一般的に悪者とされていますが、桃太郎伝説の温羅(鬼)は、百済から来た王子で、実は温厚だったという言い伝えもあるんです。そのイメージで、禍々しい中にも温かみのある雰囲気にしました。桃太郎と戦う前に飲むうつわのように」

価格|3万2400円
問|bizenkugui@gmail.com(中本研之)

桃太郎も仲間も鬼も
笑顔になって飲めば心はひとつに

板野酒造場の「桃太郎鬼退治」は、可能な限り農薬を使わずに育てた米を、山廃酛で仕込んだ旨口の純米酒。COCHAEがデザインしたラベルは、酒席に誘うような笑顔の鬼のイラストがポップ。側面にはもともとの鬼退治にあしらわれていた、書家による酒名のロゴも生かされている

価格|未定
問|板野酒造場

「折紙をもっとポップに!」をキーワードにグラフィック折り紙を制作。現在は新しい視点をもったデザインで、玩具や雑貨の開発、商品企画、展示など幅広い活動を行う。
www.cochae.com

板野酒造場は、昭和9年の創業以来、岡山市の西部「備前一宮」で酒を醸し続ける老舗酒蔵。グラフィック折紙や新しい玩具、雑貨の開発などを手掛けるCOCHAEと組んで銘酒「桃太郎鬼退治」に新しい風を吹き込んだ。

板野酒造場
住所|岡山県岡山市北区一宮35
Tel|086-284-1161
www.ginpoo.co.jp

岡山発祥の桃太郎伝説に
クリエイターが託した想い

備前焼の特徴は、備前地方の陶土「ひよせ」で成形し、乾燥させた後、焼き締める製法。千数百℃の薪窯の中で7〜10日間昼夜たき、置き方と炎の当て方の工夫だけで模様を変化させる、原始的な魅力はほかにはない

今回の備前焼・酒器プロジェクトのテーマは、桃太郎伝説。いわずと知れた吉備国(岡山)が起源とされているおとぎ話だ。桃太郎が産まれた桃をモチーフにした森大雅さん、その桃太郎が犬、猿、雉と仲間を集うために腰につけたきびだんごをイメージした森敏彰さん、そして、鬼からインスパイアされた中本さん。それぞれ独自の感性でクリエイトした酒器は、原始を感じる備前焼の魂が凝縮されていると同時に、ほかにはないインパクトが目を引く。

「少しでも被災した地域の方が元気になってもらえればと思います。そして、まだ触れたことのない方に岡山の伝統工芸の魅力に気づいてもらえる機会になればうれしいです」(森大雅さん)

桃太郎伝説をテーマにした酒器で飲む酒は、銘酒処・岡山であり、桃太郎伝説の舞台である笹ヶ瀬川のほとりにある「板野酒造場」の「桃太郎鬼退治」以外に考えられないだろう。こちらは、「吉備津神社」の祈祷を受けた縁起のよい日本酒だ。

平安時代に創建されたとされる吉備津神社は、桃太郎のモデルとなった大吉備津彦命を主祭神として祀り、第10代崇神天皇の頃に、温羅(鬼)を退治した神話が残る由緒正しき神社。そこで祈祷を受けた桃太郎鬼退治は、地元でも奉献酒として親しまれている。

今回のプロジェクトでは、その日本酒のラベルを一新。そこで高橋が声をかけたのが〝あそびのデザイン〟をテーマに岡山で活動する軸原ヨウスケさん、武田美貴さんによるデザイン・ユニットCOCHAEだ。仕上がったデザインは、元の力強いイメージとは打って変わり、ファニーな鬼のイラストに思わず笑顔がこぼれてしまう。

「鬼退治に行ったけど、飲んで仲よくなった物語をイメージしました。岡山の人も県外の人も、ひとつの仲間になってほしいという思いを込めました」(COCHAE)

岡山のクリエイターたちが宿した思いが、新しい備前焼の物語を紡いでいく──。

©岡山県観光連盟

桃太郎のモデルとなった吉備津彦命の神話が残る神社。日本で唯一の様式で建てられた本殿の比翼入母屋造は国宝に指定。360mに及ぶ、長い回廊も名高い。

吉備津神社
住所|岡山県岡山市北区吉備津931
Tel|086-287-4111
参拝時間|5:00〜18:00(受付・授与所は8:30〜16:00)
http://kibitujinja.com

text: Ryosuke Fujitani photo: Norihito Suzuki
2019年4月 特集「ニッポンの新たな時代、どうつくる?」


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