見る者を引き込む緊迫の展開
「仮名手本忠臣蔵/六段目」お軽
おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑
名作歌舞伎を彩る個性豊かなキャラクターを、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんが紹介。今回取り上げるのは、「仮名手本忠臣蔵/六段目」に登場するお軽です。
おくだ健太郎
歌舞伎ソムリエ。著書『歌舞伎鑑賞ガイド』(小学館)、『中村吉右衛門の歌舞伎ワールド』(小学館)ほか、TVなどで活躍。http://okken.jp
真っ暗闇の山中で、誤って人を撃ち殺してしまった勘平。遺体の懐から、悪いこととは知りながら財布を奪い、無我夢中で走って、このお金を塩冶の武士の仲間に届けます。あだ討ちを志す塩冶の家の者たちが、折しも、京都に来ているのです。
一夜明けて——祇園の女衒(遊女をスカウトして色町にあっせんする職業)とおかみさんが、お軽を迎えに家まで来ています。すぐにでも廓へ連れて行き、働かせたいのですが、お軽も母親も「お父さんも、勘平さんも、昨夜からまだ帰らずじまいだから……」と、顔を曇らせるばかり。
しびれを切らした女衒が、無理矢理お軽を駕籠に載せて祗園へ向かおうとしたとき、やっと勘平が戻ってきます。仲間にお金を届けたことで、汚名返上・あだ討ちへの仲間入りの可能性が出てきた勘平は、その分、気持ちにゆとりができています。強引な女衒の態度にもひるむことなく、お軽の母やおかみさんが語ってくれるここまでのいきさつにも、冷静に耳を傾けていたのですが……。
おかみさんが、お軽の父に五十両を渡した際にそのお金を入れた財布の、縞柄を説明した次の瞬間、勘平の胸に、息が止まるような衝撃が込み上げます。
(お、俺が奪った昨夜の財布と、まったく同じ縞柄だ……)
定九郎が撃たれたときの血がにじんだ、昨夜のあの財布を、勘平はいまも隠し持ったままなのです。
俺は、お軽のお父さんを撃ち殺してしまったのだ……勘平は、すっかりそう思い込んで、激しく動揺してしまいます。
五段目〜六段目、とここまでの展開をずっと見てきた観客は、勘平が撃ち留めたのは、その直前にお軽の父をむごたらしく手にかけた定九郎であることを、すでに知っています。でもそれは真っ暗な中での出来事だったから、勘平だけには、まだ、わからないままなのですね。観客は「勘平、早く気づけよ!」、「このままだと、結局このあと、どうなってしまうんだ……」と、ハラハラしながら見守ることになる。まことに優れた作劇です。
この後、この家には、山の中で発見されたお軽の父の遺体が運び込まれ、さらには、塩冶家の侍が二人やって参ります。昨夜勘平が届けたお金を受け取った、あだ討ちの計画のリーダー・大星由良之助は、勘平の仲間への返り咲きを許可したか否か、が明らかになるのです。勘平の運命やいかに!
text=Kentaro Okuda illustration=Akane Uritani
2020年9月号 特集『この夏、毎日お取り寄せ。』