TRADITION

生き抜くための“つくり阿呆”
「一條大蔵譚」一條大蔵卿と常盤御前
おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑

2020.12.17
生き抜くための“つくり阿呆”<br>「一條大蔵譚」一條大蔵卿と常盤御前<br><small>おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑</small>
世間の目には「奇妙な二人」に映る夫妻だが…

名作歌舞伎を彩る個性豊かなキャラクターを、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんが紹介。今回取り上げるのは、「一條大蔵譚」で源氏再興のために平清盛を欺いて生き延びる一條大蔵卿と常盤御前です。

おくだ健太郎
歌舞伎ソムリエ。著書『歌舞伎鑑賞ガイド』(小学館)、『中村吉右衛門の歌舞伎ワールド』(小学館)ほか、TVなどで活躍。http://okken.jp

「つくり阿呆」という設定が、大きなカギを握るお芝居です。有能な人物が、世間を欺いて、阿呆なふりをし続けている、という趣向です。

その人物こそは、大蔵卿。由緒ある家柄のお公家さんですが、世はまさに平家全盛の時代。権力争いに巻き込まれたり、要注意人物だと目をつけられるのを嫌った彼は、「生まれたときから、僕、馬鹿で〜す。知恵もなければ力もない。なんの役にも立ちませ〜ん」という態度に徹することにしたのです。ぽか〜んと口を開けて、うつろななまざしを保って、来る日も来る日も社会のアウトサイダーとして過ごし続ける……想像もつかないような、自分の殻に閉じこもり切った生き方ですが、コロナ禍のステイホームにも通ずるものがあるかもしれませんね。

この当時、権力の絶頂にあったのが、平清盛。史実ではさまざまな功績のあった大人物ですが、芝居の世界ではもっぱら暴君として描かれます。自分が追いつめて非業の死へと至らしめたライバル・源義朝の愛妾・常盤御前を慰みものにしますが、やがてそれにも飽きて、大蔵卿に押し付けてしまいました。

「能なし」で役立たずのお公家さんと、男から男へと渡り歩いて生き延びている貴婦人——世間の目には、まことに「奇妙な二人」に映る夫妻が、かくして誕生したわけです。

源氏に仕え続けてきた侍・吉岡鬼次郎と妻のお京には、常盤御前の生き方が節操なく、ふしだらに思えて仕方ない。自分の保身のために平気で身体を許すとは……。さらなる真相を探るためにお京は、女スパイのように正体を隠して、大蔵卿の館に潜入します。

お京の手引きで、鬼次郎も真夜中の館に忍び込むと、そこでこの夫婦は、意外な事実を知ることとなります。

まず常盤御前は、幼い3人の息子を平家方に殺されることなく育てていくために、心ならずも清盛に身を任せるしかなかった。夜ごと、弓矢遊びの的に清盛の肖像画を貼り付け、それを狙って矢を放っては、平家が滅んでしまうことを念じ続けていた……。

そして大蔵卿は、阿呆どころか文武に秀でた誠に立派な人物だったのです。力強く長刀を構えて、館を乗っ取ろうと企んでいる悪者を手際よく退治すると、自分は心の底から源氏の行く末を応援している、憎らしい平家の一味を必ずや打倒して、勝利の栄光を手に入れてほしい、と鬼次郎夫婦に伝えるのでした。

text=Kentaro Okuda illustration=Akane Uritani
2020年12月号 特集『うつわ作家50』


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