TRADITION

明智光秀とその家族を襲う苦しみ
「絵本太功記」光秀と皐月
おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑

2020.10.29
明智光秀とその家族を襲う苦しみ<br>「絵本太功記」光秀と皐月<br><small>おくだ健太郎の歌舞伎キャラクター名鑑</small>
主君を討ったことにより、光秀とその家族は大いに苦しむことに

名作歌舞伎を彩る個性豊かなキャラクターを、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんが紹介。今回取り上げるのは、武智(明智)光秀一家の悲しみと情愛の物語を描く「絵本太功記」に登場する光秀とその母・皐月です。

おくだ健太郎
歌舞伎ソムリエ。著書『歌舞伎鑑賞ガイド』(小学館)、『中村吉右衛門の歌舞伎ワールド』(小学館)ほか、TVなどで活躍。http://okken.jp

今年のNHK大河ドラマの主人公は、戦国武将・明智光秀。歌舞伎の演目にも、武智光秀の名で、登場します。

主君・織田信長にたび重なる恥辱を受けて、しかもその恥辱は、光秀本人だけでなく、その家族にも及び、耐えに耐え続けた光秀が、とうとう我慢の限界を超えて、反乱の決行に及ぶ——という流れで展開することが、彼を描いた演目の定番になっています。

明智を武智と呼び換えるように、信長も、春永という名で登場するのがです。そして、光秀が春永から受ける辱めの象徴となるのが、春永に鉄扇(骨が鉄でつくられた扇)でしたたか打たれたことを示す、おでこの大きな傷です。くっきりと真っ赤だったり、青黒く不気味な三カ月のようだったり、これも演目や場面によってさまざまです。

『絵本太功記』は、歌舞伎ではもちろん、もともとつくられた人形浄瑠璃のかたちでも、たびたび上演される名作です。タイトルこそ太功記(太閤記)、すなわち豊臣秀吉の英雄伝をうたっていますが、実際の主役は光秀で、春永を倒した後「主君殺し」のレッテルや汚名に光秀が悩まされ、その苦しみが光秀の家族にまで及んでいくさまを、こってりと濃密に描いたドラマです。

亡き春永の跡目争いは、光秀と久吉(秀吉の、劇中での呼び名)の両軍対決へと突入していきます。その戦に、光秀の息子・十次郎も初陣として参加する。いとしい許婚・初菊を残して、悲壮な覚悟で戦場へと駆け行くのです。

光秀の年老いた母・皐月はある旅僧をかばおうとして…

片や光秀の年老いた母・皐月は、主君に背いた息子のことが許せません。塞ぎ込んで草深い一軒家に引きこもってしまいました。その侘び住まいに、光秀の妻・操も、十次郎も初菊も——つまり光秀本人を除く家族がみんな揃って、物語は進んでいきます。

さらにそこに、久吉も、旅僧になりすまして一夜の宿を求めて訪れ、しかもそれを尾行して光秀までもが……すごい展開ですね。障子の向こうに気配を感じ取って、(おのれ、久吉……!)と、竹槍をグサリと突き立てます。

たしかな手応え! しめた、と障子を開けてみたら、なんと、そこには、母! 旅僧を久吉と見抜き、彼をかばって、自分の生命をなげうってでも息子に改心を迫るのです。

やがて、戦場から、十次郎が……致命傷を負って、息も絶えだえに戻ってきます。自分の主君への反逆がもととなって、光秀は、母と息子を、一時に失ってしまうのでした……。

text=Kentaro Okuda illustration=Akane Uritani
2020年2月号 特集『世界に愛されるニッポンのホテル&名旅館』


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