『修禅寺物語』の舞台「静岡 修善寺」
おくだ健太郎の歌舞伎でめぐるニッポン
日本各地に残る歌舞伎の舞台を、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんが紹介。今回取り上げるのは、面作り師の夜叉王と将軍源頼家の運命を描く「修禅寺物語」の舞台となった静岡県の修善寺です。
おくだ健太郎
歌舞伎ソムリエ。著書『歌舞伎鑑賞ガイド』(小学館)、『中村吉右衛門の歌舞伎ワールド』(小学館)ほか、TVなどで活躍。http://okken.jp
あたたかき湯のわく所、あたたかき人の情もわく……。自分のそばへ迎え入れたばかりの、出で湯の里の娘・桂に、将軍・源頼家は、しみじみと語りかけました。娘と同じ名の桂川が、月明かりにきらめいています。
桂の父は面を彫る職人で、名を夜叉王(やしゃおう)といいます。死別した妻は、華麗で雅やかな生き方になじんだ、気位の高い女でした。その性格を受け継いだ桂。鄙びた山里で、職人風情の娘のまま一生を終えたくはありません。頼家から見初められたのは、願ったりかなったりのことでした。
将軍とは名ばかり、政治の実権を母の北条政子とその親族に奪われ、伊豆の山奥に幽閉の身の頼家。気なぐさみのためでしょうか、自分の顔を面に彫ってくれ、と夜叉王に命じました。納期が遅れに遅れて、とうとう頼家は、じれて夜叉王の工房へ催促にやってきます。そこで彼の目は、見事に出来上がっている面に、そして桂に、ぴたりと止まりました。満足そうに面を受け取ると、桂を側室として召し抱えることも、その場で決断したのです。
政の失意の癒しを、田舎娘からの脱却を、それぞれこの恋に託した、頼家と桂……。見つめ合う二人を照らす月の光が、不意に雲に遮られます。闇の中を忍び寄る鎌倉からの刺客たち……。
夜叉王が、何度つくり直しても合点がゆかず、納期を遅らせていたのは、面が出来上がるたびに、そこに死相が浮かび上がるからでした。献上をためらう夜叉王から、「これで十分満足だ」と、半ば強引に面を受け取り、桂を連れて、工房を去っていった頼家。もしや死相は、彼のたどる運命を暗示しているのか——。
修善寺の温泉で入浴中の頼家が惨殺された、という史実が、この物語のもとになっています。湯舟に漆を流し込まれ、全身が腫れ上がったまま、頼家は息絶えたといいます。
text=Kentaro Okuda illustration=Akane Uritani
2017年9月号 特集『職人という生き方』