坂口恭平さんが伝えたい
「困ったら迷わず電話をかけて!」
本誌でもおなじみの各業界で活躍する著名人に、おうち時間の過ごし方やアイデアを聞く《DJ的・おうち時間の充実計画》。2012年から『いのっちの電話』と称して、死にたい人からの電話相談を受けている作家の坂口恭平さん。突如訪れた混乱の世界に生きる人たちに、彼がいま伝えたいこととは?
1978年、熊本県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。2004年に路上生活者の住居を撮影した写真集『0円ハウス』を刊行。以降、ルポルタージュ、小説、思想書、画集、料理書など多岐にわたるジャンルの書籍、音楽などを発表している。2023年に熊本市現代美術館にて個展開催予定
どこもかしこも新型コロナウイルスの話題で持ちきりですが、僕はいまいちよくわかってません。それが一体、どんなウイルスによる病気なのか、どんな症状なのか、どれも情報が錯綜していて、何を信用すればいいのかもわかりません。マスクをしろと言われても、それが本当に効果的かどうかもわからない。なのでマスクもしてません。手を洗い、うがいはよくしてます。衛生的にというよりもやっていると気持ちがいいからです。
もともと、家で仕事をすることが多いので、生活は変わっていないのかもしれません。家で原稿を書いた後は、行きつけの喫茶店に行き、その後アトリエに立ち寄り、絵の仕事をしてます。この日課をいまも同じように続けてます。だからここで何か気の利いたことが言えるわけではありません。でもこの混乱の状況の中で、慣れない生活のために体調を崩した人、うつになってしまった人には、僕の日常が何かヒントになるかもしれないと思って、書いてみることにしました。
僕は躁うつ病を患っているのですが、それは病気というよりもむしろ体質です。だから薬を飲んで完治することはありません。どうあがいても、気分が天の上にまで上がり、そして疲れて、気分がどん底まで落ちていきます。平時であろうが、混乱してようが、この心の運動が死ぬまで続けていくようです。何か原因があるわけでもなく、自然とそうなってしまいます。そして気分が落ちるところまで落ちると、死にたくなってしまうんです。
いつも死にたくなるとき、確かにいまみたいな混乱の真っただ中にいました。でも一人で。周りを見れば、何気ない日常が続いていました。そのギャップがさらに僕の死にたい衝動を強めていたように思います。そういう生活を送っていたからか、いまみたいな世界全体パニックみたいな状態だと、逆に気分は少し穏やかです。もしかしたら、僕にとっての日常生活というのは、いまみたいな混乱の世界なのかもしれません。
というわけで、僕が伝えられるのは、もしもうつになり、死にたいという感情が現れてきた場合どうするかということです。僕は2012年から『いのっちの電話』と称した、死にたい人からの電話相談を受けてます。自分の携帯電話の番号を公開してやっているのです。一日5、6人、年間2000人くらいの電話を受けてきました。
「死にたくなったときは、迷わずにすぐに僕に電話をかけてきてください」。
伝えたいことはこれだけです。死にたいということはなかなか周囲の人に相談することができません。しかし、すぐにでも「声」にしないとどんどん身体はつらくなっていきます。本当に危ないと思ったらすぐに電話してください。大抵つながりますし、つながらないときはこちらから後で電話を折り返します。
死にたい、と感じているとき、どのようなことが起きているのでしょうか。僕は〝脳の誤作動”が起きていると思っています。「死にたい」と感じていることは誤作動なのですが、脳自体にエラーが起きているため、誤作動だと気づくことができないんです。その結果「死にたいと感じるのは自分が駄目だからで当然のことだ」と感じてしまい、そうなってしまうと人にも相談できなくなってさらに悪化していきます。
死にたいという感情は身体の警告です。それはもともとは「疲れたから休ませてください」という身体からのささやかなお願いでした。しかし、それを聞き入れず無理を続けていると、今度は決死の行動で身体があなたの動きを止めようとします。これは「死にたい」という感情の源流だと思います。あなた、ではなく、身体が起こしている信号ってことです。だから死にたいと感じたときには、ぜひ横になってみてください。身体の大元である心臓を休ませてあげましょう。それだけでも全然変わってくると思います。
あとは呼吸ですね。吸うのは誰でも自然と行っているので「吐く」ことに集中してみましょう。まずゆっくり吐けるだけ吐いてみる。深呼吸というと、みんなつい大きく吸ってしまいますが、僕はいつも電話でゆっくり吐くことを伝えてます。本来、人間は臓器をコントロールできませんが、脳を使って思考することだけはできます。しかし、死にたくなっているときは、その思考ができなくなります。だからこそ、身体のほかの部位を使って、楽にしてあげる方法を覚えていくといいと思います。
それは「手」による思考方法です。やることは簡単です。手を使って、何かをつくるということです。指先をただ動かすことは、手の運動ですが、手を使って何かをつくってみる。なんでもいいんです。粘土をこねたり、クレヨンで絵を描いたり、料理をしたり、洋服を解いてみたり、これまでにやってみたことのない動き方を手にさせてみてください。脳の誤作動は止まらないかもしれませんが、手を動かすことで、思考が脳だけでなく、身体の至るところで行われているものだと実感していくと、気が楽になりますよ。
もちろん、それでも無理だ、もう死ぬ! という衝動に駆られたときには、迷わず090—8106—4666に電話してください。
執筆=4月17日 文・写真=坂口恭平 編集=中森葉月
2020年6月号 特集「おうち時間。」