おうちで楽しむ「歌のある暮らし」
本誌でもおなじみの各業界で活躍する著名人に、おうち時間の過ごし方やアイデアを聞いた《DJ的・おうち時間の充実計画》。今回はライターの大石始さんに、自宅にいながら日本の民謡や祭りに触れる方法を教えてもらいました。現地のリズムに思いを馳せながら聞いてみてはいかがでしょうか。
大石 始(おおいし・はじめ)
1975年、東京都生まれ。世界各地の音楽・地域文化を追いかけるライター。旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」主宰。主な著書に『奥東京人に会いに行く』、『ニッポンのマツリズム』などがある。現在は、盆踊りの戦後史に関する著作を執筆中
かつて日本人は呼吸するように歌っていた
かつての日本列島では、暮らしの中でさまざまな歌がうたわれた。農作業や土木工事の際には単純労働を効率よく進めるために作業唄がうたわれ、結婚式など祝いの席では景気のいい祝い唄が歌われた。子どもたちは遊びの中でわらべ唄を覚え、集落によっては長老たちが神々に歌を捧げることもあった。祭りや盆踊りの場では村の歌自慢たちが歌声を披露し、村民たちの心をつかんだ者は村のスターともなった。
暮らしの中で伝えられてきたそうした歌々は、現在のように鑑賞するためのものではなく、ともに歌うためのものでもあった。うまい・下手は二の次。日本人は呼吸をするようにうたい、泣いたり笑ったりするように歌をうたってきたのだ。
"生活の匂い"がする民謡の音源
そうした「歌のある暮らし」にいざ触れようと思っても、現在音源として残されている民謡の多くは、プロフェッショナルな民謡歌手が吹き込んだもの。三味線などさまざまな楽器が入り、きちんとしたスタジオでレコーディングされている。それはそれで素晴らしいのだが、芸として完成されているがゆえにあまり生活の匂いはしない。近所のおばあちゃんが歌っているような素朴な民謡を聴きたいという方もいることだろう。
そんな方におすすめしたいのが『日本民謡大観』シリーズだ。こちらは昭和15年から平成3年にかけてNHKが日本各地で行った民謡調査の記録集。伝説の民謡研究家である町田佳声が中心となり、失われかけた歌を求めて各地を訪ね歩いた。もともとは数巻に及ぶLPレコードとして発売されていたが、驚くことに収録曲はApple Musicで聴けるようになっている。
膨大な音源の中には民謡保存会が吹き込んでいるものもあるが、集落の歌自慢が自宅の軒先でボソボソとうたっているものも。多くの録音には周囲の雑音もそのまま入っており、高度経済成長期以前の農村へとタイムスリップした気分になる。各地方に分かれてアップされているので、所縁のある地方の録音を流すだけで旅気分を味わうこともできるだろう。かつての私たちの生活には、これほどまでにたくさんの歌があふれていたのか。そんな新鮮な驚きを覚えるはずだ。
自宅にいながら「歌のある暮らし」に触れる
そのように、自宅にいながら「歌のある暮らし」に触れる方法をざっとご紹介してみよう。
近年では歌とリズムの原点を探るCDが数々リリースされており、そうした音源を通じてかつての生活にも触れやすくなっている。徳島と東京・高円寺の阿波踊り団体による演奏をレコーディングした『ぞめき』シリーズを聴けば、阿波踊りに広がる豊かなリズムの世界に魅了されることだろう。
岐阜県の白鳥に伝わる古風な盆踊り唄を収めた『郡上白鳥 白鳥おどり 白鳥の拝殿踊り 石徹白民踊』、熊本県の牛深ハイヤ節の貴重音源も収めた『牛深ハイヤ節』などには、現地の空気も濃密にパッキングされている。
比較的現代でも民謡の伝統が生きている沖縄や奄美群島では、民謡の音源が新作として日々リリースされているので、簡単に手に入れることができるだろう。
盆踊り保存会や民謡の担い手というと高齢者のイメージをもちがちだが、最近では多くの団体がインターネットを使った情報発信に取り組んでいる。盆踊りや祭りの開催情報だけでなく、中にはPR動画や振り付け動画をYouTubeにアップするケースも。来場者はその動画を見て振り付けを覚え、踊りの場で披露することができるわけで、練習会を開くよりも効率がいいのだろう。そうした動画を見回しながら、来年以降の旅のスケジュールを立てるのもまた楽しい。
こんなところでも聞ける!
最後に穴場ともいえるYouTubeチャンネルをこっそり紹介しておこう。日本で過去に制作された科学映画の保存と普及を図るフィルム・ミュージアムである「NPO法人科学映像館」。
こちらには自然、医学、暮らしや産業に関する貴重なドキュメンタリー映画が1000本以上公開されており、中には『まつりの島 太平山 沖縄県宮古島』(1975年)、『日本の音風景100選から ねぶた祭り・ねぷたまつり』(1998年)、『上伊那の祭りと行事』(2012年)など、祭りや神事に関する作品も公開されている。貴重な映像の宝庫ということもあって、あれもこれもと見続けるうちに気づくと朝になっていたりするので要注意だ。
執筆=2020年4月9日
text=Hajime Oishi photo=Keiko Oishi
2020年6月号 特集「おうち時間。」