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編集長 高橋俊宏
7月のエッセイ 「白南風」

2020.7.5
編集長 高橋俊宏<br><small>7月のエッセイ</small> 「白南風」

恥ずかしながら白南風(しろはえ・しらはえ)という言葉を最近知った。
梅雨前線を押し上げて、梅雨を終わらせる太平洋から吹く南風のことだそう。短縮言葉やカタカナ言葉が流行るのもいいけど、こんな素敵な言葉を話題に、世間話がはじまる世の中になると素敵だなと思う。もう少し先、梅雨明けの頃に。

この時期になると思い出す旅がある。品川から仙台まで徒歩で旅をした思い出だ。当時19歳。あれは岡山から上京して浮かれた学生生活を1年ほど過ごした頃だった。出発した日も夕方に起き出して、「これではいかん」と激しく反省をしていると、突然、何かに打たれたように、自分を見つめ直す旅に出ようと、思い立った。当時、学生寮があった品川から目的地もなにも決めず、とにかく北へ歩こうと。内省的な目的の旅になると、なぜか北に向かいたくなるのは僕だけだろうか。

バックパックの中にはテントと寝袋、米20kg。お金がないから野宿と自炊をすると決めて、その日は北千住まで行ったことを覚えている。次の日から国道4号線、旧日光街道をひたすら北へ。歩きはじめて1日たつと足に豆ができ、2日目で足の裏の皮がすべて剥けてしまった。30kgくらいの荷物を背負って歩くと1日歩ける距離はせいぜい40kmということがわかった。当たり前だけど、時速40kmで走る車だと1時間で到着する距離。それを1日、12時間かけて歩いている自分に「何をやっているのだろう」と自虐的になることもあった。たまにトラックの運ちゃんが停まってくれて「兄ちゃん、乗ってくか?」と声をかけてくれることもあり、誘惑に負けそうになりそうなこともあったっけ。

しかし、ひたすら歩いているとハイになってくる。気持ちよくなってくるのだ。はじめ頭の中は幼少期の記憶や家族の記憶、友達と遊んだたわいのない記憶がぐるぐる回り、断片的に現れては消えて行く。記憶にある歌謡曲なんかもループしていく。頭の中のカセットデッキにかかるのは、もちろん「みちのくひとり旅」。そして、だんだん頭の中が空っぽになっていく。空の景色、光、音、土地の匂い、風の温度……、感覚が研ぎ澄まされていくのが楽しかった。

北に向かっていくと、方言が強くなるのと比例して人が温かくなることも発見だった。那須のあたりでは農作業しているおじいちゃんが声をかけてくれて、縁側に招いてくれた。お茶と一緒に出していただいたメロンの旨さは忘れることはできない。
1週間をすぎたあたりでこの旅の終着地を決めなければと思いはじめた。そうだ、仙台をゴールにしよう。前年の冬に志賀高原のスキースクールでアルバイトをしていたときに知り合った先輩が就職で仙台にいることを思い出したのだ。公衆電話で2日後に仙台に着くことを伝えるとうちに来いと快諾してくれる。よし、ならば、ゴールは青葉城か。

白石付近を通過中にスクーターに乗ったお兄ちゃんがいきなり近寄ってきて、声をかけてきた。「どこまでいくのですか? えっ、仙台で終わり? もったいない! もっと日本一周目指しましょうよ」という。聞けばなぜか琉球大学生で、しかも休学中の探検部の人だったと記憶している。他人事だなあ、と苦笑しながら、そうですねと生返事したことを覚えている。

ちょうど1年前、宮城の大倉山スタジオにDiscover Japan Lab.で使用する石材探しと取材にいったときの一枚(本誌P79)。Leicaを愛用するデザインジャーナリストの加藤孝司さんが撮影

ひたすら歩き続けて9日がすぎ、そろそろ気力も体力も限界に近づいていた。奇跡というのは突然やってくる。小さなことだけど、少なくともそのときの僕には奇跡に感じた。足をひきずるように仙台市内を歩いていると、なんと約束もせず、その先輩の車に出会ったのだ。おお! と僕が先輩の車に乗り込もうとすると、怒られた。「ゴールはどこだ!」。青葉城のつもりだと告げると、「荷物は引き取るから、走れ! 先に行って待ってる!」と。そこからダッシュだ。奇跡は甘くない。きつい勾配の山道を走る。ヘロヘロになりながら走る。伊達政宗の銅像前についたときにはすっかり日が暮れていた。ロッキーよろしく、両手を挙げ「やったぜー」。夜景を見にきていた、たくさんのカップルたちに白い目で見られながら、雄叫びをあげたのだった。

その先輩は親切な方ですっかり甘えてしまい数日間世話になってしまった。先輩の家を拠点に山寺(立石寺)に行ったり、先輩と月山まで夏スキーにもいき東北を堪能した。
東京に帰る日、先輩が「一人でたまにくるんだ」といって連れて行ってくれたのは、仙台空港の滑走路脇の原っぱ。そこに寝転ぶと飛行機の離発着を目の前に大迫力で見ることができるのだ。二人寝転び、いまとなってはなにを話したのかまったく記憶にないが、鈍色の機体が空飛ぶマグロのようだなと思ったのは憶えている。

帰る頃には梅雨が明けていた。

いまからもう28年前の旅の話。今でも昨日のことのように思い出すことができる。
ありがたいことに、あれから、記憶に残る旅をいくつ経験しただろう。
旅とは人生を豊かに、心を太くしてくれるものだと思っている。

―今回の特集に込めた想いは、日本の地域が元気になること―

遠くへ移動することも旅ならば、新しい視点で自分の住んでる場所の魅力を再発見することも旅。
コロナを吹き飛ばすように、みなさまの元へ「白南風」が吹きますように。

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