開化堂 八木隆裕
「伝統工芸をモダン化する茶筒の革命児」
何百年と受け継いできた技術を生かし、進化を続ける職人。人間国宝といった道を究めた偉大な職人……日本には世界に誇る「もの」をつくる職人たちがいる。
道を究めた職人の仕事や生き方を知ると、背筋が伸びる。素晴らしい「もの」をつくる技術だけでなく、想いの継承あっての職人技。AIにはできない100年以上後まで残る仕事だ。
そんな職人という仕事を今だからこそ知りたい。
八木隆裕(やぎ・たかひろ)
1974年、京都府生まれ。京都産業大学を卒業後、3年間の会社員生活を経て、2000年に家業を継ぐべく、父・八木聖二の下で修業をはじめる。新規の商材開発に加え。海外向けの宣伝販売活動を積極的に行う一方で、京都の若手職人とともに「GO ON」プロジェクトにも参加
職人FILE
職人になったきっかけ|前職での経験と子どもの頃の経験
師匠|父
はじめた年齢|25歳
職人歴|7年
前職・経歴|海外からのお客さまへの販売職
趣味(幼少期/現在)|釣り、ラジコン、スキー、野球/モータースポーツ
座右の銘|ちょっと早歩きで歩き続ける
ものづくりの背景を
世界に伝える。
デリケートな茶葉は、外気の変化が味に大きく影響する。日本特有の高温多湿な気候の中でも、美味しいお茶が飲めるようにと伝統的に使用されてきたのが、密閉性の高い金属製茶筒だ。
創業1875年の京都の開化堂は、現存する茶筒メーカーの中で最も古い歴史をもつ工房といわれるが、いまこの老舗がはじめた新たな動きに、国内外から注目が集まっている。そのきっかけをつくったのが6代目を継ぐ八木隆裕だ。家業を継ぐ前に、京都ハンディクラフトセンターで海外観光客向けに日本の工芸品を販売していた彼は、ある出来事をきっかけに海外展開の可能性を思いついた。
「京都ハンディクラフトセンターにいるとき、海外の方が自宅で使うために茶筒を買われたのを見て、海外でも売れるのではないか、と感じました。その後、ロンドンから連絡があり、茶筒を海外に販売しに行きました」
伝統的な茶筒づくりの製法はそのままに、お茶用ほかにコーヒー用、パスタ用など、工芸的なものづくりの特長を生かしつつ、現代のライフスタイルにマッチした製品を次々に発表していった。
もともと英語が得意で、大学では英語を専攻。前職でも外国人相手に仕事をしてきたので、コミュニケーション力には自信がある。
「伝えるべきは、僕たち職人の本質的な魅力は、仕上げの美しさや腕の確かさだけじゃないとも思っています。コンピュータで新しいかたちがどんどんつくり出せるようになり、最先端の機械が完璧な成形を行う時代だからこそ、職人たち一人一人が真摯にものづくりに取り組む姿勢やそれに基づく精神性にこそ美徳があることを明確に発信していきたい」
ニューヨークやパリなど、海外の展示会にも積極的に参加。八木自ら実演販売を行えば多くの人が興味を示し、声をかけてきた。
「製品だけでなく、それをつくる職人の存在を同時に伝えることで、さらなる共感が生まれると身をもって知ることができました」
八木隆裕の仕事に密着!
製作工程
切断
原材料となる板を筒のサイズに合わせて切断する。一見するとシンプルだが、髪の毛一本分の誤差も許されない重要な工程だ
たたき
板の切断面を金槌でたたき、なめらかなエッジに仕上げていく。リズミカルかつ均等にたたき上げていくのは至難の業
丸め・クリップ留め
三本ロールという道具で一つひとつ丁寧に丸められた板を、茶筒づくりのためだけにつくられる手製のクリップで仮留めする
溶剤
クリップで仮留めした板のつなぎ目に沿って、ハンダ付け用の溶剤を散布。「ちまちましていて、慣れるまでは苦痛でした(笑)」
ハンダ付け
茶筒の直径や素材によってコテを使い分け、火に当てながらハンダ付けを行う。熱し過ぎると焦げるため時間と正確さが肝心だ
底入れ
底にあたる部分の縁を木槌で一周、均等にたたいていく「底入れ」。開化堂の茶筒の特徴である気密性にかかわる重要な仕事だ
完成!
職人が働く姿は、
家族の肖像そのもの
140年以上の歴史を誇る開化堂の6代目を継ぐ八木隆裕。老舗の看板を背負う責務を痛感しながら育ったのかと聞くと、さほど特別な意識をもったことはなかったと答える。
「京都という土地柄、この街には何代も続く老舗が数え切れないほどあります。祇園祭を支える町衆(商工業者の組合)なんて、何百年という歴史を誇る店がずらり。明治初期に創業したうちなんて、新参者中の新参者ですよ。6代目と主張したところで、『そうですか。まぁがんばりよし』と流されてしまいます」
職人の家系も近隣にたくさんいたため、ものづくりに従事することもさほど珍しくはない。実家内に工房があり、子どもの頃から納品を手伝っていた八木にとって、茶筒づくりは家族の生活そのものだったという。
「学校から帰ってくれば、茶筒をつくる祖父や父の姿が当然のようにそこにある。僕にとってその様子が日常そのものであって、職人=家族だったんです」
八木にとっては普遍的な状況とはいえ、日本で最も古い歴史をもつ開化堂の職人技は圧巻だ。
細かく分ければ全部で130もある工程のすべてが手作業。さらに気密性が重要視される製品だけに、髪の毛一本分ほどの誤差も許されない。
「力を入れずともすぅっと自然に持ち上がり、落としたときはぴったりと閉まるふたのあんばいは、結果的に人の感覚によるもの。僕も修業をはじめて17年になりますが、いまだふたの開け閉めの最終調節は父に聞くところも多いです。知れば知るほどまた探求心がかき立てられる。これこそが工芸の魅力かもしれません」
世代を経て極みの技を伝授する一方で、それぞれの代で仕事を取り巻く状況は次第に変化していったと指摘する八木。
「祖父の時代は、主に西日本のお茶屋さんに茶筒を小規模で納品していたのですが、父の代は大手のお茶屋さんがお茶を詰めてギフトとして販売していました」
しかしながら、例に漏れず1990年代以降の不景気のあおりを受け、物が売れない時代に突入。父からはサラリーマンになって、生活を安定させたほうが幸せだとも言われた。
「それでもやはり、自分の育った環境を捨てることはできませんでした。家族を大切に思うように、ここで培ってきたものづくりがやっぱり好きなんです」
時代に合わせて見せ方を変える
茶筒づくりの技術を生かし、現代のライフスタイルになじみやすい多彩なアイテムにアレンジ。贈り物としても高い人気を誇る
1.ブリキ パスタ缶(パスタメジャー付)小/1万9440円
2.つげA 広口/200g/2万1600円
3.Copper tea pot/6万2640円
京都のクリエイティブユニット
GO ON×パナソニック
なんと、茶筒を応用したコンパクトスピーカー「響筒」も開発。世界最大級のデザインイベント「ミラノサローネ 2017」にも出品、ベストストーリーテリング賞を受賞した。
いろいろな場所で、もっと多く人と触れ合う。
京都に来たことをきかっけに、開化堂をもっと身近に感じてほしい。そんな思いから、八木隆裕は2016年5月、工房から徒歩圏内の河原町七条に「Kaikado Café」をオープンした。
「これまでは工房に隣接した小さな店舗でしか、お客さんに接する機会がありませんでした。自分たちがどんな温度をもった人間なのかが伝わる場所になればいいなと思っています」
さらに八木は、西陣織や京金網など、京都の老舗工房を受け継ぐ後継者5名とともに、工芸の技や素材の知識を一般企業やクリエイターに提供するプロジェクト「GO ON」を設立した。
「自分たちの強みを改めて見つめ直し、固定観念に縛られない多様な工芸の在り方を追求したい」
すでにパナソニックやライカ、フランク・ミュラーなど、名だたるトップブランドと協働。高度な工芸がいかに分野、そして文化を超え、世界に通用するものかを証明している。
そしていま八木が考えている最新のプロジェクトが、新ブランド「K」の立ち上げだ。
「若い職人たちが、茶筒以外の製品を自主的につくっていくプロジェクトです。目指しているのは、新しいモノのかたちではなく、職人たちが自己の意識を明確にもって製品づくりに没頭すること。開化堂という看板に頼らずとも、その精神をしっかりと受け継いだものづくりができるようになってくれればと思っています」
伝統に気負うことなく、先を見据えて突き進む。八木隆裕の自由で伸びやかな態度が、開化堂の次の時代を築いていくのだろう。
京都の新たなランドマーク「Kaikado Café」
開化堂の世界観を発信するプラットフォーム。茶筒の革命児、八木の今後の挑戦から目が離せない
住所|京都府京都市下京区河原町通七条上ル住吉町352
Tel|075-353-5668
営業時間|10:30〜19:00(L.O.18:30)
定休日|木曜、第1水曜(夏季休業、年末年始休業あり)
www.kaikado-cafe.jp
開化堂
住所|京都府京都市下京区河原町六条東入
Tel|075-351-5788
www.kaikado.jp
photo : Kazuma Takigawa, Koichi Masukawa
2017年9月号「職人という生き方」