初夏に愉しむ日本ワインと読書
三代目 遠藤利三郎さん
心地よい風が吹き抜ける初夏の昼下がり。そんなのどかなひととき、ワイングラスを片手にお酒をテーマにした本を読んでみては? ワインの専門家で読書家の遠藤利三郎さんに、おすすめの日本ワインと本を教えてもらいました。
三代目 遠藤利三郎
酒と本をこよなく愛す。日本輸入ワイン協会事務局長。日本ワイナリーアワード審議委員長。早稲田大学オープンカレッジ講師。ボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュの三大ワイン騎士団の騎士の称号をもつ。ワインバー遠藤利三郎商店オーナー
初夏。なんとものどかな季節だ。こんな日は部屋の窓を大きく開けてゆっくり読書はいかがだろう。爽やかな風と、もちろんワイングラスを忘れずに。
ワインは何を選ぼうか。冬の間はふくよかな赤がふさわしい。だがうっすらと汗ばむようなこの季節はキリッと冷やした白やロゼが似合う。お気に入りのワインを氷をいっぱい入れたバケツに放り込む。ちゃちゃっとおつまみを用意する。定番のおつまみができる頃にはワインがキリリっと飲み頃の温度に冷えている。
さあ、あとは窓の近くにテーブルと椅子を構え、日常の煩わしさから解放されて活字の世界へ。こんなシチュエーションにオススメのワインな本を紹介しよう。
まずはサスペンスの名手ディック・フランシスの『証拠』(早川書房)。ワインを小道具にしたサスペンスだ。読み出すとどうにも止まらなくなる、スリルとスピード感あふれる作品。
物語の発端は中身がすり替えられたとおぼしきスコッチウイスキー。そしてワインショップのオーナーである主人公は異なる産地のラベルなのに中身はすべて同一のワインと気づく。調べるうちに架空のシャトー(ワインメーカー)や存在しないワイン商が発覚。そして猟奇的な殺人事件に巻き込まれ、偽造ワインの一味らしき者に襲撃され……。文字通りの息詰まる展開、ページをめくる手が止まらない。ワイン愛好家にはたまらないストーリーだ。
原題はPROOF。「証拠」と「アルコール濃度 (alcoholic proof)」を掛けているのがしゃれっ気があっておもしろい。そういえば、ネタをひとつ。作中でボージョレ・ヌーヴォーの解禁日が11月15日と書かれていた。おやと思い奥付を見ると、なるほど1984年の作品。以前は解禁日が11月15日と決められていたが土日にかかると運送業者が休みで販売に影響が出る。そのため1985年から現在の第3木曜日に変更になったという経緯がある。
次なるオススメは漫画。珠玉の名作といえる『夏子の酒』(尾瀬あきら/講談社)だ。日本酒がテーマだが、ワインにも通じる内容であり、何よりも「自然派ワイン」などという言葉が生まれる前に、有機農法を扱った作品だ。
この漫画の連載がはじまったのが1988年。地酒ブームとはいいながらも、お世辞にも良質とはいい難い酒が氾濫し、売上は低迷し日本酒業界がもがき苦しんでいた時代だ。その中でひたすらよい酒とは何かを問う。そしてさらによい酒を造るために、物語は原料である米づくりにも意識を向ける。
いまは当たり前になっている有機農法がどれだけ理解されず白い目で見られていたか。当時のブルゴーニュやロワールで有機農法によるワイン生産者が理解されず苦しんでいた姿と瓜ふたつであり、 多くの農家が田んぼに農薬をまく姿はブドウ畑のそれと重なる。
堅い話は抜きにしても、この漫画はおもしろい。酒造りの中で主人公がさまざまな問題にぶつかっていく熱血根性漫画だが、主人公がザルの枠だけのような酒豪の女の子という設定も楽しく、読み応えのあるストーリーに仕上がっている。ワイン好きにもぜひ読んでもらいたい名作だ。
3冊目のオススメは玉村豊男さんの最新刊『毎日が最後の晩餐』(天夢人)。著作も多い人気エッセイストの玉村さんのワイナリーでの日々の食事をつづった一冊。
ワイナリー名は「ヴィラデスト ガーデンファーム アンド ワイナリー」。千曲川を望む景観のよい山の上にあり、よく手入れをされたブドウ畑に囲まれ、地元の食材にこだわるレストランを備えたなんともすてきなワイナリーだ。が、ワイナリーの様子はほかの著作でいろいろ紹介されているので、今回は割愛。
さて、1945年生まれの玉村さん。人生はもう残り少ないからと、毎日が“最後の晩餐”のつもりで、誰に遠慮することなく好きなものを食べたい。そして料理好きの著者は毎日の食事を自分でつくる。その中で特にお気に入りのレシピを公開したのがこの本なのだ。レシピの合間にその料理の思い出がエッセイとしてちりばめられ、掛け替えのないスパイスとなっている。
フランスに留学しワインに目覚めた玉村さんは「庭先に植えたブドウを眺めながら、そのブドウで造ったワインを飲んだらさぞかし美味いだろうなあ」と、自分でワイナリーをつくってしまったほどのワイン好き。その玉村さんが毎日の食卓で食べている料理を紹介してくれている。これがワインに合わないわけがない。かなり上級者向けっぽい料理もあるが、中には「え、これだけ?」と思うくらい簡単だが美味しそうなレシピもある。これを試さない手はない。
合わせるワインは? もちろん玉村さんに敬意を評してヴィラデストのワインを開けよう。
読書とワインにピッタリの簡単おつまみ
Recipe – 1
ポルトガル風タコの直火焼き
本文の玉村豊男さんの著書にある料理。パック詰めのゆでダコをガス台の直火で焦げ目をつける。あとはひと口大にカットしてたっぷりのオリーブオイルをからめ、赤唐がらしの粉末を好みの量をかける。これだけだ。簡単だが焦げ目が最高に美味しい。爽やかな白にぴったり。
Recipe – 2
あつあつオイルサーディン
学生時代、馴染みのバーでよく食べたオツマミ。缶の蓋を開け、醤油を2、3滴。あとは缶ごとガスレンジで温めるだけ。グツグツしてきたらレモンスライス1/8程度を飾り、缶詰ごと皿にのせてテーブルへ。3分でできるめちゃ旨おつまみ。柔らかな味わいの白ワインに。
Recipe – 3
ものぐさコンビーフ炒め
缶詰のコンビーフをフライパンでほぐしながらさっと炒めるだけ。輪切りの鷹の爪をほんの少しだけ加えると味が引き締まる。炒めるのが面倒だったらコンビーフをスライスして皿に盛るだけでもよい。七味唐がらしを振りかけた醤油にチョンと付けると、結構イケるおつまみになる。ロゼやふくよかな白に合う。
読書とともに愉しみたい日本ワイン
ソーヴィニョン・ブラン100%、グレープフルーツの爽やかな香りがほとばしるフレッシュな辛口白ワイン。白身魚の刺身に塩コショウとオリーブオイルをかけたカルパッチョにぴったり。
ソーヴィニョン・ブラン
価格|3300円
Tel|0268-63-7373(ヴィラデストワイナリー)
メルロ、カベルネフラン、カベルネソーヴィニヨンなどを使用したボルドーブレンドの本格派。しっかりした辛口の味わいで、鶏、豚、牛などの肉類に幅広く相性がいい。
グレイス ロゼ 2019
価格|2728円
Tel|0553-44-1230(グレイスワイン)
名前の通り、きれいな淡い桃色のワイン。マスカット・ベーリーAとメルロー主体で爽やかな辛口。イチゴやサクランボの愛らしい香りが漂う。肉じゃがなどにもよく合う。
シャトー・メルシャンももいろ 2019
価格|1800円
Tel|0120-676-757(メルシャンお客様相談室)
まだある! ワインと読みたい本
『美食家たちが消えていく』
グルメ評論家たちが次々と殺されていくミステリー。(アレクサンダー・キャンピオン/原書房)
『ワインは死の香り』
ギャンブル好きでワイン愛好家の元英海軍大佐が高級ワイン強奪の一味に。(リチャード・コンドン/早川書房)
『ワインが消える日』
ブドウの害虫を小道具にした、世界のワイン業界を巻き込む恐るべき陰謀。(レス・ホウィットン/早川書房)
『ウスケボーイズ』
日本の銘醸ワイン誕生を描いた青春群像。(河合香織/小学館)
執筆=4月13日
text=Risaburo Endo illust=Takako Shukuwa
2020年6月号 特集「おうち時間。」