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漁師の料理が心に響く「きたうら善漁。」
犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑

2019.12.27
漁師の料理が心に響く「きたうら善漁。」<br>犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑
「親父は気が向いたときに、気が向いただけ漁をして、この生け簀に入れておきます」。それをどうすべきかは素材が決める。「魚も野菜も特別なものではありませんし、高級でもありません」。それを料理することで自分を表現したいわけではない。何の欲もない、純粋に「無」でありたい。自分を表現したがる料理人が多い中、吉田さんは「理(ことわ)りを料(はか)る」だけだという

どんな小さな店でも、どんな辺鄙な場所でも、「ホンモノ」であれば、必ず人は引き寄せられます。レストランジャーナリスト・犬養裕美子さんの《新・ニッポンのレストラン名鑑》。第4回は素材の味を引き出すことを大切にする「きたうら善漁。」を紹介します。

犬養裕美子(いぬかい・ゆみこ)
東京を中心に世界のレストラン事情を最前線で取材する。新しい店はもちろん、実力派シェフたちの世界での活躍もレポート。また、日本国内各地にアンテナを張り、料理や食文化を取材。農林水産省表彰制度「料理マスターズ」審査員

質素でも真心の込もった魚を大切にしたい

アオリイカ。生け簀の中では黒っぽい色をしているが、外に出すと徐々に透明になっていく。10月の終わり頃から身が軟らかくなり年を越すと固くなる

午前8時、南国・宮崎とはいえ、強い北風の吹く中、吉田善兵衛さんが市振港にやってきた。ここには「善漁丸」が停泊している。吉田さんは朝陽を浴びて善漁丸に乗り込み、5分ほど沖に出た。目的は海に浮かぶ生け簀。現役は引退したが自由に漁に出る吉田さんのお父さんが捕ってきた魚がここで生かされている。「親父がイカを釣ってきてくれたので」。

吉田さんはこの港から40分ほど南にある延岡市内で「きたうら善漁。」という料理店を営んでいる。この不思議な店名は吉田家の船に由来しているのだ。父が捕った魚を息子が料理する。「親父が釣ってくるのは、特別なものじゃない。ごく普通の魚です」というが吉田さん自身も漁を手伝っていたから、その大変さを知っている。

吉田家の生け簀。5×2mの四角い囲いで区切られた生け簀。冬はアオリイカ、春は鰹、夏はイサキ、秋はハタがよく捕れる

生け簀のチェック後、さらに周辺のいくつかの港を回って、今日の魚を見定めて買う。野菜も同様で自分で見て買う。8時に家を出て、買い物を終えて店に着くのが15時になることも珍しくないが、吉田さんは慌てない。

「素材が揃えば、あとはその味を 引き出すだけ」。料理とは、理(ことわり)を料(はか)るもの。素材の背景を知り、なぜそうするのかの理由を考えて、必要なことだけをする。これこそまさに料理の原点といえよう。

ただの料理店に、
お客が心惹かれる理由とは

親父。「親父」とはどんな料理か? 吉田さんの父親が捕った獲物、この日はアオリイカの刺身。まだ弾力のある身を食べやすくするため、細かく包丁を入れてある

「うちはただの料理屋です」と吉田さんは謙遜するが「きたうら善漁。」は、間口も奥行きも広い。

延岡の繁華街のはずれに、10年ほど前オープンしたコンクリートのビル。1、2階合わせて40席近くあり、女子会で賑わう席もあれば、家族の記念日、会社の集まりも開かれる。料理はその会にふさわしい内容で用意される地元密着型の店だ。

しかし1階のカウンター8席では、ひと味違うコースが提供される。ここが「きたうら善漁。」の心臓部。吉田さんがお客の目の前で料理、盛りつけ、サービスを行う予約席だ。オープン当初から通い続ける常連から口コミで広まり、5、6年前から埋まるようになり、いまや予約が取りにくいほどだ。

一昼夜。皿の上で踊るスタイル抜群のカマス。太陽と風の自然が調理してくれる一夜干し。ここでは海の潮風もプラスされて「善漁」の味になる

コースの一皿ひと皿を見てもその理由は、すぐにはわからない。何しろ驚きやおもしろさを演出する訳でもない、自分らしさや宮崎の自然を特別強調しているわけでもない……。そこには見慣れた素材が、ひっそりと盛り込まれている。しかし、ひとたび味わえば自然に笑みがこぼれる。

たとえばアオリイカ。東京では5月頃の、身が厚くなりねっとりとした風味が好まれるが、宮崎の冬のアオリイカは切れのいい食感が魅力。どっちが上か下かではなく、それぞれに魅力的なことに驚かされる。料理をしている間中、吉田さんは多くを語らない。料理に集中して感じることを大切にしてほしい、という思いからだ。

名脇役。本来ならメイン料理だが、ここではご飯がメインの位置づけ。肉料理は脇役となる。この日は野生のイノシシを使用。通常はEM豚(発酵資材による肥料で育った健康な豚)

魚、野菜、肉と進んで、いよいよメイン料理。それが地元産の米、「ヒノヒカリ」を土鍋で炊いたご飯だ。最初にひと口煮えばなが出される。お米からご飯に変わる過程でたっぷり水分を含んだ米一粒ひと粒はみずみずしく甘い。少し芯が残ったアルデンテはいつものご飯とまったく別の表情だ。次はカリカリのおこげが登場する。(それからは行ってのお楽しみ!)

吉田さんはなぜあえて主張をしない料理に行き着いたのか? それは命懸けで漁をしていた経験からだという。素材を料理人のエゴから勝手な味つけでねじ曲げるのは、魚にも漁師にも失礼ではないか。素材が主役であるべきなのだ。

真打。堂々登場する土鍋で炊くご飯。土鍋だと、より米の味を引き出してくれる。炊き上がり直前のしっとりした煮えばなから、ご飯の変化を楽しむ

吉田さんには小さな夢がある。「自然の中に行きたいんです。もう、場所も決めています。人工的なもの、商業的なものが一切目に入らない場所」それは、どうやら国立公園内らしい。難易度は高いが、夢はかなえるためにある!

きたうら善漁。(きたうらぜんりょうまる)
住所|宮崎県延岡市本町1-3-14
Tel|0982-31-0051
営業時間|18:00〜21:00(L.O.)※要予約
定休日|日曜
料金|1Fコース8700円
http://zenryomaru.jp

text=Yumiko Inukai photo=Muneaki Maeda
2019年4月号 特集「ニッポンの新たな時代、どうつくる?」


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