働く場と暮らす場を分ける2拠点生活が空き家問題の解決、地域の活性化につながる
日本の人口は2008年をピークに、2011年以降は減少し続けています。そこから派生する社会問題のひとつが空き家率の増加。昨年には、国内の住宅総数に占める空き家の割合は過去最高の13.6%、戸数も最多の846万戸に達しました(総務省「住宅・土地統計調査」)。
山梨の21.3%を筆頭に、空き家問題は特に地方で顕著ですが、関東でも栃木は17.4%と空き家率の高さは全国で10番目。今回、栃木で地域活性に取り組むジェイアール東日本企画の林氏と、ユニークな発想で空き家問題の解決に取り組む柚木氏とが対談。それぞれの立場から見る空き家問題と解決法、そしてそこから生まれる地域活性の新しいかたちについてうかがいました。
株式会社Little Japan代表。NPO法人芸術家の村理事長。中央大学特任准教授。京都大学卒業後、農林水産省に入省。東日本大震災をきっかけに2012年、NPO法人芸術家の村を立ち上げ、空き家の活用に取り組む。2017年には株式会社Little Japanを設立。“地域と世界をつなぐ”ゲストハウス「Little Japan」、月1万5000円~のホステルパスで全国のホステルに泊まり放題になる「Hostel Life」を運営、全国のゲストハウスのオーナーが集う「ゲストハウスサミット」の主宰を務めるなど、地域資源を生かしたビジネスの創造による地域創生に取り組む
株式会社ジェイアール東日本企画 ソーシャルビジネス開発局 ソーシャルビジネスデザイナー。 “食と農を通じて地域を元気に”をスローガンに、グリーンツーリズムや都内マルシェ、生産者交流会など生産者と消費者をつなぐさまざまな活動を行うNPOを経て、ジェイアール東日本企画に入社。栃木の農産物のプロモーション、福島の12市町村のなりわい再建・再生の取り組みを行う事業などに携わっている
平日は東京で働き、週末は地方で楽しむという新しいライフスタイル
―おふたりが空き家問題を意識するようになったきっかけを教えてください。
林 私は、地域に入り込んで、地域の方々と向き合い寄り添いながら、ともに課題の解決に取り組んでいます。結婚を機に栃木に移住したこともあって、実際に暮らしてみると、地方が抱える課題というのをより顕著に感じます。空き家問題もそのひとつです。
柚木 私は大学卒業後、農林水産省に勤務していましたが、東日本大震災をきっかけに、国の組織の一員としてではなく、直接的な担い手の一人として地域の活性化に関わりたいと考えるようになりました。そうして立ち上げた芸術家の村で取り組んだのが空き家問題です。各地にある空き家が廃墟化している現状を社会問題として取り上げたいという想いもありましたし、私自身、将来的に両親の実家を空き家として引き継ぐ可能性が高いという理由もありました。現在は、芸術家の村とLittle Japanを合わせて、空き家を活用したシェアハウス、コワーキングプレイス、飲食店を併設したゲストハウスといった“場”の運営をしています。現在、特に力を入れているのが「Hostel Life」です。定額で全国のホステルに泊まり放題になるという取り組みで、これにより、“東京の通勤圏”を広げることを目指しています。多くの人は、職場の場所を基準に住む場所を選んでいると思いますが、「Hostel Life」を利用して平日は通勤に便利なホステルに泊まることにすれば、住む場所の選択肢は大きく広がります。
―地方に完全に移住するのではなく、平日は空き家を活用した東京のホステルを拠点に働きながら地方に家をもつ、ということですね。実際にどのような方が利用しているのでしょうか。
柚木 「Hostel Life」をきっかけに移住したという方もいますが、1時間の通勤時間がつらいから、満員電車に乗りたくないからといった理由で利用している方も少なくありません。移住を考えている場合でも、しばらくは東京の家と地方の家の両方をもって、試してみるのもいいと思います。合わないと思えば元に戻せばいいわけですから。トータルのコストとしては、東京で暮らすよりも低いコストで2拠点生活を送ることができます。
林 満員電車に乗らなくていいし、東京の仕事を維持しながら田舎の生活も楽しめる。しかもその暮らしが自分に合っているかを試すことができるのが大きな魅力ですね。栃木でも移住を推奨していますが、移住を考えている方からすると、いろいろな場所を試してから決めたいという声が多いように思います。いきなり移住するのはハードルが高いですよね。
柚木 受け入れる側からすれば、仕事も地元でと望まれるのかもしれませんが、東京で仕事をしている人からすると、地方で仕事をすることになれば、どうしても収入が下がってしまうのが厳しい。ただ地方にも仕事はたくさんあって、そのひとつひとつのボリュームの問題なんです。そう考えると、地方の仕事を本業とするのは難しいけれども、東京の仕事を持ち続けることで、副業的に地方の仕事にも関わりやすくなるという利点もあります。
林 確かに、少子高齢化や人口流出などによる人材不足も地方の大きな課題です。地域に入り込んで何かをしたいと思っても、地域プレーヤーがいない、もしくは見つからないということがよくあります。2拠点生活はその解決にもつながるということですね。
接点を増やし、コミュニケーションをとることが地域活性の近道
林 ちなみに、働く場と住む場を変えるというこの発想を、地方でも展開することは可能でしょうか。地方でも、たとえば栃木だったら宇都宮、福島だったらいわきといったように、ある地域に人が集中して、その結果、まわりの市町村の空き家が増えてしまうという現実があります。
柚木 この発想の背景には、家賃に対する個々の考え方や、都市部への人口集中による満員電車といった首都圏、東京ならではの問題の解決があります。そのため、地方でそのままのかたちで展開することは難しいかもしれません。そもそも、日本全体の人口が減っているなかで、集落を維持できるかどうかは、そこに魅力があるかどうかだと思います。その魅力を維持したいという人が集まれば、集落も維持できるでしょうから。
林 ニーズや課題があって、そこに対してのマッチングや課題解決が必要ということですね。
柚木 そうですね。2拠点生活や移住ということを考えても、たとえば子育て支援がこんなに充実していますといったような魅力があると、この地域は子育て世代におすすめですと言える。私は、東京で地方の仕事を語るコミュニティ「Localist Tokyo」の代表も務めていて、東京にいて地方に興味を持っている人というのは増えていると感じています。ただ、受け入れる側の情報がわかりにくかったり、受け入れ態勢が十分にととのっていなかったりするために、移住をあきらめるというケースも少なくありません。子育て世代にきてほしい、起業家にきてほしい、だからそのためにこんな施策やサービスがありますということをわかりやすくアピールする。そうしたわかりやすさも大切だと思います。
林 地方としては外との関係人口をいかに増やすかが課題で、できるだけ密にその関係値を深度化することが必要になります。そのためにもわかりやすいアピールは大切ですね。ゲストハウス「Little Japan」もそうですが、そうしていろいろな方々と交流できる場、田舎でいう寄り合い所のようなコミュニティを活用することで、コミュニケーションをとりながら魅力をアピールして、そこから興味をもってもらい、地域に関わってもらうという流れが生まれるように思います。
柚木 中央大学では、奥多摩の3つの村と提携して、村の資源を生かしてビジネスをつくるという講義をしています。地域の資源を生かして地域を活性化するための取り組みです。
―ビジネスモデルをつくって、いずれは自走させるということでしょうか。
柚木 はい。難易度が高いのでそう簡単にはできないと思いますが、規模は小さくてもいいので自走させることを目標にしています。あるテーマに対してアイデアを出して終わり、もしくは商品をつくって終わりではなくて、持続可能なビジネスとして残るものをひとつでもいいからつくりたいと思っています。地方では、たとえ仕事があっても単純に人が少ないので難しいということも多い。提携している村の人口は一番少ない丹波山村で約500人。そこに学生が50~60人入るわけですから、人口が1割増えるわけです。そのインパクトは、いろいろな意味で大きくなります。
林 外部から人が入り、地域の人と一緒にアイデアを出して、魅力を発掘する。そしてそこからビジネスをつくり上げていく。私たちが地域で実現を目指すものと通じるものがあるように思います。村での体験をきっかけに、将来的に2拠点生活をする学生さんも出てくるでしょうね。
柚木 そうだと思います。移住先を決めるにあたって、いくつか候補を選んで比較検討するという方もいますが、関係性がたまたまできたからそこに決めたという方のほうが圧倒的に多いんです。空き家問題の解決にもつながる移住や定住ということを考えたときに、若いうちから特定の地域との接点をもつことは、効果が出やすい大きな取り組みだと思います。
林 今回、柚木さんとお話をさせていただき、地域が関係人口を増やすには、ただ「来てください」と呼ぶのではなくて、コミュニケーションをとりながら地域に関わってもらうことが必要だと感じました。そして関わっていただくうえで、交流の場であったり、大学の授業のような仕組みであったりを、地域自らつくっていくことが近道になるような気がしています。
柚木 接点をいかに増やすかということなんだと思います。あとは受け入れ方の自由度が広がるといいなと思います。移住にこだわらずに、2拠点生活や旅行者も含めて、幅をもたせて受け入れてもらえることがわかれば、関わる側としてはもっと関わりやすくなると思います。
林 確かに、地域のラブコールが熱すぎると強制的な感じがするかもしれませんね。地域としてはどうしても期待が大きくなりがちですが、“もっと気軽に”をキーワードに、柔軟なかたちを地域と一緒につくっていきたいと思います。
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