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100年先の未来を見据える
温泉宿の新たな取り組み
|由布院温泉に見る
これからの温泉保養地の在り方⑥

2024.3.3
100年先の未来を見据える<br>温泉宿の新たな取り組み<br><small>|由布院温泉に見る<br>これからの温泉保養地の在り方⑥</small>

自分の宿の個性を活かした保養滞在スタイルの提案をしはじめた由布院の温泉宿。今後の由布院温泉はどうなるのか、「由布院 玉の湯」の桑野和泉さん、「草庵秋桜・榎屋旅館」の太田慎太郎さん、「由布院 いよとみ」の冨永希一さんにうかがった。

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(写真右から順に)
由布院 いよとみ
冨永希一さん

温泉宿を特別な場所にしたくないと考える宿の4代目。湯治宿をルーツに、時代とともに変化しながらたどり着いたのは何度も行きたくなる「カフェ感覚で泊まれる温泉宿」
 
由布院 玉の湯
桑野和泉さん

「玉の湯」社長。2024年1月に滞在型の宿「STAY玉の湯」をオープン。会長・溝口薫平さんとともに宿の敷地内に樹木を増やし、由布院の町にも木を植える活動をサポート
 
草庵秋桜・榎屋旅館
太田慎太郎さん

水戸岡鋭治さんデザインで、極みのおもてなしを追求する温泉旅館「草庵秋桜」社長。2023年5月に自由な滞在ができる「榎屋旅館」にリニューアルオープン

榎屋茶房の夜はパブになり、太田社長自らカウンターに立つ。地元農園の完熟かぼすはまろやかで果汁たっぷり、ハイボールやサワーで

──滞在型温泉保養地としての可能性について、どのようにお考えですか。
 
桑野 由布院温泉は昭和30年代に国民保養温泉地に指定されて、ずっと保養という考え方を意識していたのですが、観光立国となりインバウンドが急増し、保養という本来の役割をうまく伝えられないまま時が過ぎてしまって。コロナ禍を経て時代が変化してきたいまこそ温泉をベースにあらためて保養の考えを伝えたいなと思っているんです。
 
冨永 旅から帰ってきて、あー疲れた、やっぱり家が一番だねと言わせてしまったら失敗だなと思う。元気になれたね、また行きたいねと、そんなカフェ感覚で行ける宿でありたいと思っています。うちがはじまった頃は湯治宿で、駐屯部隊の宿舎だったことも。団体旅行の時代を経て、大学のスポーツ合宿や、お子さんのお泊まり保育も受け入れています。そのときの学生や子どもだった人が、大人になってまた来てくれている。温泉宿が近隣の人も泊まって温泉に入れるような、もっと気軽な存在になるといいなと思います。

太田 私は「草庵秋桜」という2食付きの正統派温泉旅館を営んでいますが、2023年5月に「榎屋旅館」という食事の有無などもっと自由に滞在スタイルを選べる宿もはじめました。開業にあたって影響を受けたのが「亀の井別荘」の中谷太郎さんの言葉です。「うちは宿じゃないから。別荘と書いてあるでしょ? だから自由な発想でいいじゃない?」。それまで温泉旅館のあり方とは、箸の1膳に至るまでお客様のためにすべて吟味し完璧にしつらえていくことだと考えていました。でももし3日間滞在するとしたら、毎日フレンチは食べられない。今日はカレーライスでいいかなという日もあるはず。だから榎屋旅館は真逆に行こうと思ったんです。すべて自由。カウンターで自由に食べてもらい、居酒屋っぽいことをしてみてもいいじゃないかと。

由布院温泉はすてきなバーが多い。玉の湯の「ニコルズバー」で湯上りのカクテルを。季節をイメージしたカクテルや、ノンアルコールカクテルも人気。STAY玉の湯に泊まっても利用できるのがうれしい

桑野 バリエーションがあることがうれしいですよね。同じ人でも特別な日なら、極めたプレゼンテーション型の旅館がいいでしょうし、気軽に滞在したいときもあるし。
 
冨永 10年前だったらふたつの部屋をひとつにして単価を上げてという改装を考えましたが、いまは逆の発想もあって。むしろひとつの部屋をふたつに割って、一人でも泊まりやすい部屋をつくるなど。みんなで温泉旅館に泊まりたいけれど、寝るときは一人がいい、というリクエストも増えてきています。食事やお風呂はみんなで楽しく、でも部屋は一人ずつで。

森の中に佇むような玉の湯

──由布院温泉にある宿は多様ですよね。
 
桑野 自由でいいんじゃないかと思う。自分の宿はこうであるという考えをもち、それを尊重し合えればいいと思います。
 
石井 溝口薫平さんの本にも由布院の自由さが書かれていたのを思い出しました。イケイケで夢を語る人もいれば、このくらいでいいんじゃない? と、「ほどほど」、「だいだい」で着地するふわっとした自由さ。それが由布院のしなやかな雰囲気の文化になっているように感じます。

由布院駅前の辻馬車停車場周辺も木を植えて緑豊かに

──温泉という大切な資源を守るためにしていることはありますか?
 
太田 由布院温泉自体が、岐路に立っていると思っています。これからは温泉資源をどう大切に使っていくのか、河川の治水と山の保水のバランスとか、そもそも山をどうしなければいけないのかを考えないといけない。
 
桑野 危機感をもってちゃんとした学術的な調査などをしていくときですね。温泉はどこがどうつながって影響しているか、地下のことが見えないですから、長期的なモニタリングが必要です。
 
冨永 難しいけれどこれから由布院がやれることはそういうことですよね。暮らしている人も旅館をやっている人もいるし、温泉に恵まれた町だからこそ温泉の保護へ向かっていかないといけない。

水が豊かな地でもある。塚原にある霧島神社の名水は甘みがあって透き通る味わい

──由布院温泉に木を増やす活動も活発になっていますね。
 
桑野 ドイツの温泉保養地は町の中にも緑がいっぱいある。由布院はきれいな水の町でもある。駅前から空いている土地に小さな森をつくるポケットパーク活動が進んでいます。少しずつ緑の下で休める場所ができてきました。
 
太田 旅館の建て替えもハードだけではなく、同時に木を植えることを自主的に進めています。榎屋旅館のときも根を傷つけないように木を動かして工事し、また植えて。大変でしたが、自然が豊かで多様な生き物がいることは由布院の特徴。カワセミやカワウも前の小川に飛んできますし。
 
桑野 生き物がいる環境はありがたいことですよね。

──由布院温泉の未来をどのように描いていますか?
 
桑野 日本も超高齢化社会になりつつありますから、安心して高齢者も滞在できる温泉保養地になれたらいいなと思います。由布院のクリニックと主治医が連携することも可能になってきました。重病ではないけれど持病があるという人も、安心して滞在できる。いろいろな人が滞在していることが当たり前の場所になりたいですね。
 
太田 のんびりとした自然豊かな里山があって、慌ただしく遊びに行く場所というのではなく、ゆっくり暮らすような感覚で滞在できる温泉保養地になっていければと思っています。

散歩は温泉地滞在の大きな楽しみ。生物多様性を生む清らかな川や由布岳を眺めるあぜ道も気持ちいい
大杵社への道は運動になる。樹齢1000年といわれるご神木は天然記念物

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text: Hiroko Ishii photo: Azusa Shigenobu 取材協力=九州観光機構
Discover Japan 2024年2月号「人生に効く温泉」

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