京都の料亭へ行こう【前編】
新旧が交錯する会席で“京料理の美”を堪能
京都の料亭ほど大人の知的好奇心をかき立てる場所はない。なぜならそこでは一流の味を楽しめるだけなく、優れた建築空間や工芸品、行き届いたもてなしを通じて日本文化に触れることができるからだ。料亭の主人は、お客が心地よく過ごせるよう細部にわたって目を配り、店を整えている。またそこで用いる道具や調度品を、高いクオリティで仕上げる職人も京都には多く住まい、いわば町全体が一体となって日本文化を守り続けている。
料亭に何度か足を運ぶうちに、いつしかうつわや調度品、建築に関心が向くのは自然な流れで、料亭はそれに応えるだけのものを計り知れないほど用意している。
日本で育まれ、日本人が長きにわたって受け継いできた文化に触れる時間は、想像以上の価値がある。そんな料亭の魅力を京都市内南部の老舗料亭「魚三楼」の協力の下、ひも解きたい。
京料理とは?
日本料理のひとつのカテゴリーである京料理は、「大饗料理」、「本膳料理」、「有職料理」、「精進料理」、「懐石料理」などをベースに成立している。平安貴族の盛大な饗宴の場で供された「大饗料理」は、いわゆるハレの日の料理で、生ものや干物を自ら酢や塩で調味して食したという。その形態に影響を受けた武家が、儀式料理として完成させたのが「本膳料理」。お膳で次々と提供するかたちが、いまの京料理にも作用している。「有職料理」は宮中に伝わる雅やかな儀式料理で、大饗料理を源流に、武家の本膳料理の要素なども取り入れながら発展している。僧侶らの食事である「精進料理」は、茶を喫する文化と禅宗が大陸から伝わった際、肉食を避ける教えにのっとって普及した。「懐石料理」は、京料理が成立する上で大きな影響をもたらしている。本来は茶の湯の料理のことを指すが、茶の湯では「茶懐石」あるいは「懐石」と呼び、それを料亭などで供するようになった頃から「懐石料理」の名が浸透した。
料亭は日本文化の担い手。
料亭の中でも、老舗となると床の間の柱ひとつをとっても凝った意匠を取り入れている。普請道楽ともとれるその凝りようは、店の主が一人の文化人でもあるから。京都の料亭に生まれ育つことで文化に造詣が深くなり、茶の湯にも親しむなどして磨いた感性は、料理はもちろんのこと店全体にも影響を及ぼす。
床の間の掛け軸は時期や集まりに応じて選び、たとえば春の一席なら宵の月と桜を描いた一幅を掛けることもある。自然の桜がいま目の前になくても、掛け軸を見ることで春の景色に思いが膨らむ。そんな楽しみ方ができるのも料亭の醍醐味である。また料亭には、必ずといっていいほど季節の花があり、掛け軸や花を替えることで、常にいましかない場所をつくり上げている。
京料理ならば、美しくあれ。
京都の料亭で供される料理と聞くと、古典的な献立をイメージするかもしれないが、実は時代に応じた振り幅の中で、常に新旧の味が交錯している。ときに肉料理を出すこともあれば、目の前で魚を焼くこともある。
たとえどんな献立であっても、そこには一本の筋が通っているという。それは何かとたずねると「見た目を整えるということですね」と荒木稔雄さん。京都市内南部の伏見で約250年続く料亭「魚三楼」の9代目当主である。
「まず見た目にきれいであること、そしてセンスがあること。これを京都の料亭はとても大切にしてきました」。それは素材の切り方から盛りつけに至るすべてに貫かれ、献立が替わるごとに、まるでひとつの絵でも描くかのように一連のコースをつくり上げる。
献立の中には、見立てと呼ぶ表現法で折々の風物をかたどった料理が添えられることもある。たとえば節分なら鬼や金棒をイメージした一品を、端午の節句ならば菖蒲や兜形に細工した一品を用意する。京料理は日本文化と結び付きが強く、文化への理解が深まれば深まるほど、味だけを楽しむ料理ではないことがわかる。
京都では明治時代から続く「京料理展示大会」が例年開催されている。これは名称通り、名店が料理を展示する催しで、京料理が鑑賞にも耐え得る美しさを常に念頭に置きながら歴史を重ねてきた何よりの証しといえる。
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京料理を支えるうつわ、もてなし、食材
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text: Mayumi Furuichi photo: Toshihiko Takenaka