TRAVEL

いま若手職人が京都・丹後を拠点にする理由
なぜアーティストは“海の京都”へ?【後編】

2023.3.14
いま若手職人が京都・丹後を拠点にする理由<small><br>なぜアーティストは“海の京都”へ?【後編】</small>

京都府北部、日本海に面する「海の京都」が、近年国内外で活躍する芸術家やクリエイター、職人など、ものづくりに携わる人々の熱い視線を集めている。彼らが引き寄せられる理由とは?
若き刀鍛冶3人による「日本玄承社」、海辺のちょうちん屋「小嶋庵」、アーティストや職人の技が集積する「間人スタジオ」にお話をうかがった。

天橋立に河原シンスケが移住した理由
≪前の記事を読む

若き刀鍛冶3人が丹後町で新しい刀文化を発信
日本玄承社

漆喰塗りなども自分たちで行った鍛冶場の前で、右から黒本さん、山副さん、宮城さん。「3人とも幼い頃からチャンバラや時代劇好きで『刀をつくりたい!』と」。移住後は京丹後の食文化の豊かさに驚いたと口を揃える

天橋立から車で北へ約40分。丹後ちりめんの機場(はたば)がいまも残る京丹後市丹後町に、3人の刀鍛冶が移住したと聞いて向かう。迎えてくれたのは、日本玄承社の黒本知輝(くろもとともき)さん、山副公輔(やまぞえこうすけ)さん、宮城朋幸(みやぎともゆき)さんだ。

3人は日本有数の名刀匠、吉原義人(よしはらよしんど)さんの下でともに修業を積んだ仲間。独立開業後の新たな拠点として、当初は師匠の仕事場や空港に近い東京周辺で場所を探していた。空港にこだわったのは、外国人客の利便性を考えて。それが、どうして京丹後へ? 「コロナ禍に見舞われ、東京にこだわる必要はないかもしれないと考えるようになった頃、山副の祖母が住んでいた京丹後の家が使えるという話がもち上がったんです」。
3人で訪れて伝統的な日本家屋や敷地を確認し、ここなら鍛冶場が開けると考えた。そこで山副さんが子どもの頃から世話になってきた、隣で織物会社「民谷螺鈿(たみやらでん)」を営む民谷勝一郎さんに相談。すると喜んで、地元の銀行や役場など、さまざまな人に橋渡しをしてくれた。「おかげで京丹後市挙げての大歓迎を受けることに。もともと機音が響いていた地域だけに、鍛冶場をつくることにも地元の皆さんの理解があって本当にありがたかったですね」

2021年に移住し、2022年1月には新たに築いた鍛冶場で念願の火入れ。刀づくりにいそしむ一方、多くの人にその魅力に触れてもらおうと見学会や体験会も開いてきた。刀が現代の住空間にもそぐうよう、斬新なディスプレイのスタイルも考案している。さらに今後見据えているというのが「世界への発信」。すでに海外からの引き合いが多い、隣の民谷螺鈿はよい手本であり、心強い存在だ。

「刀が1000年以上日本で継承されてきたのは、その精神性によるところも大きいと思います。人の生と死の象徴であると同時に、厄を絶ち、大切な人の安全を願い『守る』という役割もある。長い歴史の中で洗練されてきたフォルムに現代的な新しい価値を加えることはもちろん、刀の背景にあるこうした文化も含めて伝えていきたいですね」。「海の京都」から、彼らの新しい刀が、世界へ向け発信される日は遠くなさそうだ。

刀づくりの最初の工程「玉つぶし」。炭火で熱した玉鋼(たまはがね)を大槌で叩き平らにする。色で温度を把握し、叩く速さや場所を巧みに変えていく伝統技法
黒本さん作の太刀。見学会では実際に刀に触れ、刀鍛冶の技とセンスが込められた刃文もつぶさに鑑賞できる
バッグ風のしゃれたアクリルケースに刀を固定して飾る、新しいディスプレイ

日本玄承社
住所|京都府京丹後市丹後町三宅314
Tel|0772-66-3606
営業時間|10:00~16:00 ※見学・体験会は公式サイトから要問い合わせ
定休日|不定休
https://gensho.jpn.com/

伝統の技と現代の技を融合させた日本刀の美が体感できる作品展
「刀とレジンのアート」新し -ARATASHI-

会場| 愛知県名古屋栄三越 8F ジャパネスクギャラリー
住所|名古屋市中区栄3-5-1
Tel|052-252-1111
会期|2023年3月15日(水)~3月21日(火・祝)
開場時間|10:00~20:00(最終日は~17:00)

京提灯の寵児を訪ねて網野町へ
海辺のちょうちん屋「小嶋庵」

小嶋庵から歩いてすぐの八丁浜に立つ小嶋俊さん。妻・宏美さんの祖母宅があった網野町に十数年通ってきた。「ここは四季がはっきり! 青空と思えば急に吹雪になったりする、変わりやすい天気も含めて大好きです」

日本玄承社から北西へ車で約15分の京丹後市網野町。「海辺のちょうちん屋さん」ののぼりを立てた、小嶋庵が建つ。店主は京都市の提灯(ちょうちん)老舗「小嶋商店」の10代目でもある、小嶋俊さんだ。
京都・南座の大提灯など伝統的なスタイルの提灯製作の一方、祇園にあったセレクトショップ「PASS THE BATTON」の照明や、室内ディスプレイとしての提灯、インスタレーションを手掛けるなど、京提灯の新しい可能性を広げてきた小嶋さん。京都の伝統工芸界を牽引する若き担い手として脚光を浴びてきた小嶋さんが、妻と3人の子とともに網野町に移住したという。一体、なぜなのだろう。

「実は20歳頃、はじめてこの海を見たときから『いつか、絶対住みたい!』と思い続けていました。ここに来たら、ふわあっと穏やかな気持ちになれるんです。京都市内ではいつもイライラしていたのが、まったく違うキャラになるほど(笑)」と小嶋さん。その夢が現実になったのは、コロナ禍がきっかけだった。「まったく仕事がなくなって……動くなら、いまや!と」

父、弟、幼なじみと営む小嶋商店での提灯づくりは、分業で行う。小嶋さんの担当は、提灯の骨にするため竹を細く割る「竹割り」。その割った竹は「京都市内まで車で約2時間だから、十分届けられる!」と皆を説得。家探しでは京丹後市のサポートを受けるなど多くの人に支えられ2021年夏、網野町への移住を果たした。「とにかく人がやさしい! ごはん屋の店員さんですら個人として接してくれるような温かさ。転校した子どもたちも、すぐなじめました」

この工房を開くにあたり小嶋さんが目標のひとつに掲げたのが、子育て中の人も働きやすい、地域に開かれた場をつくること。2023年現在、子どもを保育園などに預ける女性4人がすでに働いている。「子どもはしょっちゅう熱を出す。そんなときは無理せず、来られるときに来て、と話しています。うちも参観日は休ませてもらうし。子連れで来てもいいし、みんなで楽しく働ける場になったらいいなあと」。
小嶋さん考案のミニ提灯「ちび丸」づくりの体験に訪れて、働きはじめた人も。工房では手を細かく動かしつつ、世間話にも花が咲く。和気あいあいと働くスタッフらの縁で、地元の神社の祭り用提灯製作の依頼も寄せられた。開業1年で、早くも網野町に根づきはじめている小嶋庵である。

「地元の旅館などにもちび丸を置いてもらい、室内照明やインテリアとしての提灯の楽しみ方を広めたい。それにほら、ミニ提灯に小さな空き瓶を組み合わせたら一輪挿しにもなるんですよ」
提灯の新たな可能性を、自由な発想で切り開いてきた小嶋さん。その瞳は、「海の京都」でますます輝きを増しているように見えた。

左から妻の宏美さん、小嶋さん、パートスタッフの晴奈さん。陽光が降り注ぐ広い工房は、しばしば子どもたちの遊び場にもなる
竹を鉈(なた)で縦半分に割り、さらに細かく割った後、皮をそいで薄い板状にし、20~30本の極細の竹に。これが提灯の骨になる。まるで魔法のような熟練の手さばき。鉈は日本玄承社製
ちび丸提灯づくり体験では、好みの色・柄の和紙を選んで、竹を輪にした骨に張っていく。中にLEDライトが入り、インテリアとしても楽しめる明かり
ほっそりしたミニ提灯と空き瓶を合わせれば、おしゃれな花瓶に

小嶋庵
住所|京都府京丹後市網野町浅茂川266
Tel|080-3801-3546
営業時間|10:00~17:00 ※ちび丸提灯づくり体験は1名4400円(税込)、公式サイトまたは電話で要問い合わせ
定休日|不定休
https://kojima-an.jp/

暮らしとアートを結び付ける
間人スタジオにも注目!

京都出身の桶職人、中川木工芸・中川周士さんによる庇(ひさし)は木曽さわらの柾目だけを用いている(写真:森川昇)

「海の京都」では、アーティストや職人の技が集積する空間も増加中。そのひとつが、NPO法人TOMORROWが運営する間人(たいざ)スタジオだ。
京丹後市の間人は、冬の味覚・ズワイガニや一枚岩の巨石「立岩」などが有名な港町。ここで築100年超の古民家に工芸作家の技が注がれ、改修が進められている。陶芸家が土壁を作ったり、硝子作家が硝子板を補修したりと、それぞれの知識や技術を生かした制作は2021年にスタート。工芸に新たな視点や可能性を与え、暮らしとアートを結び付ける改修の様子は、公式サイトで公開中だ。
「間人は静か。一歩外に出ると海が見え、波音も聞こえて、すぐリフレッシュできます。飢饉がなかったというほど豊かな土地で、海産物をはじめ食に恵まれているのもいいところ」と大学院卒業を機に間人へ移住したTOMORROWマネージャーの橋詰隼弥さん。2023年秋には、食とアートと地域が連携する展覧会「ECHO あしたの畑ー丹後・城崎」も開かれる。イベントを機に、間人の美しい自然も体感したい。

読了ライン

間人スタジオ
住所|京都府京丹後市丹後町間人2854
営業時間|イベント時のみ公開
https://www.tomorrowfield.org/

ECHO あしたの畑—丹後・城崎
会期|2023年10月7日(土) ~ 11月26日(日) ※火・水・木曜休場
会場|丹後:間人スタジオ、竹野神社、京丹後市立古代の里資料館、道の駅 てんきてんき丹後/城崎:城崎温泉 三木屋
開場時間|10:00 ~ 16:00(間人スタジオ、竹野神社)
予約受付|2023年4月以降詳細発表

「海の京都コイン」ならふるさと納税で
7つの市町をまるごと応援できる!

「海の京都コイン」とは、海の京都エリア7つの市町で使える電子マネー。「ふるさと納税」による寄付の仕組みを使って手軽に入手、加盟店で利用することで地域の応援につながる。宿泊やグルメ、レンタカーなどで利用するたびに、海の京都エリアをさらに身近に感じることができそう。

 

≫公式サイトはこちら

京都の魅力再発見の旅へ

1|和の源流を訪ねて都から“海の京都”へ
 【前編】京都・丹後地方で美食旅
 【後編】京都・丹後地方の美食・歴史・宿

2|なぜアーティストは“海の京都”へ?
 【前編】河原シンスケが京都・天橋立に移住した理由
 【後編】いま若手職人が京都・丹後を拠点にする理由

3|作家・柏井壽がひも解く!京都で“どうした家康”
 【前編】徳川家康と京都の深い関係
 【後編】徳川家康・明智光秀の面影をたどる旅

4|平安の女性たちの物語を巡る、作家・柏井壽の京都案内
 【前編】女性たちの平安京
 【後編】紫式部「源氏物語」の舞台・平等院へ

5|京都の料亭へ行こう
 【前編】新旧が交錯する会席で“京料理の美”を堪能
 【後編】京料理を支えるうつわ、もてなし、食材

text:Kaori Nagano, Minami Mizobuchi(Arika Inc.) photo:Masaki Hashimoto

京都のオススメ記事

関連するテーマの人気記事