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旅する富山県
山の発酵・海の発酵 -其の2-
食文化の智慧の結晶 こんか漬け/柿太水産

2022.12.13
旅する富山県<br>山の発酵・海の発酵 -其の2-<br><small>食文化の智慧の結晶 こんか漬け/柿太水産</small>
おにぎりのうえに載るのは、軽く炙ったこんか漬け。魚の旨みと塩味、白飯の甘みが一体となり、口福を満たしてくれる

発酵に最適な気候風土をもつ富山県では、地域特有の発酵文化が育まれてきた。北陸地方の郷土料理である魚のぬか漬け「こんか漬け」もそのひとつ。富山県氷見市にある柿太水産では無添加と手づくり、原材料にもこだわる「こんか漬け」や煮干し、干物など水産加工品の製造販売を行っている。“海の発酵”の代表格、こんか漬けはいかにしてつくられているのか。柿太水産の6代目、柿谷政希子さんのもとを訪ねた。

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こんか漬けとなる魚を熟成中の柿太水産の杉樽。毎年7月には、初物の樽開きを行う「こんか開き」が開催される

「こんか漬け」を作る、
そもそもの目的は……

柿太水産の外壁には、煮干しの素材となるイワシのブリキのオブジェが飾られている。イワシのオブジェはウルメイワシ、カタクチイワシ、マイワシと3種類あり、ブリキ作家の北岡哲さんが手がけたもの

こんか漬けは北陸地方の伝統的な発酵食品。魚を米ぬかと米麹に漬け込み、半年ほど発酵、熟成させる保存食で、富山県では寒さの厳しい時期に水揚げされたイワシやサバ、ブリなどをぬか漬けにしたものを指す。諸説あるが「こんか」の語源は、「小糠(こぬか)」がなまったものと伝わり、石川県では富山県と同じく「こんか漬け」、福井県では「へしこ」と呼ばれている。ぬかは水洗いせず、さっと炙ってそのまま酒の肴にするもよし、白飯にのせて頬張るもよし。柿太水産ではポテトサラダやパスタへのアレンジも提案している。旨みの強さをいかし、多様なアレンジメニューが楽しめるのも魅力だ。

こんか漬けにする魚を選ぶ「目利き」は?

「日本のアンチョビ」とも呼ばれる「こんかいわし」。柿太水産ではさまざまな食べ方を提案しており、ホームページではオリジナルレシピも紹介している

氷見漁港からほど近い場所に加工場を構える、柿太水産の創業は100年あまりも前。仲買人歴60年を超える5代目、柿谷正成さんの後を継ぎ、現在は娘の柿谷政希子(かきたに・せきこ)さんが6代目として手腕を振るっている。とはいえ正成さんもまだまだ現役。毎朝、氷見漁港へ足を運び、長年培ってきた目利きで質の良い魚を仕入れてくる。そんな魚の中には、こんか漬けにするイワシなども含まれる。政希子さんいわく「年を重ねるごとに動物的な勘が研ぎ澄まされるのか、父の目利きは冴え渡っています」とのこと。

美味いこんか漬けづくりに大切なこと

樽上げしたばかりのこんかいわし。魚についた乳酸菌たっぷりのぬかは水洗いせず、そのままいただく。いわしの旨みが感じられ、しっかりとしたコクがある

魚は鮮度が命。氷見漁港から脂ののった魚が到着するやいなや、水洗いと下処理を行い、能登産の塩をまぶして1週間ほど塩漬けする。塩漬けにすることで魚の水分が抜け、旨みがしっかりと残るという。すべて手作業のため、その日のうちに塩漬けまで行うのには手間と時間がかかる。しかしいっぽうで魚は時間とともに劣化が進む。ゆえに1日でも経過すると、塩漬けにした時点で腐敗臭がしてしまうため、時間と戦いながらも丁寧に、手を動かしていくのだ。

ここでしか、つくれない理由がある

柿谷政希子さん。「柿太水産は小さな工場です。だからこそこれからも、丁寧で小回りの効く仕事をしていきたいですね」

塩漬けのあとは本漬け作業のスタート。富山県内で無農薬米・減農薬米の米づくりを行う濱田ファームの米ぬか、氷見・坂本こうじ店の米麹、氷見・高澤酒造場の酒粕、自家栽培した唐辛子を魚にまぶし、何層にも分けて杉樽に漬け込んでいく。使用する杉樽は80年ほど前、近隣の味噌・醤油蔵から譲り受けたもの。「『杉樽に住み着いていた酵母と乳酸菌、長年柿太水産に住んでいる菌、そして日本海沿岸を吹き抜ける<あいの風>が協力し合い、美味しいこんか漬けに仕上がっているんだね』と、発酵学の第一人者である小泉武夫さんはおっしゃってくださいました」とは政希子さん。

杉樽には数十キロの重石をのせて、半年以上かけて熟成をさせる。春が訪れるころの、酵母による発酵の力はすさまじく、重石を樽から落とすこともあるという。しかしその酵母のパワーがあるからこそ、魚の旨みが凝縮した、まろやかで芳醇な味わいのこんか漬けが完成するのだ。

「シンプルな材料ですし、つくり方も単純。ですが保存料や酸化防止剤などを一切使用せず、氷見の新鮮な魚と私が美味しいと思う副原料、そして発酵の力でつくられた、こんか漬けをはじめとする富山の食文化を残していきたいんです」と政希子さんは話す。

柿太水産の加工場には、こんか漬けのほか、さまざまな干物などが並ぶショップも併設されている。ドアを開くと、政希子さんやスタッフの方々が、暖かく迎えてくれる

柿太水産の6代目、柿谷政希子さんはもともと、こんか漬けや干物などを口にするのは、決して得意ではなかったという。そんな政希子さんが、家業のこんか漬けを軸に「富山の食文化を残したい」、そう口にするまでに変わるきっかけとなった出来事を教えてくれた。

娘さんを出産後、お食い初めのとき、政希子さんの母から「うちの煮干しを出汁におかゆを炊き、その上澄みを食べさせなさい」と言われたのだとか。「それまで煮干しはあまり好きではなかったのですが、母の助言通りにつくったおかゆをひと口食べたら、まるで細胞が蘇っていくようで……。味付けは何もせずとも、煮干しだけでこんなにも滋味深くて、美味しくなるんだと感激したんです。娘もすごい勢いで食べていましたよ」と、政希子さんはいまでも当時の光景をはっきりと覚えているという。

「そのとき、柿太水産でつくってきたような、手間暇かけた旨みたっぷりの美味しいものを、みなさんに届けていきたいと実感したんです。これが本当の意味で『食文化を伝える』ということなんだなと」。

あじのさくら干し。春に捕れた氷見産のあじを一匹ずつ丁寧に手開きし、ザラメと富山湾の海洋深層水で仕上げている。柿太水産のさくら干しは冷めても硬くならないのが特徴
氷見漁港で水揚げされた6cm以下のカタクチイワシを使用した「おやつ煮干」海洋深層水でゆでて、丁寧に洗いじっくり乾燥させているため、歯ごたえもよく、イワシの旨みが凝縮されている

「柿太水産のこんか漬けや発酵食品、干物などをお召し上がりいただくと、みなさん『懐かしい味がする』とおっしゃるんです。人の記憶は食とともに残ることも多いですよね。そんな美味しさの記憶を呼び起こし、みなさんの『美味しい』という顔をずっと見ていられるように、これからも努力を重ねていきたいと思います」と政希子さんは穏やかな笑みを浮かべる。

富山湾のキトキトな魚を素材に発酵、熟成されるこんか漬けは、富山県の“海の発酵”の象徴といえるだろう。こんか漬けを通じ、この地に根付いた食文化に触れる旅へ、さあ出かけよう。

氷見漁港から近くから望む雄大な富山湾。氷見漁港は富山湾随一の水揚げ量を誇り、定置網漁業のモデルとなった「越中式定置網」発祥の地としても知られている

柿太水産
住所|富山県氷見市北大町3-37
Tel|0766-74-0025
営業時間|8:00〜15:00
※電話、メールでの予約のみ受付
定休日|水・土・日曜、祝日
 
 

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text:Nao Ohmori photo:Shinpei Fukazawa

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