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旅する富山県
山の発酵・海の発酵 -其の1-
発酵文化が育んだバイオテクノロジー/石黒種麹店

2022.12.13
旅する富山県<br>山の発酵・海の発酵 -其の1-<br><small>発酵文化が育んだバイオテクノロジー/石黒種麹店</small>
石黒種麹店でつくられる米麹。白くフワフワした麹の菌糸が米の中まで伸びているのが特徴で、酵素が多い現れでもある

夏場は高温多湿、冬場は寒冷で真っ白な雪に覆われる富山県。酵母や乳酸菌といった微生物の活動を促すのに最適な環境であるがゆえ、県内には酒蔵や味噌蔵、醤油蔵が多く、豊かな発酵食文化を形成してきた。発酵食品づくりに欠かせない麹屋の数が、富山県は全国で3本の指に入るほど。現在でも70〜80軒が残っているという。

しかし麹が育つもとになる「種麹」をつくる種麹屋は日本で10軒ほどしかなく、北陸で唯一、種麹の製造、販売を行なっているのが石黒種麹店である。石黒種麹店の種麹を使った米麹には酵素が非常に多く、良質な発酵食品を生み出すことができる。その理由は優秀な種麹と、昔ながらの製法にあった。

石黒種麹店で製造、販売している「蔵出し味噌」、「極上味噌」、「麹職人のこだわり味噌」はすべて無添加。一般の味噌には添加されている酒精(アルコール)が入っていないため、腸内環境によいといわれている酵母菌、乳酸菌がたっぷり含まれている

当主は4代目であり、8代目でもある

石黒種麹店の建物は、江戸時代中期に建てられたもの。「麹」と染め抜かれた暖簾が目印だ

加賀や京都へと続く、絹と米の道の要衝として栄えた南砺市福光。宿場町としての面影を残す街並みのなかに、石黒種麹店はある。江戸時代後期、文政年間より麹づくりを始め、その後に「種麹」をつくれる種麹屋の暖簾(のれん)を掲げたのは1895年。当主の石黒八郎さんは、麹屋から8代目、種麹屋として4代目となる。現在は伝統製法を守り、種麹をつくり続けるほか米麹や味噌、甘酒などの発酵食品の製造も行なっている。

種麹の「胞子」と麹の「酵素」の関係性

「菌糸がびっしり伸びているから、麹蓋を逆さまにしても米麹は落ちないんですよ」と石黒さん

広く「麹」と呼ばれるのはカビの一種で微生物。植物に近い存在だ。蒸した米や麦、大豆などに、麹菌の胞子となる「種麹」をまぶし、麹菌を繁殖させたものが一般では「麹」と呼ばれ、米+麹菌なら米麹、麦+麹菌なら麦麹と通称される。麹菌が繁殖する過程でさまざまな酵素がつくられ、その酵素の働きが味噌や甘酒といった、発酵食品の甘みやコクを引き出しているのだ。

たとえば米麹には100種類以上の酵素が含まれるといわれ、麹の目的は「酵素」をつくること。いかに多くの、発酵力の強い酵素を作れるかが、麹の良し悪しを左右するともいえる。では「種麹」とは何か。

おおまかな表現ではあるが、「種麹」は植物でいうと種に相当する。麹菌の場合は「胞子」をつくることが「種麹」をつくるということ。「元気な、胞子の多い種麹を使うと、酵素がたっぷりの麹に仕上がるんです」と石黒さんは話す。石黒種麹店の米麹を公的機関で分析した結果、酵素を生み出す麹のパワーを示す目安、糖化酵素の数値は5000ユニット以上。標準値は1000〜2000ユニットとされるため、科学的にみても優秀な麹であることがわかる。

ひとりだけで種麹をつくる理由

種麹は一見すると薬のような粉にしか見えないが、麹菌の胞子の集合体だ。石黒種麹店では名称をつけており、右が「白専(しろせん)」、左が「甘露」と名付けられている。甘露は菌糸と胞子がともに白く、白専は菌糸が白く、胞子は緑色だという。石黒種麹店では6種類の種麹を製造している

種麹の製法は一子相伝。家族や従業員にも決して口にせず、石黒さんはひとりで、代々受け継いだ製法で種麹づくりに励んでいる。種麹づくりを行うのは、春と秋。麹の胞子を培養する過程で、蒸した米に椿の葉の灰を撒き、麹菌だけを育てていくのだという。「椿の灰は蒸した米に混ぜると、アルカリ性になるんです。そうすると雑菌は死滅し、麹菌だけが生き延びる。しかも灰の成分は麹菌の好物なので、胞子がもっと元気になるんですよ」と石黒さん。

「種麹づくりは温度や湿度管理のほか空気に触れることも重要なのですが、先代の父は『職人は肌で感じろ』と絶対に乾湿計を入れさせてくれませんでした。こっそり乾湿計で測っていたら翌日、父に捨てられてしまっていた、なんてことが4〜5回ありましたよ。だから私、数カ月ほど室(むろ)の中に泊まり込み、体で覚えてね。よく熱中症にならなかったなと思います。そのあとも頻繁に室の中に入っては経験を重ねながら、数年間続けていくうちに、室に入ったとたんに肌で温度や湿度の高い・低いがわかるようになりましたよ」と、カラッとした明るい声で話してくれた。

麹菌には昼も夜もない

「こうじ蓋製法」でつくられた自慢の米麹。生の麹を真空パックにしているため、要冷蔵。原料となる米は、富山県産「コシヒカリ」の一等米を使用している

石黒さんがつくる種麹を使った米麹づくりも、創業時から伝わる「こうじ蓋製法」で行われている。こうじ蓋製法とは、麹菌の発酵熱を利用し、麹本来の力を最大限引き出す製法のこと。種麹を混ぜた米を、空気に触れやすくするために、2〜3cmの厚みにして杉製の麹蓋に入れ、麹室の木棚に一枚一枚並べていく。発酵熱によって麹室の室温は32℃、湿度は98%まで上がる。蒸し風呂のような麹室で、職人は麹に熱が均等に行き渡るよう、昼夜を問わず麹蓋の上下を差し替えるなど、微妙な気候の変化を感じ取りながら、発酵させていくのだ。

育てるポイントは「甘やかさない」

石黒種麹店の店頭は製品の販売スペースで、米麹や味噌、甘酒、塩麹を販売している。原材料がすべて一級品なのは「そのとき手に入る最高の原材料を使えというのが、父の教えなんです」との理由から

「もし麹蓋を直積みしたら、結露した水分によって栄養が米の表面に溶け出しますよね。すると麹菌は表面だけの栄養で満足してしまい、菌糸を伸ばさないんです。栄養をとろうとして菌糸を伸ばす過程で、麹菌は酵素をたくさん出すんです。だからこそいい麹になるんですよ。麹は生き物ですから、甘やかしてはいけません」と石黒さんは笑うが、言葉の端々から麹づくりにかける情熱が感じられる。

良質な麹の証とは

ユーモアたっぷりに話を聞かせてくれた石黒さん。種麹店としての5代目となる息子の和郎さんには、2019年から種麹づくりの技術を教えているという

麹づくりはすべて熟練した職人による手作業。時間と労力のかかる作業であるが、それにより米の一粒一粒にまで麹菌の菌糸が伸び、たっぷりの酵素と自然な甘みをもつ麹が完成する。糸のような菌糸がグングンと伸び、麹菌が繁殖していく様を「破精る(はぜる)」といい、米の表面や中までしっかり菌糸が入った状態を「総破精(そうはぜ)」、逆に菌糸が伸びず米が硬くなった状態を「破精落ち(はぜおち)」という。石黒種麹店の米麹はもちろん総破精だ。

伝統製法を守るには理由がある

福光の町の中心には小矢部川が流れ、大地には養分をたっぷり含んだ五箇山の、山岳地帯の雪解け水の伏流水が流れている。それにより福光を含む砺波平野一帯は稲作に適し、美味しい米の産地となっている

「近年、麹づくりに機械を導入する蔵が増えてきました。機械を使えば、作業は格段に楽になりますし、たくさんつくれます。しかし機械の特性上、総破精の麹にはなりません。私どもが昔ながらの製法を続けているのは、仕上がりの美味しさが違うからなんです。味が違う、旨みが違う、酵素が違う。だからかたくなに、創業時の製法を守っているんですよ。私は変わってません。まわりが変わっただけです」と、石黒さんは真剣な眼差して語った。

緑豊かな山々に囲まれた地で、麹づくりを行う石黒種麹店。この地を訪れ、石黒種麹店がつくる米麹や発酵食品を口にすれば、富山県の発酵食文化を五感で味わえるはずだ。
 

食文化の智慧の結晶
こんか漬け/柿太水産

 
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石黒種麹店
住所|富山県南砺市福光新町54
Tel|0763-52-0128
営業時間|月〜金曜9:00~18:00、土・日曜・祝10:00~17:00
定休日|第1・3・5日曜
 
 

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text:Nao Ohmori photo:Shinpei Fukazawa

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