栃木県・日光市《界 鬼怒川》
世界の布を知り尽くした衣服標本家が体験する
黒羽藍染に魅せられる滞在
「黒羽藍染(くろばねあいぞめ)」をはじめとした栃木の伝統工芸に触れられる「界 鬼怒川」。およそ100年前の稀少な衣服を分解し、美の本質を探求し続ける長谷川彰良さんとともに“手業に宿る美”を体感する旅に出た。
衣服標本家
長谷川彰良(はせがわ・あきら)
アンティークの衣服を分解し、内部構造が可視化できる衣服標本として展示する「半・分解展」を2016年より開催。“100年前の感動を100年後に伝える”をコンセプトとした本個展は国内外で開催され、動員数を年々増やしている
4つの民藝を愛でる
「界 鬼怒川」のエントランスに到着すると、はためく藍色の暖簾が迎えてくれた。今回ともに訪れたのは、衣服標本家の長谷川彰良さん。「衣服をファッションというよりはプロダクト、ひいては感動として見ていて。構造がおもしろいものにいろいろと興味があるんですよね」と、自身の個展でも原始的な感覚である触覚にこだわっていることもあり、早々に暖簾の手触りを確かめる。その姿は、無邪気な子どものようだ。
「界」は、滞在や体験を通して土地の魅力が再発見できる星野リゾートの温泉旅館だが、鬼怒川の宿は言うなれば栃木民藝の美術館。建築家、フランク・ロイド・ライトも心惹かれたという「大谷石(おおやいし)」が随所に使われるほか、建具として有名な「鹿沼組子(かぬまくみこ)」や、陶芸家・濱田庄司が美を見出した「益子焼」の新たな姿にも出合えるのだ。中でも稀少な「黒羽藍染」は、衣服を知り尽くした長谷川さんにこそ触れてほしい伝統工芸。到着早々、「振り」という新たな技法を用いた暖簾に文字通り触れた長谷川さんだが、客室でも最初に目に入れたのは、型染めであつらえたクッションや障子布。匂いを嗅ぎ「藍の香りがしますね。西洋の藍染ではリネンを使うことが多く、ローラーで圧力を加えるのでキラキラの風合いになるんですよ」と海外の藍染文化にも造詣が深いことに驚かされたが、黒羽藍染とは初対面。翌日に控える、黒羽藍染唯一の職人・小沼雄大(おぬまゆうた)さんとの対面を楽しみにしている様子だった。
ラウンジで本を読む、館内で民藝を探すなど、滞在方法をアレンジできるよう界 鬼怒川ではあえてアクティビティは設けていないというが、客室で楽しむ「黒羽藍染の布でつくるはがきキット」では、おこもり時間を提供。長谷川さんも布をハサミで器用に丸抜きし、はがきづくりに没頭していた。
名湯と伝統工芸をセットで
楽しむのが界 鬼怒川流
館内の手仕事、どこまで見つけられる?
目と舌で民藝を味わう
ホテルの(中)と(外)で、
手仕事に触れる体験
(中)食後の遊びは益子焼を選んで、学んで、演奏する
夕食では、釉薬の技術に長けた萩原芳典(はぎわらよしのり)さんのうつわをはじめとした品々が会席を彩る。「釉薬をかけるのは15秒と楽でいいねと言われるけれど、これは15秒と60年だよと返す場面が、濱田庄司の著書『無盡蔵(むじんぞう)』に書かれていて」と焼物は詳しくないと話す長谷川さんだが、濱田庄司に関しては別のよう。宿にも縁ある一冊として置かれていたが「この本は5冊持っていて、ボロボロになるまで読みました。ものへの向き合い方に共感できるんです」と、衣服標本の感性は民藝にも通じていた。食後は、音からも益子焼を感じる「益子焼ナイト」に参加。各地の豆皿から好みの3枚をセレクトしてはじまるが、長谷川さんが選んだ豆皿は、後にすべて益子焼と判明。この地との縁を感じざるを得ない。
古典とモダン、黒羽藍染のふたつの美を堪能(外)
翌日は黒羽藍染体験のため、大田原市へ移動。かつて5軒あった紺屋だが、現在は8代目・小沼雄大さんが営む「黒羽藍染紺屋」のみ。廃業した紺屋から引き継いだ6000種もの型が保管されており、ただ一人で200余年の技術を守り続けている。「はんてんなどの需要が減り、多くが廃業してしまいました。しかし、うちは時代の流れに合わせ、父は贈答品を、私は同世代に好まれる製品をつくることで生き残ってきたんです」
黒羽藍染は「ご入れ」と呼ばれる下染めを行うことで独特の深い藍色を生み出しているが、「ロココ調の服を分解すると、縫うか死ぬかという現代では考えられない手間がかかっているんですよ」と話し、その手間は長谷川さんが心を躍らせている美の感覚に近い。使ってこその民藝とあって、宿の衣食住を通して体感できる滞在は理になっている。長谷川さんも黒羽藍染が気に入った様子で「レティキュール(18〜19世紀に用いられた婦人用の手提げ袋)」に仕立てたいと、工房見学後に布地を購入して帰路に就いた。
家族への土産には、黒羽藍染の小物を
「界 鬼怒川」の滞在では、栃木の民藝を見たり触れたりするだけではなく、知識や思い出として持ち帰れる特別な体験がかなう。
界 鬼怒川
住所|栃木県日光市鬼怒川温泉滝308
Tel|050-3134-8092(9:30~18:00)
客室数|48室
料金|1泊2食付3万1000円~(税・サ込)
カード|AMEX、DINERS、Master、VISAなど
IN|15:00
OUT|12:00
夕食|日本料理(食事処)
朝食|和食(食事処)
アクセス:車/日光宇都宮道路今市ICから約30分、電車/東武鉄道鬼怒川温泉駅から車で約5分
施設|大浴場、食事処、ラウンジ、ライブラリー、ショップ
text: Natsu Arai photo: Kazuya Hayashi
Discover Japan 2022年12月号「一生ものこそエシカル。」