中村勘三郎×坂東玉三郎出演!
三島由紀夫作、おとぎ話のようにハッピーな恋物語!
シネマ歌舞伎『鰯賣戀曳網(いわしうりこいのひきあみ)』
歌舞伎の舞台公演を撮影し、映画館で上映する「シネマ歌舞伎」。6月の新作『鰯賣戀曳網(いわしうりこいのひきあみ)』は、三島由紀夫が手掛けた最高にハッピーなラブストーリーだ。
中村勘三郎氏、坂東玉三郎氏が出演し、劇場を和やかな笑いで包み込んだ舞台が12年の時を経てシネマ歌舞伎となり、2021年6月4日(金)より全国公開予定。勘三郎氏と玉三郎氏の息の合った掛け合いから愛嬌溢れる花道のひっこみまで、ユーモラスで華やかな名舞台を楽しめる。今回はそのあらすじをご紹介!
恋の病にかかった鰯賣!?
大名に扮して憧れの遊女の元へ!
©松竹株式会社
京の都、五條橋の前で博労(ばくろう)の六郎左衛門(松本幸四郎氏)に遁世者(とんせいしゃ)の海老名なあみだぶつ(坂東彌十郎)が、息子の鰯賣(いわしうり)猿源氏(さるげんじ/中村勘三郎氏)の近況を訪ねるが、六郎左衛門は口ごもってその場を立ち去ってしまう。
すると、そこへ腑抜けた売り声を上げながら猿源氏が現れる。自慢の売り声にも全く元気がない猿源氏を、なあみだぶつは叱りつけるが、それには訳があるという。この五條橋で輿に乗った上臈(じょうろう/江戸時代の大奥の女中の役職)に一目惚れし恋の病にかかって以来、心もそぞろになっているというのだ。
猿源氏が恋をしたのは実は蛍火(坂東玉三郎氏)という都で評判の遊女であった。そこで、なあみだぶつは息子の恋を成就させようと、猿源氏を大名の一行に仕立て上げ、蛍火のいる東洞院の揚屋に向かう。
遊女たちから「勇敢な軍物語を聴きたい」とせがまれ困った猿源氏は、魚たちによる珍妙な軍物語を軽妙に語って聞かせ、窮地を脱する。しかし、酒が進み、やがて蛍火の膝の上で酔いつぶれた猿源氏は寝言で「伊勢の国に阿漕ヶ浦の猿源氏が鰯かうえい」と自慢の売り声を上げてしまう。寝言を聞いた蛍火にその素性を問いただされるが、猿源氏は鰯賣であることを否定する。すると、蛍火は突然、泣き伏してしまい、今度は猿源氏がその理由を尋ねることに。
さて猿源氏の恋の行方は? そして、蛍火の涙の訳とは……?
歌舞伎を愛した
「劇作家」としての三島由紀夫
日本を代表する文豪・三島由紀夫は、1925(大正14)年1月14日、東京生まれ。幼少期より祖母や母の影響を受け歌舞伎に興味を持ち、1938(昭和13)年に東京・歌舞伎座にて『仮名手本忠臣蔵』を鑑賞して以降、歌舞伎のとりことなり夢中で観劇を重ねた。やがて三島由紀夫として活動を始めると、歌舞伎の劇評や歌舞伎座の筋書への寄稿など様々な形で歌舞伎に関わるように。
やがて歌舞伎作品を執筆するようになった三島は、六世中村歌右衛門に当てた『地獄変(じごくへん)』『鰯賣戀曳網』『熊野(ゆや)』『芙蓉露大内実記(ふようのつゆおおうちじっき)』『むすめごのみ帯取池』、そして、当時まだ19歳だった坂東玉三郎をヒロイン・白縫姫に抜擢した『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』の全6作品を残している。
現代的なセリフや演出が取り入れられた新作歌舞伎が意欲的に生み出され、その上演が盛んだった当時、三島はあえて古典歌舞伎の様式や義太夫、下座音楽、そして古風な台詞の言い回しなどを活かした作品の創作にこだわった。そして、古典歌舞伎の様式に、蛍火のような自らの意思で突き進むヒロイン像など、斬新な発想を重ねた三島の作品は他の新作歌舞伎と一線を画し、「三島歌舞伎」と呼ばれ話題となった。
三島由紀夫と坂東玉三郎
三島は坂東玉三郎氏を「薄翅蜉蝣(うすばかげろう)のような美しさ、何より大事なのは古風な気品ある美貌」とその印象を言葉に残している。『黒蜥蜴』『サド侯爵夫人』など歌舞伎作品以外の三島由紀夫の戯曲作品にも出演した玉三郎。シネマ歌舞伎『鰯賣戀曳網』冒頭の特別映像では、玉三郎氏が三島由紀夫との演劇作品を通しての交流や共演した中村勘三郎氏との思い出を語っている。
月イチ歌舞伎 2021 上映作品
『鰯賣戀曳網(いわしうりこいのひきあみ)』
上映期間|2021年6月4日(金)~24日(木)
上映館|東劇、新宿ピカデリーほか全国の映画館(詳細はこちら)
料金|一般2200円、学生・小人1500円
上映時間|82分
作|三島由紀夫
出演|中村勘三郎、坂東玉三郎、松本幸四郎、片岡亀蔵、坂東彌十郎、中村東蔵ほか
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、上映期間中に上映館が休館となる可能性があります。鑑賞前は映画館の上映状況を確認ください。来場時はマスク着用等、劇場の感染予防対策にご協力ください
text=Discover Japan