TRADITION

野田秀樹×中村勘三郎
奇跡のタッグを映画館で!
シネマ歌舞伎『野田版 研辰の討たれ』

2021.5.10
野田秀樹×中村勘三郎 <br>奇跡のタッグを映画館で!<br>シネマ歌舞伎『野田版 研辰の討たれ』
©松竹株式会社

歌舞伎の舞台公演を撮影し、映画館で上映する「シネマ歌舞伎」。2021年5月から2022年2月まで毎月1作品を上映する「月イチ歌舞伎」がいよいよスタート! 幕開けとなる5月の作品は、演劇界の奇才・野田秀樹氏が初めて歌舞伎の演出に挑み、中村勘三郎氏が主演を務めた『野田版 研辰の討たれ』。2021年5月14日~20日まで、期間限定で上映される。

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木村錦花の新歌舞伎を、野田氏が新しい視点で書き直し演出した本作。2000(平成13)年に行われた歌舞伎座公演が大評判となり、その後、2004(平成17)年の中村勘三郎襲名披露公演でも上演された。現代的なテーマで言葉も分かりやすく、歌舞伎初心者でも楽しめる作品となっている。今回は歌舞伎デビューにもおすすめしたい本作のあらすじをご紹介!

敵討ちなんてくだらない!?
お調子者の辰次の運命は……?

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赤穂浪士(あこうろうし)が吉良邸に討ち入って数日後、その快挙は江戸から遠く離れた近江国・粟津藩にも伝えられ、粟津城内の剣道場はその話題で持ち切り。誰もが赤穂浪士の美談に酔いしれている中、元は研屋のにわか侍・守山辰次(もりやまたつじ/中村勘三郎)だけは、「たかが敵討ちのために命をかけるなど、ばかばかしい!」と嘲笑う。しかし、藩士たちがいきり立って殴り掛かるとあっさりと詫びてしまう。

信念がなく、すぐに意見を翻す辰次に呆れた家老の平井市郎右衛門(ひらいしろうえもん/坂東三津五郎)は、通りかかった主君の奥方である萩の江(中村福助)の面前で、剣道の鍛錬と称して辰次を打ちのめしてしまう。これまで覚えめでたかった奥方の前で恥をかかされてしまった辰次は、市郎右衛門への復讐を誓うのだった。

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その夜、辰次は昔の仲間の職人(中村源左衛門)に金を渡し、市郎右衛門の髻(たぶさ/髪を頭上で束ねたもの)を切り落とすという、大掛かりな仕掛け(片岡亀蔵)を作らせ、夜道に罠を張る。

ところが、恥をかかせるだけのつもりで仕掛けたからくりに驚き、なんと市郎右衛門は脳卒中を起こして死んでしまう。辰次は自分の仕掛けた罠が殺してしまったと早合点し、その場を逃げ去る。

一方で、家老の死因が脳卒中だと知れたら恥になると考えた取り巻きたちは、市郎右衛門は辰次に斬殺されたと言いふらす。そうとは知らない家老の子息・九市郎(松本幸四郎)と才次郎(中村勘九郎)は、皆にけしかけられ仇討ちのために旅立ち、辰次は仇として追われることになるのだった。果たして、辰次は逃げ切れるのだろうか……?

実話だった!?

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じつは、このちゃらんぽらんな主人公の守山辰次にはモデルがいる。実在の刀研屋の婿養子で、辰蔵(たつぞう)という人物だ。妻の不倫を知った辰蔵は、相手の侍・平井市郎次(ひらいしろうじ)を殺して3年ほど逃げ回るが、最期は市郎次の兄弟に仇討ちされた。

敵が町人、討手が武士という珍しい敵討ちは注目を集め、この事件をもとに『敵討高砂松』という歌舞伎狂言となった。

江戸時代には美徳とされた敵討ち。ほかにも曽我物、忠臣蔵物など、歌舞伎に限らずさまざまな分野で多数の作品がつくられ、「仇討物」「敵討物」と呼ばれる一大ジャンルを築き上げた。

しかし、大正時代には西洋の思想が日本へ流れ込み、仇討ちは残酷な「復讐」に過ぎず、”許すことこそ美徳”と考えられるようになっていった。大衆はこれまでもてはやしてきた仇討ちの精神を、手のひらを返して批判する。

そんな時代背景の中でつくられたのが、木村錦花(きむらきんか)原作の新歌舞伎『研辰の討たれ』(1925年初演)だ。

二代目市川猿之助が辰次を演じて評判を集めた、歌舞伎の敵討狂言には珍しい喜劇仕立ての芝居だ。討たれる側に焦点を当て、これまでにない仇討狂言をつくり上げたのだった。

「野田版」歌舞伎の魅力と中村勘三郎の「辰次」

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野田市が作・脚本・演出を担った歌舞伎は2000年・2004年『野田版 研辰の討たれ』、2002年・2008年『野田版 鼠小僧』、2010年『野田版 愛陀姫』、そして2016年『野田版 桜の森の満開の下』と、現在までに4作。

“野田版歌舞伎”を語る上で欠かすことができない存在である十八世中村勘三郎(当時勘九郎)からの依頼で、初めて歌舞伎の台本を書き下ろしたのがこの『野田版 研辰の討たれ』だ。

野田氏は、木村錦花が書いたこの喜劇に「赤穂浪士討ち入りの直後」という時代背景を加え、敵討ちという流行に熱狂する無責任な大衆を批判的な視点で強調した。この変更は、仇討ちをくだらないと笑い飛ばしながらも結局は巻き込まれ翻弄されていく、辰次の哀れさを際立たせている。

また、辰次逃避行の場面のスピーディーな演出や、辰次が家老への報復を企む場面で登場する奇天烈な仕掛けが観客の心を掴んだ。

そして、本作の卑怯で狡猾だがどこか憎めない辰次のキャラクターは、勘三郎氏が演じることを前提に脚本が書かれた「当て書き」の役どころ。稀代の役者が愛嬌たっぷりに演じる辰次は、観客の愛着と共感を呼び、さらに物語に引き込んでいく。

野田氏と勘三郎氏がタッグを組み、歌舞伎座を熱狂させた本作。ぜひ映画館で体験してみてはいかがだろうか。

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月イチ歌舞伎 2021 上映作品
『野田版 研辰の討たれ』
上映期間|2021年5月14日(金)~20日(木)
上映館|東劇ほか全国の映画館にて
料金|一般2200円、学生・小人1500円
上映時間|97分
脚本・演出|野田秀樹
出演|中村勘三郎、坂東三津五郎、中村福助、中村芝翫、中村扇雀、坂東彌十郎、松本幸四郎、中村獅童、中村勘九郎、中村七之助、片岡亀蔵 ほか
https://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/

※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、上映期間中に上映館が休館となる可能性があります。鑑賞前は映画館の上映状況を確認ください。来場時はマスク着用等、劇場の感染予防対策にご協力ください


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