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建築史家・倉方俊輔が語る
“これからの建築の愉しみ方”とは?

2026.5.6
建築史家・倉方俊輔が語る<br>“これからの建築の愉しみ方”とは?

建築史家の倉方俊輔さんが考える、これからの建築の愉しみ方とは?再生を果たし、新たな活用がされている近現代建築を体感する「建築ツーリズム」の魅力について迫る。

文=倉方俊輔
大阪公立大学大学院工学研究科教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築イベント「東京建築祭」の実行委員長を務めるなど、建築の価値を社会に伝える活動を行う。『建築を楽しむ教科書』(ナツメ社)など著書多数。

建築との出合い方の変化

旅先で入ったカフェが、思いがけず心に残ることがある。味や内装の印象というより、そこで過ごした時間が、後になって意味をもちはじめる。帰宅してから、あの天井の高さや、窓から差し込んでいた光をふと思い出す。そうした場所が、実は再生・活用された建築だった……そんな経験が、以前より身近になってきた。

建築を目的に都市を訪ねる行為自体は、決して新しいものではない。ただ、そのかかわり方は、変わってきている。かつては、名建築の外観を眺め、写真を撮り、解説文を確認して次へ向かう。そうした見ることを中心にした歩き方が主流だった。

建築史家・倉方俊輔さん

いまはそこにもうひとつの意義が重なっている。再生・活用された建築の中でコーヒーを飲み、展示を眺め、部屋をめぐりながら時を過ごす。その過程で、かつての用途によって定められた天井の高さや、床や壁の手触りが、身体に伝わってくる。建築を理解しようと身構えなくても、過ごすうちに、その場所が歩んできた時間に触れていることに気づく。建築との出合い方が、体験を通したものへと移りつつある。

内部が公開される機会が増え、建築への入り口は以前より身近なものになった。その地域の意欲的な人々や民間組織が運営にかかわることで、建築は見学対象にとどまらず、日常的な利用を前提とした場として扱われるようになる。ホテルやカフェ、書店、ギャラリーといった使われ方が重なり、旅の途中に立ち寄れる場所が増えてきた。そうした場所の情報がSNSやウェブを通じて共有され、体験の断片が次の訪問者へと手渡されていく。建築を目的に訪ねるというより、訪ねた先で建築と出合う。そんな感覚が、着実に広がっている。

「建築ツーリズム」の魅力

「建築ツーリズム」という言葉を耳にすると、少し専門的で、距離を感じる人もいるかもしれない。けれど、実際に起こっているのは、もっと身近で、ささやかな変化だ。旅先で何げなく入ったショップが戦前につくられた建築だったり、予約して泊まった宿が、かつての誰かの生活の場だったりする。そうした経験は、いつの間にか特別なものではなくなっている。

恒松祐里さんと倉方さんの木造建築探訪の様子
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その魅力は、建築を見に行くことにあるのではない。建築について詳しく知らなくても、説明がなくても、その場にいるだけで感じ取れるものがある。 建築ツーリズムの心地よさは、学ばせようとしないところにあるのかもしれない。椅子に腰掛けたときの落ち着きや、階段を上るときのリズム、窓の向こうに見える街の気配。そうした感覚が、後になってよみがえり、「あの場所、よかったな」と思う。建築は、体験の一部として記憶に残っていく。

建築ツーリズムとは、建築を最終目的とする旅ではなく、建築を通じて、その土地の時間や空気に触れる旅だと言えるだろう。意識しなくてもかかわりが生まれる、その距離感が、いまの旅の感覚によく合っている。そして、その背景にあるのが、建築の再生・活用という動きである。

日常と建築をつなぐ再生・活用

時間を経た建築については、かつては保存か、解体かという選択肢で語られることが多かった。歴史的価値があるか、維持できるか。そうした基準はわかりやすい一方で、その建物がどのように使われ、どんな経験を重ねてきたのかは、判断の軸になりにくかった。

近年、保存のとらえ方は広がっている。完成した瞬間の姿をそのままとどめることだけでなく、これから先も使われ続けるために何が必要かを考える。保存は、過去に戻ることではなく、次の時間へとつなぐ行為として受け止められるようになった。

青森県にある「弘前れんが倉庫美術館」。明治から大正に建てられた煉瓦造の建物を活用し、美術館として再生した施設

用途の変更を前提に、平面構成や構造、素材の性格を読み直す。どの場所が中心となり、どこに余地があるのか。そうした点を丁寧に確かめることで、新しい活動を受け止める道筋が見えてくる。耐震補強や設備の更新も、建築の印象を大きく変えない方法が選ばれることが多い。補修や追加の跡は、時間が重なってきた証しとして、空間の中に残されている。

こうした再生・活用が機能している建築には共通点がある。平面が用途の読み替えに対応し、構造や構成がそれを無理なく支えていること。時を経た素材が新しい使われ方を引き立てていること。そして運営の在り方が建築の資質を活気づけていることだ。公開方法やプログラムが空間と噛み合うことで、その建築は見学対象にとどまらず、日常の中で使われ続ける場所となる。

用途転用による新しい体験

用途転用によって変わるのは、建築の見え方以上に、そこでの体験だろう。かつて工業生産のためにしつらえられた空間でビールを味わい、入浴のためにつくられた場所で会話をする。そうした行為そのものが、場所の履歴を身体で受け取る経験となる。

京都にある「さらさ西陣」。約70年間銭湯として親しまれ、2000年に現在の喫茶店に生まれ変わった

活用の仕方が変わることで、建築の骨格が際立つことも多い。天井の高さ、部屋の連なり、光の入り方は、居場所の質につながる。かつての主室が中心的な場所となり、脇役だった空間が新しい意味を担うこともある。そうした関係の組み替えによって、建築の中に新しい動きが生まれる。用途転用は、建築がもともと備えていた条件を、別の角度から引き出す行為でもある。

用途を更新することは、建築の価値を書き換えることではない。異なる入口を用意し、かかわり方の幅を広げることだ。日常的な行為の中で、過去と現在が重なり合う。その感覚こそが、用途を変えることによって生まれる、いまならではの過ごし方と言える。

歴史的建築という都市の旅先

吹き抜けの大空間に新設された「明治安田CAFE 丸の内」

明治生命館」も、建築の再生・活用が都市での過ごし方をどのように変えるかを示す事例のひとつである。1943(昭和9)年に保険会社の本社として竣工したこの建築は、石張りの外観と安定感のあるプロポーションによって、丸の内の街並みに確かな存在感を与えてきた。

2025年11月にオープンしたカフェは、建築と人とのかかわりを新しい段階へと導いた。かつて執務や応接のために用意された空間に、誰もが立ち寄れる入り口が設けられた。街歩きの途中でコーヒーを飲み、ひと息つく。特別な準備をせずとも、歴史ある建築の内部で時間を過ごせるようになった。

皇居のお濠端に面した外観

高い天井がもたらす開放感、古典主義様式がつくり出す空間の秩序、窓の配置によって生まれる光の表情。そうした要素は、解説を読む前でも滞在の中で自然に伝わってくる。ここが長い時間を引き受けてきた建築の一部であることを、身体が先に理解する。

歴史的建築を、見に行く対象としてではなく、日常の延長で立ち寄れる場所として使う。明治生命館も、建築ツーリズムの実践にほかならない。遠くへ出掛けなくても、特別な知識がなくても、そこならではの時間と地理に接続した建築に出合うことができる。

建築を旅する東京建築祭

ニッポンの近現代建築 再生・活用案内で紹介されている「ザ・ガーデンオリエンタル・大阪」

今回「ニッポンの近現代建築 再生・活用案内」では、明治建築から現代建築まで、日本の近現代建築を再生・活用した事例を紹介している。いずれも私自身が旅人として現地を訪ね、「あの場所、よかったな」と感じた建築である。銀行や銭湯といった建築が、再び人の往来を生み出している。用途は変わっても、そこにしかない時間は、積み重ねられ続けている。

昨年開催時に東京建築祭で特別公開された「国際文化会館」

「東京建築祭」のような取り組みも、その延長線上にある。毎年5月の週末、東京の明治から現代までの建物をいっせいに開くことで、普段は意識されにくい存在だった建築が、都市の中で立体的に立ち上がる。さまざまなエリアの建築をめぐる行為は、単なる見学にとどまらず、街を歩き、立ち止まり、過ごす時間へと変わっていく。建築を介した移動と出会いの回路が、各地で静かにつながりはじめている。

いま建築を旅することは、完成当初の姿を確かめたり、知識を集めたりすること以上のものだ。時間を経た建築が、どのように受け止められ、どんな日常を引き受けながら次の役割へと向かっているのか。その現場に身を置き、体験することにほかならない。

そこで過ごしたひとときが、後になってふとよみがえる。そうした記憶が、建築の価値をかたちづくっていく。建築を旅するとは、土地に刻まれた時間と、いまの暮らしが交わる地点に立ち会い、その関係を自分自身の感覚として持ち帰ることなのだ。

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text shunsuke kurakata
2026年3月号「訪ねる建築 暮らす建築」

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