HOTEL

ブックディレクター 幅 允孝さん編
宿づくりのプロに聞くリセットしに行く宿

2022.6.16
ブックディレクター 幅 允孝さん編<br><small>宿づくりのプロに聞くリセットしに行く宿</small>
撮影=中島光行(Nakajima Mitsuyuki) 出典=『その時間の差し出し方 1 ― 湯宿さか本』(すなば刊)

慌ただしい日常から距離を置いて頭の中を解放したい。はじめての土地で、新しい何かをインプットしたい。そんな気分にふさわしい宿を、宿のスペシャリストたちに教えてもらった。

<教えてくれた人>
ブックディレクター 幅 允孝さん
BACH(バッハ)代表。人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院などさまざまな場所でライブラリーの制作をしている。安藤忠雄氏の建築による「こども本の森 中之島」ではクリエイティブ・ディレクションを担当

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普段とは違う回転数で頭の中を緩める

ブックディレクターとして各地の公共図書館や病院図書館、ホテルライブラリーなどをいつも転々としているという幅さん。普段の仕事はスピード感が求められるので、オフのときは自然と頭の回転数が遅くなるような環境が必要だという。「プライベートで宿泊する際は、時間の流れが緩やかになる宿を好んで選びます。奥能登の『湯宿さか本』は、まさに理想の宿。お風呂もトイレも共同で、室内にはテレビも冷房設備もなく、スタッフを呼んでも来てもらえない。〝至らない尽くせない宿〟なのですが、宿を構成するすべての要素の端々に、主人である坂本新一郎さんの美意識というか、坂本さん自身の血が通っているのです。しかも、これみよがしに見せつけるのではなく、ゲストがまったく気づかないくらいの何でもなさで、いつの間にか力を抜いた状態へと誘ってくれるのです。空間も設えも、料理もすべて沁みます。竹林の中にあるお風呂も素晴らしく、光を抑えた薄暗さも落ち着きます。秋から冬は囲炉裏の前で炭をいじりながらの読書も格別です。それでいうと、ちょうど一年前、二泊三日で泊まった『ガンツウ』も印象的でした。瀬戸内海をめぐる客船で、建築家の堀部安嗣氏による空間が本当に落ち着く。立派な切妻の屋根にはじまり、船内の床や天井には檜やサワラなど国産材が贅沢に使われていて、思わず裸足で歩きたくなります。客室の海側に面したソファコーナーの天井などはあえて低く設計されている部分もあり、海上の開放感と落差もよい。まさに動く日本旅館です。サウナでたっぷり汗をかいた後に水風呂に浸かり、甲板で瀬戸内の風を浴びながらの外気浴も癖になります。どれだけ飲食してもエクストラチャージがかからない点にも、驚きました。ガンツウは船の速度がとてもゆっくりなので、島々が目の前をのんびり流れていきます。その様を眺めていると、私の心持ちも徐々に緩やかになっていくのです」

先代の「坂本旅館」を引き継ぎ、1989年に「湯宿さか本」として開業。サービスの行き届いた日本の宿とは真逆の、何もない贅沢が味わえる宿

撮影=中島光行(Nakajima Mitsuyuki) 出典=『その時間の差し出し方 1 ― 湯宿さか本』(すなば刊)

湯宿さか本
住所|石川県珠洲市上戸町寺社15-47
Tel|0768-82-0584
料金|1泊2食付1万8000円~(税・サ込、1~2月は休業)
※詳細は要問い合わせ
https://www.yuyado-sakamoto.com/

瀬戸内海に浮かぶ小さな宿。客室は19室。瀬戸内海を西へ東へと漂いながら、旬の味覚を味わい、幻想的な風景を心ゆくまで堪能できる

guntû(ガンツウ)
母港|ベラビスタマリーナ(広島県尾道市浦崎町1364-6
Tel|0120-489-321
https://guntu.jp/

角田浜の豊かな自然に囲まれた、ワイナリー内にあるスパリゾート。自家製ワインと地元の食材を使った料理、温泉でとことんリラックス

今年3月にリニューアルオープンした新潟の「カーブドッチ ヴィネスパ」もまた違った意味でゆったりできる宿だという。「改装時にブックラウンジを担当したのですが、打ち合わせを兼ねて何度も通っているうちに虜になっていました。スパリゾートというだけあって、いつもお客さんで賑わっていて、そのワイワイした感じが逆に集中力を高めてくれます。ブドウ畑に囲まれた、のどかなシチュエーションの中でお風呂に浸かり、サウナ→水風呂→外気浴後に、出来立てのワインを浸透圧に任せて飲み、あとはひたすら読書。自分では勝手に〝サ読〟と呼んでいるのですが、よく飲み・読み・休む、そんなひと時も最高です」

カーブドッチ ヴィネスパ
住所|新潟県新潟市西蒲区角田浜1661
Tel|0256-77-2226
料金|1泊2食付1万8000円~(税・サ込)
https://vinespa.jp/

屋久島のオーベルジュ型リゾートホテル「sankara hotel&spa屋久島」は、今年2月末にライブラリーラウンジのリニューアルを幅さんが担当。「地場に関連のある本を数多く取り揃えているので、気軽に屋久島の風土や文化を理解することができる緩やかなラウンジです。関連書といえば、三重の『湯の山 素粋居』の仕事も充実していました。この施設は12棟のヴィラからなる宿泊施設なのですが、土や木など、棟によってそれぞれマテリアルのテーマが異なるのが特徴。宿のディレクションをした内田鋼一さんと対話する気持ちでライブラリーをつくりました」

続けて幅さんはこう語る。「宿にブックコーナーを設ける上で心掛けているのは、普段であれば手に取らないような本を『手に取ろう』と思えるような余白をつくること。私自身、宿に滞在中はひたすら読書、昼寝、食べる、飲む、お風呂を堪能します。普段なかなかできない『何もしない』を楽しむことが、宿泊の醍醐味ですから」

sankara hotel&spa 屋久島
住所|鹿児島県熊毛郡屋久島町麦生553
Tel|0800-800-6007
料金|1泊2食付8万2000円~(税・サ込)

湯の山 素粋居
住所|三重県三重郡菰野町菰野4842-1
Tel|059-390-0068
料金|1泊2食付5万7000円~(税・サ込)
https://sosuikyo.com/

<こちらもCheck>

『その時間の差し出し方 1 − 湯宿さか本』
「湯宿さか本」を舞台にしたルポルタージュ的な一冊
[REGULAR EDITION]
価格|1万1000円
写真|中島光行
文|幅 允孝
装丁|鈴木孝尚
発行|すなば

text: Yukie Masumoto, Misa Hasebe
Discover Japan 2022年5月号「ニュー・スタイル・ホテルガイド2022」

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