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「成生」
世界が食べにくる天ぷらの名店【後編】

2022.2.15
「成生」 <br>世界が食べにくる天ぷらの名店【後編】

日本有数の好漁場である駿河湾を有する静岡県静岡市にある天ぷらの名店「成生(なるせ)」。店主の志村剛生さんが追求する独自の味を確かめに、食ジャーナリストのマッキー牧元さんが静岡と焼津を巡ります。

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エビを食べているシロアマダイだと指で触るとエビの匂いがするという。高温での調理に耐えられるか、低温ならいけるかを判断。腰の張りや脂わたも重要な判断材料となる

24時間臨戦態勢!
「サスエ前田魚店」
前田尚毅さんが扱う魚とは

志村さんと「サスエ前田魚店」の前田尚毅さんは、22年前に出会ったという。

この地でやるからには、地元のもので勝負しよう。県外から訪れるお客さんを満足させるためには、どうしたらいいか? そのため毎週夜遅く、さまざまな魚の天ぷらを揚げて、二人で食べ、試行錯誤を繰り返して来た。たとえば先日ウナギの天ぷらを食べた。1分で蒸し焼く天ぷらという調理法を生かし、かつ油とウナギの脂がけんかをしない、素晴らしい天ぷらだった。これは完成するまでに二人で考えあぐね、7年もかかったという。

5代続く鮮魚店を継ぐ前田さんの考えが変わったのは、2016年に開催されたリオデジャネイロオリンピックの男子陸上リレーで日本が銀メダルを獲得したときだった。駿河湾の魚も料理人も一番ではない。だがワンチームとなって、魚のバトンリレーをうまくつなげば、一番になれる。それまでは漁師さんから買ってやるという意識があったが、考えをあらためた。目をつけた漁師さんが捕った魚は、理想となる質になるまで、高値で買い続けた。しばらくすると、捕り方も、扱い方も変わってきたという。

「魚が網にかかった、針にかかった瞬間から、料理ははじまっているんです」。そういって前田さんは、目を輝かせた。

「成生」で出たシロアマダイを漁港で選ぶ前田さんを見ていると、一匹一匹の肛門の匂いを嗅いで判断している。

「ほかの人は見て判断しますが、僕はこうしないと食べている餌が判断できない」。そういって謙遜していたが、もともと見ただけでは、判断はできないものだろう。こうして吟味した魚が店に届くと、そこからがまた勝負である。

サスエ前田魚店の「サスエ(屋号)」印が、吟味されセリ落とした魚の上に乗っていく。シロアマダイは、カルキ臭がするのがいるので、肛門の匂いを嗅いで判断する、時には指を突っ込んで嗅ぐ。こうして判断しているのは前田さんしかいない、先先代からの教えだという。「見た目でわかるなら誰でもできます」
左下に見えるイトヨリダイの場合も、和食店のお椀のサイズを把握して送る魚のサイズを決めるという

魚にとって快適な温度に、体の芯まで最速で冷やす。エアレーションを入れて凍らせないようにする。素早くさばく。空気に触れない状態でいたわるように詰め、店まで運ぶ。すべてが、自然に生きていた状態でレストランに届けたいという一心からである。こうして細胞膜が壊れず、保水力が保たれ、酵素も動かずに壊れていない魚が、各店舗に運ばれる。

海外も含め全国のトップシェフが、前田さんの魚を求めている。それでも「先月やった仕事はもう古い。常に進歩を目指しています」という。日々の仕事を点検しつつ、現状に満足せず、よりよい方法を探り続けている。

魚の脊髄、体の芯まで急速に冷やすため9種類の氷を使い分ける。マイナス60℃で凍らせた氷、縦に繊維を入れた氷、一日かけて凍らせた優しい氷。深層水の氷、純水の氷……。魚の回りから次第に大きい粒子の氷を使う。岐阜のかき氷店「赤鰐」の仕事を見て、魚にどう応用できるか考えたそう

「前田さんの魚は、加熱や調理の幅が広い」。そう志村さんは言う。生命力が、生きていた状態のまま保持されているからだろう。

漁師から前田さんに、前田さんから志村さんをはじめとした料理人へ。魚という「命のリレー」がつないだ味わいはたくましく、澄んで、美しい。

魚を見ながら前田さんと作戦を練る、毎朝店を訪れる地元の料理人たち。「今日の昼はサワラ焼く?お椀はどうする?」と、料理人に聞いてからおろす。料理人にとってこんな恵まれた環境はないのと同時に、プレッシャーもかかるだろう。数がない魚のときはじゃんけんで決めることも。左から「成生」志村剛生さん、前田さん、焼津「温石」杉山乃互さん、静岡「日本料理 FUJI」藤岡雅貴さん
創業60年、地元の人にも愛される鮮魚店

サスエ前田魚店 西小川店
住所|静岡県焼津市西小川4-15-7
Tel|054-626-0003
営業時間|10:00〜18:00
定休日|水・日曜

text:Mackey Makimoto photo: Kenta Yoshizawa
Discover Japan 2022年2月号「美味しい魚の基本」

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