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「成生」
世界が食べにくる天ぷらの名店【前編】

2022.2.15
「成生」 <br>世界が食べにくる天ぷらの名店【前編】

日本有数の好漁場である駿河湾を有する静岡県静岡市にある天ぷらの名店「成生 (なるせ)」。店主の志村剛生さんが追求する独自の味を確かめに、食ジャーナリストのマッキー牧元さんが静岡と焼津を巡ります。

マッキー牧元さん
食ジャーナリスト。味の手帖 取締役編集顧問。年間国内外700外食をこなし、食情報を発信。虎ノ門横丁や食のECサイト「グッドイートクラブ」もプロデュース。HPはマッキー牧元公式サイト「おいしい日記」

富士山と駿河湾。日本で一番深く、富士山方向からのたくさんの川が流れ込んでいることからプランクトンが多く、桜エビなどが育ち、それをめがけて多くの魚が集まってくる好漁場

人々を魅了する「成生」の天ぷら

「成生」を訪れて、最初に驚かされたのは、アジの天ぷらだった。アジは普通天ぷらにはしない。なぜならいくら新鮮であっても、血合い部分から臭みが出てしまうからである。

しかし成生のそれは違う。刺身や寿司での、豊かでなめらかな脂の香り。鮮度の高いものを塩焼きしたときの、隆々たる筋肉が見せる旨み。そしてそのどちらでもない、舌をなで、からみついてくるしなやかさ。さらには血の爽やかな鉄分が、口の中でしぶきを上げ、躍動する。駿河湾の定置網に4匹しかかからなかったという、丸々太ったアジを、「サスエ前田魚店」の前田尚毅さんが仕立て、それを志村さんが揚げた天ぷらは、活き活きと口の中でうごめく。これは、命の瞬間をとらえた天ぷらだと思った。

駿河湾の名物・桜エビはどうだろう。捕られた桜エビは籠に入れられる。下にあるエビは圧迫されるため、上の層だけをすくった桜エビを使う。なんと繊細なのだろう。かき揚げにせず、バラ揚げにした小さなエビ1尾1尾が、舌の上で跳ね躍る躍動感があって、エレガントな甘みがあふれ出てくる。

桜エビの圧迫されていない上の層だけのものを、1尾ずつ揚げた独自の天ぷら。なんとも香り高く、小さい体から甘みがわき出る

そして55℃の油で素揚げしたクエは、筋肉質なのに色気を感じる、熟したアスリートといった風である。クリクリと身が弾み、皮下からは濃い甘みが流れ出て、身には澄んだ旨みがある。

圧巻はシロアマダイの天ぷらである。見ていると、油の中で、ゆっくりと膨らんでいく。揚げた天ぷらの断面は、ふっくらと膨らんで、丸い。熱せられた中の体液が、外に出ようとしているのだろう。だが決して外に逃げ出すことはなく、とどまっている。細胞膜が壊れていないせいである。前田さんが魚を仕立てる時に、余分な水分だけを出して体液は身体の中に収め、加熱に耐えるように、加熱されてさらに味が伸びるようにしておいたからこそ、こうなっているのだ。

そっと噛むと、禁断の喜びがあった。魚の繊維がまだ生きていて、くんずほぐれつ崩れていく。甘みがはかない。はかないからこそ尊い。はかないからこそ雅な色気が宿る。この天ぷらには、そのことに気づかせてくれる力がある。

シロアマダイの天ぷら。断面がふっくらと膨らんでいるのがわかる。噛めば高貴な甘みが一気にあふれ出る
魚に薄い衣を付けて揚げていくと、中の体液が膨張して、ゆっくり膨らんでいく。細胞膜が壊れていないので、余分な水分は抜けるが体液はでない。そのことを感じながら志村さんは静かに揚げていく

成生の天ぷらは、衣からして違う。定説とは違い、よくよく溶いた衣は、薄い。きめが細かく、密着はしているが、優しくまとっている。前田さんが仕立てた魚が膨張しやすく、デリケートな魚の味が生きるように、志村さんが考え抜いた、羽衣なのである。

目の前で17種ほどの天ぷらを揚げてくれる志村さん
2021年に移転した「成生」の新店は、静岡鉄道が所有する徳川家の参謀として活躍した天海僧正の寺があった場所に建つ。太田道灌が作庭した壮大かつ幽玄な趣がある庭を眺めながらの食事は、心が据わる。カウンター8席

成生
住所|静岡県静岡市葵区丸山町12-2
Tel|054-295-7791
※完全予約制。コース2万2000円(税・サ別)

 

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text:Mackey Makimoto photo: Kenta Yoshizawa
Discover Japan 2022年2月号「美味しい魚の基本」

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