淺野鍛冶屋(あさのかじや)
短刀をヒントに生まれた“世界一切れる”包丁〈前編〉
肉抜き(重量の削減)を目的として、日本刀に彫られる溝を名の由来とする新包丁「棒樋(ぼうひ)」。刀匠が手掛けた短刀にも似る“ひと振り”は、使う者に畏敬の念すら抱かせる、世界最高の切れ味を宿した逸品だ。だが、その非常に鋭い切れ味は、意外にも一般家庭に向けられたもの。天下泰平を想う刀匠の真心を投影した棒樋が、キッチンからニッポンの刃物文化を揺るがすかもしれない。
淺野鍛冶屋の包丁は、Discover Japan公式オンラインショップにて購入いただけます。日本の逸品を実際に手に取り体感ください。
淺野太郎(あさの たろう)
1976年、岐阜県生まれ。13歳の頃から趣味で鍛錬をはじめ、20歳で刀匠・25代・藤原兼房に入門。羽島市に鍛錬場を構えた後、カナダ、アメリカ、フランスなど各国を奔走し、刀鍛冶の魅力を広めた。2015年からはインバウンド事業「鍛造ナイフ作り体験」を開始。
刀は“世界最古級の技術体系”。
いま外国人が最も注目する鍛冶屋
蓮の葉の上に遊ぶ雨粒を思わせる美しい紋様に彩られた、光り輝く刃身。日本刀を思わせるためか、その持ち手を握る前には緊張感が走る。だが、ひとたび食材に刃を当てれば、あたりに響くのは、刃先がまな板に当たる音のみ。すとん、すとん……切っていることすら忘れるなめらかな切れ味に緊張は消え、爽快感だけが残った。
和包丁とも洋包丁とも似つかぬ鍛造包丁「棒樋」が産声を上げたのは、刀匠・房太郎こと淺野太郎さんの鍛錬場。一般的な鍛冶屋のイメージとは異なり、住宅街に建つ工房の外にはイチョウの黃葉が舞い、小学生の元気なあいさつが聞こえてくる。だが、暗がりを保った鍛錬場に一歩踏み込めば、そこは灼熱の世界。ごうごうと轟くふいご(燃焼を促す手動の送風機)と、約700℃に赤められた鋼、白装束が神々しい房太郎さんの姿がある。その緊張感とは裏腹に、房太郎さんは、刀鍛冶に対する想いを、軽妙に語り出した。
「淺野鍛冶屋が目指すのは、感動的なデモンストレーションや、切れる喜びを軸に据えた『エンターテインメント集団』です」。房太郎さんは“本物の刀鍛冶”を伝えるため、独立して間もない頃から、アメリカ、フランス……と国境をまたぎ、鍛造ワークショップを主催してきた。そのかいあって、いまでは年間約500人もの外国人が淺野鍛冶屋を訪れる。「『ハイテクの根幹にある、本物のローテクが知りたい』というIT関係者が多いのが特徴です。私自身、刀鍛冶の価値を再認識できたのは、収穫でした」。
こうして手応えを得たものの、いまだ地道なチャレンジは続く。真骨頂ともいえる取り組みが、刀工の組織化だ。
「一般に、刀鍛冶の見習い期間は無給です。その間に学ぶのは、掃除や炭切りなどの地味な仕事と、鍛錬のような華々しい仕事が等価値であること。弟子の生計が立たなくては組織化は難しいので、淺野鍛冶屋では1年間の無給期間後、包丁の鍛造を担います。技術とやりがいを得た若手刀工に、より早く次世代を担ってほしいのです」
淺野鍛冶屋の包丁は、
Discover Japan公式オンラインショップにて購入いただけます!
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text: Akira Narikiyo photo: Kazuma Takigawa
2019年12月号「人生を変えるモノ選び」