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淺野鍛冶屋(あさのかじや)
短刀をヒントに生まれた“世界一切れる”包丁〈後編〉

2021.8.14
淺野鍛冶屋(あさのかじや)<br>短刀をヒントに生まれた“世界一切れる”包丁〈後編〉

岐阜県羽島市にある外国人がいま最も注目する鍛冶屋「淺野鍛冶屋」。日本刀をルーツとした、世界最高の切れ味を宿す新包丁「棒樋(ぼうひ)」、そして鍛造包丁「ASANOKAJIYA CLASSIC」はどのように生まれたのか? 刀匠のものづくりに迫ります。

淺野鍛冶屋の包丁は、Discover Japan公式オンラインショップにて購入いただけます。キッチンからニッポンの刃物文化に触れてみてはいかがでしょうか。

包丁の出来栄えを左右するのは
「刀匠の心」

2017年にリリースされた鍛造包丁「ASANOKAJIYA CLASSIC」は、刀鍛冶のかたわら、いまも年間240本のみを鍛造。包丁鋼の中でも最も炭素量の多い素材・白紙鋼での製造に、弟子が苦心することも珍しくない。しかし、“サムライナイフ”の愛称をもつこの包丁は、本来、家庭とは縁遠かった刀鍛冶を身近にするという副産物をもたらした。そして、高いクオリティをもったこの鍛造包丁の存在が、「棒樋(ぼうひ)」のベースとなった。

「ASANOKAJIYA CLASSICは、使いやすさと切れ味を両立したシリーズです。ただ、この包丁は、熟成魚など強い粘りのある食材にはあまり向いていませんでした。そのため、棒樋はコンセプトをまったく転換し、切れ味の面においてのみ、世界一を目指したのです。食材の細胞を壊さずに切り、アクや酸、苦みを流出させないという点では、食材に対する敬意を、極限まで払った包丁といえるでしょう」

すでに和包丁などはスタイル別に刃物が枝分かれし、ニッポンの刃物文化は世界トップレベルに達している印象すらある。そこに新旋風を送り込むため、棒樋はこれまでの刃物にはない独自構造をとることになった。

「一般的に刃物の切れ味を出すためには、刃先をとにかく薄くすればよいのですが、それでは折れやすくなります。そこで求められるのが、高い鍛造技術。偶然にも短刀とまったく同じになった原型をたたいて峰に厚みを出し、さらにその断面が二等辺三角形になるようにたたき伸ばします。その上で、柳刃包丁の裏すきのように、刃身の両サイドを削り落とし、薄い刃先を突出させるのです。この構造は、手鎚なくしては実現できません」

理論だけに耳を傾ければ簡単に聞こえるが、鍛造の難易度が凄まじい。鋼を均一に熱するという最初の工程ですら、松炭とふいごを知り尽くしていなければならないのだ。

「ふいごで鋼を均一に赤め、たたく……一見するとプロセスそのものはシンプルなのですが、素材の扱い方が、鋼の質や強度にまで影響してしまいます。棒樋をつくるためには、正しい温度管理と正しい鍛錬、どちらも不可欠です。もちろん、玉鋼を折り返して3万以上の層をつくる日本刀の鍛造のほうがはるかに難しいですが、棒樋の鍛造も引けを取らないレベルです」。房太郎さんはそう話すと、異なる2パターンのたたき方で素材を打ち、仕上がった鋼の断面を見せてくれた。

棒樋の断面
一般的な和包丁(片刃)の先端角度は約13〜14°だが、灰色部を削り落とした棒樋の先端角度は約8°。その薄さゆえに、食材にすいすいと食い込んでいく。ただ、落下すると折れ・ヒビにつながるため注意が必要だ

「躍起になって力任せにたたいた鋼は、組織がどうしても粗くなる。片やリラックスしてたたいた鋼は、緻密に詰まっているのがわかりますか? このように、たたくという動作は、鉄を分子レベルで操作するということ。そして、鍛造の際に、どのような想いを込めるかによって、分子構造が変わってしまうのです」。

一歩間違えば、もろくも刃が崩れ去るという鍛造包丁。だが、技術ばかりを追求すれば出来上がるものではなく、あくまで包丁の出来栄えを左右するのは、刀匠の心だ。

「『刀は天下泰平を想って打て』というのが、師匠である25代・藤原兼房の教えです。もとより、刀鍛冶は農業にもたとえられるもの。作物を育てるのは、太陽や水、土。これを鍛冶に置き換えるならば、風や火、重力などが、刀や包丁を鍛えるのです。古来、このように謙虚な心を育んできた刀匠の想いを侍がくんだからこそ、日本刀を争いに使うのではなく、大切な主人を守るためのもの、心のよりどころとして身につけていたのでしょう」

——カン、カン、カン……。房太郎さんが手鎚を振るい、鋼をたたく。リズミカルにたたくうち、火床で熱していない鋼が徐々に赤みを帯びてきた。十分に赤めたところでマッチを近づけ点火すると、刀匠は頬を緩めた。「新年最初の火起こしや、新刀をつくる際のはじめての火は、こうして起こします。私たちにとって神聖な火なのです」。自然体の刀匠から感じ取れるのは、万人への愛情と感謝のみ。その優しさに触れると、思わず棒樋をもう一度手に取りたくなった。

逸品はこう生まれる!

①火の色で鋼の温度を見分け、素材周辺をめぐる風の音、鋼が煮えたつような音を聞き分けるなど、五感をフル活用して均一に赤める
②火床から鋼を取り出し、藁灰とかけ泥で表面を覆い、酸化を防ぐ。再び熱した後「火づくり」と呼ばれる鍛錬を経て、原型をつくる
③鍛錬した鋼を急冷する「焼入れ」によって、鉄分子の組織構造を硬化させる。たたき方によって鋼の分子に粗細の違いが生まれ、仕上げの見た目や切れ味にも影響する。手鎚の重さと重力を利用し鋼をたたく

刀づくりのルーツ
古代は神の依代として、祭祀の道具として使われてきた。いわゆる日本刀が登場するのは平安時代から。馬上戦闘用の太刀を経て、歩行(かち)用に刀が生まれる。各時代に作風があり、現在では芸術品としての性格が強い。
淺野鍛冶屋の設立|2004年
棒樋の誕生|2019年
棒樋の原料|包丁鋼(白紙1号)、ステンレス

工房外観

淺野鍛冶屋
住所|岐阜県羽島市江吉良町454-1
Tel|058-374-3818
http://asanokajiya.com

淺野鍛冶屋の包丁は、
Discover Japan公式オンラインショップにて購入いただけます!

 

淺野鍛冶屋の商品一覧

text: Akira Narikiyo photo: Kazuma Takigawa
2019年12月号「人生を変えるモノ選び」


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