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隈研吾さんに聞いた!
国立競技場はSDGs建築の進化形でした。〈後編〉

2021.8.3
<small>隈研吾さんに聞いた!</small><br>国立競技場はSDGs建築の進化形でした。〈後編〉

東京2020オリンピック大会をようやく迎えた国立競技場。屋根や軒庇(のきびさし)、そして建物全体に木材をふんだんに取り入れた構造は、実はSDGsの最先端をかたちにした建築でもあります。起源をさかのぼると、世界最古の木造建築物である奈良の法隆寺に行き当たるのではないか。日本建築が伝統的にもつ「SDGsの遺伝子」について、国立競技場のデザインに携わった建築家・隈研吾さんにうかがいました。

≪前編を読む

隈 研吾(くま けんご)
建築家。東京大学建築学科大学院修了後、隈研吾建築都市設計事務所を設立。日本建築学会賞、フィンランドより国際木の建築賞、イタリアより国際石の建築賞ほか国内外で受賞多数。土地の環境、文化に溶け込む建築を目指す。主な著書に『点・線・面』など。

日本の多様性が詰まった国立競技場はSDGsそのものでした。

周囲の環境と調和した建築
国立競技場のある神宮外苑と明治神宮(内苑)がある「神宮の杜」を、隈氏は「東京にとっての大きな鎮守の森で、そのスピリチュアル性が都市の核になっている」と表現する

サステイナブルと多様性を
木材を使って共存させる

「日本の建築は戦後、欧米の影響を受けた丹下健三的なモダニズム派か、もしくは吉田五十八や村野藤吾のような『和の巨匠』と呼ばれた建築家に代表されるナショナリズム派しかなかった」と隈氏は見る。高度成長と工業化がピークを迎えた1964年の東京五輪では、天に届くようなコンクリートの柱で屋根を吊った建築家・丹下健三の「国立代々木競技場」に代表される大きくて工業化社会の象徴のような権威主義的な建築が主役だった。隈氏自身も、そんな丹下建築に少年の頃出合い、建築家を志した。

しかし、人口が減少して高齢化が進んで経済も伸び悩んだ平成から令和にかけては、「大きいものは恥ずかしいことで、環境を破壊するものとすら思われている」と隈氏は言い切る。それゆえ自身もこれまで、「負ける建築」という言葉で表現される「周囲の自然環境に溶け込むような目立たない建築」を長く目指してきた。

「さらに国立競技場では、木を使うことで『多様性』を見せようと考えました。戦後のモダニズム派、ナショナリズム派とも、日本がもつ多様性を表現しきれていなかったからです」

多様性を象徴する仕掛けのひとつが、国立競技場のデザインで最も印象的な軒庇だ。その軒庇に、全国46都道府県で伐採されたスギの木をあしらった。スギ材の少ない沖縄からはリュウキュウマツを取り寄せて採用した。「産地によって色がとても違っていて、それが日本の多様性をうまく表現している」と隈氏は話す。

SDGsを実現するのに欠かせない考え方として、「多様性(ダイバーシティ)」と「共生(インクルーシブ)」がある。特定の国や人々のために持続する社会ではなく、「地球上の誰をも取り残さないで持続的に発展していく社会づくり」を主眼に置く。

誰もが暮らせる社会を持続させるには、共生していくための知恵がいる。「環境を守ろうという意識がコミュニティで共有されているのは日本の宝。これを大切にしたいと思いました」

人と環境にやさしい構造
長い大屋根がつくる影は競技場に差し込む直射日光を遮る。柔らかな木の肌は人々のストレスを緩和し、精神に安定をもたらす効果も
ちょうどいいスケール感
法隆寺の五重塔のように軒庇を重ねたことで、より親しみやすいスケールを実現。やや上向きの庇にして、風を取り込みやすくした
アースカラーで自然を表現
観客席は白、黄緑、グレー、深緑、濃茶のアースカラーで木漏れ日をイメージ。ゆらぎある配色で客席が人で埋まったように見える

細い木を使う数寄屋造りを
愛でる文化の継承を

国立競技場で使用したスギ材は「SGEC森林認証」など国際的な森林認証制度の基準を満たしたものにした。いままで森林認証を取っていなかった土地でも「国立競技場への採用を機に認証取得が進んだ」と隈氏は言う。

法隆寺は、五重塔に見られるように庇が斜め下方に長く張り出している。その下にできる大きな影が木材を雨や直射日光から守ったため長寿を保てた。一方、国立競技場の庇はやや上を向いている。これはスタジアム内部を明るくでき、日本が酷暑を迎える夏にも「空気の通りをよくするため」だ。メンテナンスをしやすいように、日本で最も流通量が多い105角(断面の1辺が105㎜)の木材を活用した。

「日本には細い木を使った数寄屋造りを愛でる『小径木文化』があります。細い材木は山林を手入れする際に出る間伐材からもつくれるので、より環境保全に向いています。その美学を国立競技場も受け継いだのです」

木の文化を長く継承してきた我が国だが、しかし現在は日本各地にあるはずの木材が利用できない問題も抱えていると隈氏は指摘する。「国産材を使って建てたいという要望は多いのですが、コスト面で制約が生じてできないケースがほとんどですね」

隈氏がこれまで手掛けた建築で、地元産の木材だけを使って完成できたのは2拠点。「雲の上のホテル」や町庁舎、図書館などがある高知県梼原町と、「馬頭広重美術館」がある栃木県那珂川町だけだ。梼原では地元産のスギ材を使うことが「依頼内容の第一義だったので可能でした」。広重美術館でも屋根と外壁は地元で伐採したスギ材を全面的に活用できた。だが、その他のプロジェクトでは部分的に地元産の木材を活用するにとどまったという。

背景には日本の林業が抱える構造的な課題がある。従事する人材は長く不足。木を伐採する自動化機械も高額で、林道の整備も進まず導入しづらい。

「林業の近代化が進まず、価格競争力がない。持続可能性を考えるなら、利用しやすい木材を各産地でつくれるような支援を進める必要があります」

法隆寺の時代から続く「木を使う伝統」を途絶えさせないために、日本全体でサステイナブルな建築の在り方を模索する時期にきている。

≪前編を読む

text:Shumon Mikawa photo:Kiyono Hattori 写真提供:独立行政法人日本スポーツ振興センター(国立競技場)
2021年9月号「SDGsのヒント、実はニッポン再発見でした。」


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