TRADITION

大熊健郎が巡る、日本の職人仕事「民藝」
第2回/浄法寺塗・浅野奈生さんの工房で見た、日用品としての漆器

2017.8.19
大熊健郎が巡る、日本の職人仕事「民藝」<br> 第2回/浄法寺塗・浅野奈生さんの工房で見た、日用品としての漆器

日本を代表する工芸品、漆器。その生産を材料となる漆の採取から行っている産地がある。岩手県二戸市浄法寺地区だ。この土地に根ざし普段づかいの漆器・浄法寺塗を生み出す塗師、浅野奈生さんを訪ねた。

Profile
大熊健郎(おおくま・たけお)
「CLASKA Gallery&Shop “Do”」ディレクターとして、まだ知られていない日本のいいものを見つけ出し紹介する達人。インテリアショップ「イデー」のバイヤー&商品企画、『翼の王国』編集部を経て現職。www.claska.com

Profile
浅野奈生(あさの・なお)
デザイン会社に勤務していたころに手仕事に興味を持ち、退社後、岩手県に移住。漆器の伝統技術を学べる八幡平市の安代町漆器センター(現安代漆工技術研究センター)にて2年間研修を受け独立。2005年、浄法寺塗を継承する塗師として活動を開始した。

浅野さんの工房で見た漆の仕事
文=大熊健郎

浅野奈生作玉椀。左は浅野さんが10年以上使用したもの。なんともいい艶が出ている。

日本人と漆のつながりは深く長い。そのつながりをたどると縄文時代早期にまでさかのぼることができるという。有史以前から日本人の生活とともにあった漆だが、現在国内に流通しているほとんどは外国産だ。そんな中、地域を挙げて木を育て、漆を生産し、漆器づくりまでを行っている場所がある。国内最大の漆生産地として知られる岩手県二戸市浄法寺地区である。長い歴史をもつ浄法寺塗の魅力を探りに、塗師である浅野奈生さんの仕事場を訪ねた。

二戸市に隣接する八幡平市に仕事場を構える浅野さんが浄法寺塗の塗師として活動をはじめて12年。もともと東京でプロダクトデザインの仕事をしていたという浅野さんがこの道に進んだのは、手仕事によって生まれる工芸の世界に強く惹かれるようになったのがきっかけだった。中でも木と漆という自然素材を用いた日々の道具としての漆器に特に親密なものを感じたという。その思いは次第につくり手になることを決意させ、全国の漆器産地を訪ね歩き、最終的に選んだのが浄法寺の地だった。

浄法寺塗の起源は定かではないが、一説によると奈良時代、地元の古刹・天台寺建立の際に中央から派遣された僧たちが漆器づくりの技術を持ち込み、食器をつくったのが最初だとされている。漆器とともに塗りの技術は次第に庶民に伝わったのだろう、この地では早くから生活のうつわとして漆器が使われるようになる。戦後一度は途絶えかけたが、その後官民挙げての努力で再興し、現在、浄法寺は漆器の「原料から製品まで」生み出せる唯一の産地ともいわれるまでになった。

浅野さんが自らデザインしている漆器はシンプルで、思わず手に取りたくなるかたちのものばかり。でもそのひとのかたちが定番として定着するまでに実は微妙な修正を何度も繰り返してきたという。手の感触、口当たりを使いながら検証し、納得がいくまでかたちを探るためである。漆も自分で調合し、塗っては研ぐという作業を5、6回繰り返す。漆を塗るのと同じくらい研ぎも重要だと浅野さんは言う。そして浄法寺漆を使った最後の上塗りは細心の注意を払って仕上げる。ここまでにかかる時間は数カ月。その手間と時間こそが凛々しくて温かみのある美しい浅野さんの漆器を生むのである。

漆器は毎日の暮らしの中で使ってこそ生きるもの。そしてうつわを手に持ち、直接口をつけて使う食習慣をもつ日本人にとって、漆器ほどその道具にふさわしいものがあるだろうか。自然を慈しむように漆と向き合う浅野さんの姿に触れ、そんな思いを新たにした。

浅野さんの工房で見た漆の仕事

玉椀の制作。一人でコツコツとつくり進める仕事が性に合っているという。

岩手県二戸市浄法寺地区は、国内最大の漆の産地として知られる。

浄法寺の漆は、ウルシオールの含有率が高く良質で、日本の国宝や文化財の修復には必ず用いられるほど。国内で使われる漆の約6割を生産している。といっても、現在日本で使われている漆のほとんどは中国産などの輸入もの。国産の漆の生産量はたった2パーセントだ。

それほど貴重な漆を使いながらあくまでも日常の食器にこだわる浄法寺漆器は、戦後途絶えていたが、約40年前に塗師の岩館隆さんが工房を立ち上げたのをきっかけに復活した。その後、二戸市町営の「適生舎」が設立された。「適生舎」は、浄法寺漆を使った漆器や漆芸品を厳選し展示販売すると同時に工房も備え、浄法寺塗に携わりたいと志願する人を受け入れる場所でもある。

浅野さんもその門を叩いた志あるひとりだ。浅野さんは言う。「浄法寺塗は漆器の産地としては小さいですが、その分、漆掻き職人、木地師、塗師の交流が深い。つながりを感じながらものづくりができる場所です」

浅野さんは木地にも岩手産の木材を使用し、この土地でしかつくれない漆器を生み出す。

浅野さんの漆器は、溜(左)と赤(右)の2色展開。写真奥の2点のように、中塗りに上塗りと対照的な色を用いることで仕上がりに深みをもたせている。
漆塗りの工程。左から木地→木固め(漆を染み込ませる)→下塗りののち研磨、その後中塗り(塗り重ねと研磨を5〜6回繰り返す)→上塗り(仕上げ)
下塗りの状態。塗った後に耐水ペーパーで表面を削る。
中塗り。下塗りと同じ漆を塗り重ねて研磨を繰り返す

浄法寺の漆器に携わる理由

漆を掻いた跡が残る漆の木。7〜9月は盛りの頃で塗りに適した良質な漆が取れる。

日本全国に漆器の産地はあまたあれど、浅野さんがこの土地で漆器に携わることを選んだのは、土地に根ざした漆があったから。工房から数十分車を走らせれば、漆の木を植林した森で生育を確認したり、樹液を採取する場面に立ち会うこともできる。

そうして採取した漆を自分が使い漆器として伝えることで、漆の需要が増え産地が元気になってくれたら。産地の一員として仕事をしていくことに、浅野さんは大きなやりがいを感じている。

作品の色に合わせて漆に顔料を混ぜて使う
漆の木に傷をつけ、にじみ出た樹液を採取する

浅野さんのつくる漆器

玉椀(溜) 浅野さんのお椀は、丸みのあるやさしいフォルムで口当たりも抜群
玉椀(朱) 日本の漆器ならではの深みのある朱赤も、浅野さんらしさのひとつ
カップ(溜) 漆器は中身の温度を保つので温かい飲み物やスープ用のカップとしても重宝

対談:浅野奈生さん×大熊健郎さん 漆の魅力ってなんですか?

シンプルで何気ないけれど、気づけば毎日使っていてほっと安心させてくれるうつわ。浅野奈生さんに聞く浄法寺の漆器の魅力。

岩手県八幡平市にある浅野さんの工房にて大熊さん(左)と浅野さん(右)

大熊:浅野さんは、なぜ浄法寺塗を選んだんですか?

浅野:ここには使う漆器があると感じられたからだと思います。蒔絵などを施した高価な漆器ではなく、日々の暮らしの中で使われるものをつくりたかったんです。

大熊:浄法寺塗の一番の魅力は、なんだと思いますか?

浅野:ここには岩館隆さんを筆頭に、浄法寺塗をコツコツと復活させた人たちがいます。日常生活で使いやすいように、かたちも価格も販売の仕方もすべてが慎重に考えられてつくられているんです。派手さはないけれどシンプルで「このうつわ、なんだか好きで使っているんだよね」というものだと思いますね。そういうところは、民藝の魅力にも近いのかもしれません。

大熊:漆の産地ということも大きな強みですよね。

浅野:漆の木は、掻くことができるようになるのに12~15年かかるといわれています。漆掻き職人は、植林された漆の木を何百本という単位で買い取り、個人で管理しながら樹液を採取するんですが、採れる期間は1年のうち6~10月のたった4カ月。一本の木から採取できる漆の量は200ml程度です。その上、採取しきったら「掻き殺し」といって木を根元から切ってしまうんですよ。

大熊:大変な仕事ですね。だからでしょうか、浅野さんは塗師であると同時に“浄法寺塗のつくり手”であるという意識も強くもっていると感じました。ある意味、民藝思想が評した無名の職人のような。

浅野:柳宗悦は、ある時、浄法寺塗について語っているんですけれども、その中で、地元の漆を使っていることが素晴らしいと言っているんです。私もまさにそう思ってこの世界に入りました。日本の自然から生まれる材料とともに歩む健全な手仕事。浄法寺漆という日本の天然の漆を使った食器を伝えていきたいし、その仕事に携われることがうれしいんです。

大熊:使い手としては、漆器のこれからの可能性をどう感じていますか?

浅野:いまは断捨離をする人も多いですけど、大切なものは捨てないと思うんですよね。漆器というのは、その大切なもののひとつに入るのではないかと思っています。いま日本で使う漆の大半は中国などの輸入に頼っていますが、中国では漆器はほとんど使われていません。アジア全体を見ても、日常のうつわとして漆器を使っているのは日本人くらいなんですよね。なくなってしまった理由のひとつに手間がかかることがあると思いますが、日本人は、手間をかけた手仕事に価値を見出すことができます。

大熊:かつての職人仕事を個人作家がやるというのは、どういう感じですか?

浅野:木地をひくこと以外は、すべてひとりでやっているので効率は悪いかもしれないです(笑)。でも私はじっくりとひとりでつくる漆器もあっていいと思っています。ちょっと使ってみようかと誰かに興味をもってもらえるものを、おばあちゃんになるまでコツコツとつくり続けていきたいと思っています。

浄法寺塗発祥の地ともいわれる天台寺のある山麓に佇む「適生舎」

【information】
民藝のうつわが一堂に会する特別企画展がはじまります。見て、触れて、お気に入りの民藝を持ち帰ってください。

いまの暮らしに、健やかな美を。民藝展」
会期|2020年8月26日(水)~ 9月6日(日)※終了
会場|日本橋髙島屋S.C. 本館8階催会場
住所|東京都中央区日本橋2-4-1
営業時間|10:30~19:30(最終日は18時閉場)
Tel|03-3211-4111
※後に巡回 大阪髙島屋 9月9日(水)~14日(月)※終了

文=大熊健郎、衣奈彩子 写真=山平敦史


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大熊健郎がめぐる、芸術に高まった日本の職人仕事「民藝」
1|瀬戸本業窯で見た、民藝の本流
2|浄法寺塗・浅野奈生さんの工房で見た、日用品としての漆器
3|銀座たくみで知る、民藝の愉しみ

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