「ヒカリヤニシ」松本の文化を受け継ぐ蔵屋敷で味わうフレンチ
犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑
どんな小さな店でも、どんな辺鄙な場所でも、「ホンモノ」であれば、必ず人は引き寄せられる。レストランジャーナリスト・犬養裕美子さんの《新・ニッポンのレストラン名鑑》。第11回は野菜中心の自然派フレンチレストラン松本の「ヒカリヤニシ」を紹介する。
いぬかい・ゆみこ
東京を中心に世界のレストラン事情を最前線で取材する。新しい店はもちろん、実力派シェフたちの世界での活躍もレポート。また、日本国内各地にアンテナを張り、料理や食文化を取材。農林水産省表彰制度「料理マスターズ」審査員。
明治時代から受け継いだ
美しい建築様式が時を紡ぐ
旧善光寺街道に面した母屋の前に立って、想像を遥かに超える重厚な店構えに圧倒された。1887(明治20)年、名門商家「平林家」によって建てられた見事な蔵屋敷は「光屋」(ひかるや)と呼ばれ、松本を代表する建築物だったという。街道に面して15mほど続く黒壁は100年以上の時を経ても、凛とした佇まいを見せる。
一時は取り壊しの話もあった光屋。現在まで無事に保存されているのは、松本市内にホテルや旅館を経営する現オーナーが2008年「レストラン ヒカリヤ」として再生させたからだ。リノベーションの際には古民家再生の権威・高取邦和氏が協力した。
母屋の「ヒカリヤ ヒガシ」は日本料理店、蔵を改装した「ヒカリヤ ニシ」は、マクロビオティックをベースにしたナチュレフレンチレストラン。ひとつの敷地内に和洋ふたつのレストランがあるという贅沢なつくりになっている。
「松本に自家菜園で野菜をつくっているフレンチがあるらしい」、「マクロビオティックのアドバイザー免許をもつシェフがいる」などヒカリヤ ニシに関する情報は聞いていたが、レストラン自体がこれほどよく手入れされた「作品」になっているのには驚かされた。料理の内容にも期待が高まる!
信州・松本の野菜の美味しさを伝えたい
2008年に「レストラン ヒカリヤ」として生まれ変わったときから、総料理長を務めるのが田邉真宏シェフ。当時33歳という若さで、大胆にも「野菜主役のナチュレフレンチ」を宣言。いまでこそ野菜は魚や肉に負けない素材だが、当時はフランス料理といえば肉が主役。けれど野菜は田邊シェフにとって長年のテーマだったのだ。
「フランスでの修業中に気づいたんです。野菜の味はヨーロッパのほうが確かに濃い。けれど日本の野菜はみずみずしくて、香りがある。この野菜の美味しさをテーマにやってみたい」。それならば畑のそばがいい。理想は自家菜園でその時期の旬の野菜を毎朝畑で見て使うこと。「そんな思いでいたらある日、ここでの仕事が舞い込んできたんです」。
長野・松本は水が美味しい。その水から栄養をとった野菜はシェフが理想とするみずみずしい野菜に育つ。「ここでなら四季を通じて思う存分野菜を使える!」。
店から車で2〜3分のところに畑があちこちに広がっている。料理人にとって、夢のような環境だ。「ここで野菜に特化したフレンチレストランをやろう」。「ヒカリヤ ニシ」はこうして誕生した。
現在、取引のある生産者は約250!市内、県内を丹念に回り、誰がどんな野菜をつくっているのかを実際に見てきた。「うちも自家菜園があり、専任のスタッフが3名いますが、根菜だけはその道のプロにお任せしています」。
松本野菜をたっぷり使ったディナーコースをいただいて感じるのは、自然体の料理。いまが旬の素材の旨みを無理なく無駄なく引き出している。「みずっぽい」ではなく「みずみずしさ」が印象的。時に遊び心も見せる。
サービスのスタッフがひと皿ごとに素材、シェフの思いを丁寧に説明してくれるのもゆったりした気分で楽しめる。何より価格がリーズナブル。これも重要。
「美味しくて、身体にいい食事を楽しみに来てほしいんです。風邪気味だから、スープを飲みに来たよ、なんて気軽に寄ってもらえたら最高ですね」。
ヒカリヤ ニシ
住所|長野県松本市大手4-7-14
Tel|0263-38- 0186
営業時間|11:30〜13:30(L.O.)、18:00〜21:00(L.O.)
定休日|水曜
料金|ランチ3200円〜、ディナー5900円〜
http://hikari-ya.com/nishi
文=犬養裕美子 写真=前田宗晃
Discover Japan 2019年12月号 特集「人生を変えるモノ選び。」