「月の桂」酒づくりは米づくり。
ここが京都かと見まがうほど、一面に広がる田園風景。その一角に、ひときわ背の高い米の育つ田があります。京都固有の酒米「祝」です。伝統を守りつつ新分野に挑戦している「月の桂」の酒づくりとは……?
京都に生まれ、京都で飲まれる酒としての誇り
京都・宇治川沿いに広がる、豊かな田園風景。酒処・伏見で最も古く由緒ある酒蔵、月の桂の増田德兵衞商店は、この一角で酒米の栽培を独自に28年間続けてきた。
つくっているのは「祝」。京都の固有種で低たんぱくな米質で山田錦並みに香り高い酒づくりに適していると言われたが、栽培しづらい欠点があり、姿を消してしまっていた。十四代目増田德兵衞さんは地元・伏見の農家である山田豪 男(ひでお)さんとこれを育て、 祝米を使った純米大吟醸酒を販売するまでになった。しかしなぜ、 栽培の難しい米をわざわざつくるのか? その理由について二人は、「山田錦一辺倒じゃ、おもしろくないでしょう?」と口を揃える。
「野菜もそう、酒もそう、京料理全般もそう、焼き物(皿、酒器だってそうだけど、ここの土でつくられたものでしょ。伏見の土で、 伏見の水で育ったものがたくさん あるんです。なのに、たとえば祇園に行って、『こちら山田錦100%の純米酒です』なんて出されたら……おもしろくないでしょう。伏見の食べもん、京都の食べもんにはやっぱり伏見の酒が合うんです」(山田さん)
京都にしかない個性を出すために。月の桂の米づくりには、京都に生まれ京都で飲まれる酒としての誇りがあった。
米の声を聞きながら醸す。
この田んぼの場所の歴史も、京都ならでは。ここはもともと巨椋池(おぐらいけ)と呼ばれる蓮池で、794年の平安京遷都の折につくられた。蓮の発祥の地といわれており、放っておくといまでも田んぼのあちこちに蓮の葉や花、実が顔を出す。
「蓮見酒、という言葉もあったんです。蓮の葉を盃代わりにして、 この池に舟を浮かべて月を見ながら酒を楽しんだりした時代があったんじゃないでしょうか」(増田さん)
昭和初期には国の公共事業の一環で、巨椋池は干拓の第一号となり、田んぼへと姿を変えた。そこを農家として引き継いだ山田さんは、無農薬にこだわって作物をつくり続けている。ブラジル原産のジャンボたにしが、この田んぼの天然の除草剤だ。
「とにかく雑草や害虫を片っ端から食べてくれます。ともすれば『祝』米の苗まで食べてしまうことがあるので、わざと水を抜いてたにしが移動できなくしたり、また水を張ったりして調整しています」(山田さん)
原種に近い「祝」米は、背丈が 160cmにもなるという。それだけに雨風の影響を受けて倒れやすく、栽培には神経を使う。
こうしてつくられた「祝」は、 月の桂の代名詞とも言える「にごり酒」のラインアップにも加わっている。活性で〝米のシャンパン〞 とも評され、「 天乳 」という美しい字が当てられるにごり酒は、 1964年に先代増田德兵衞が世に送り出したもの。
十三代目がつくり出したこの強烈な個性に、さらに「祝」米を通して本物の伏見の酒を追求した十四代目。「100%祝米使用」とうたう酒については、掛麹や掛米にだけ使うのではなく、つくりのときに加える米もすべて「祝」で統一するこだわりよう。収穫された米は、蔵人たちの手にゆだねられる。取材日は、ちょうど精米歩合60 %に磨いた米を洗い、洗った米を水に浸けて、水を吸わせる(浸漬)作業の真っ最中。 伏見はもともと「伏水」と呼ばれていたほど、水に恵まれている土地。米洗いに使う水も、もちろん伏見ならではの地下水だ。米の浸漬具合をはかるのには、杜氏をはじめとした蔵人たちの鋭い感覚がものをいう。いかにオートメーション化が進もうとも、ここだけは機械にまかせられない。米の声に じっと耳を澄ませ、目を凝らして水の吸い方を見る。ここでの感覚が、翌朝の蒸し作業をはじめすべ ての行程に影響してくる。
この蔵に20年以上務めた但馬杜氏の中村茂松さん(現在は引退し、渡部智杜氏に引き継がれている)は「心白(デンプンの固まり)が中心部分に残っているものは、軟らかいのでよく水を吸います。でも米は自然の恵みですから、 心白が必ずしも中心にあるとは限らない。長年の経験で人間が判断するしかないんです」
原料へのこだわりと、自然に逆らわない、まじめなつくり。このつくりに自信があったからだろう、 十三代目德兵衞はにごり酒を世に送り出すのと同時期に、フレッシュなにごり酒とは対極にある古酒への挑戦もはじめた。
博学な十三代目は元禄8年(1695年)刊の飲食物百科事典『本朝食鑑』を 手本にして古酒を復活させた。そ の方法は、純米大吟醸酒を磁器製の特注の甕壷に収蔵して、漆を塗った桐の栓を閉め、上から和紙で 封印するというものである。これを蔵内で眠らせ、寒さ厳しい京都の気候の中でじっくりと熟成させる。 10年間熟成させたものはその 美しい琥珀色から「琥珀光」という名前で、大吟醸古酒として出荷される。
本物の純米は、熟れてこそ旨い 。
おもしろいもので同じように貯蔵していても、 年によって色もまったく異なるものになる。古酒とは、単に古ければいいというのではない。もとがよき酒であるのはもちろん、眠らせておく容器にも気を使わなければ、本当によきものは生まれてこない。
歴史の重みと、先代が残した強烈な個性。そこに新たな価値を付加した十四代目は、ひとつ新しい取り組みをはじめた。北川一成デザインによるCIである。北川さんと増田さんは30年来、友人を超えた兄弟のようなつき合いをしてきた間柄。創業345年を数える酒蔵のCIが、 単にクライアントとデザイナーがたまたま出会って、一朝一夕でで きたものではない。由緒正しき歴史によるバックボーンと、真摯な酒づくり、そして新しいシンボル。それがひとつになったとき、十四代目の個性はさらに強いものになる。
「月の桂」ラインアップ
にごり酒から古酒まで、幅広いラインアップが揃う「月の桂」シリーズの一部が、Discover Japan公式オンラインショップで購入できます! 京都の風土に育てられた酒米「祝」を使用した酒を、自宅でじっくり味わってみませんか? 贈答用としても喜ばれること間違いなし。
“米のシャンパン”
祝米・純米大吟醸 にごり酒
日本で最初に商品化されたにごり酒。気品のあるフレッシュでシャープな味わいで、軽快にするすると飲めるのどごしと淡麗にして豊かな風味が特徴。贈答品にもぴったり。
原材料名|米(国産)、米麴(国産米)
原料米|京都産 祝100%使用
精米歩合|50%
内容量|720ml
アルコール分|16度
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月の桂の個性が光る端麗辛口
純米吟醸酒「柳」
純米吟醸酒特有の高い香りと深い味わいをもつ逸品。端麗辛口の中にあっても、「月の桂」独自の個性が光る。食中酒として、和洋中どの料理にもマッチ。
原材料名|米(国産)、米麴(国産米)
精米歩合|50%
内容量|720ml
アルコール分|16度
飲用温度|冷・常温
味わい|やや辛口
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メイド・イン・伏見!無農薬有機栽培米の純米酒
旭米・純米酒
京都産米「旭4号」を復活、伏見の農家と特別に無農薬有機栽培で育てられた一本。燗でもよし、冷やでもよし。コクのある純米酒だ。
原材料名|米(国産)、米麴(国産米)
原料米|旭4号(京都・伏見産) 100%使用
精米歩合|60%
内容量|720ml
アルコール分|15度
飲用温度|冷・常温・燗
味わい|やや辛口
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まぼろしの米で醸した贅沢なお酒
純米大吟醸酒 「平安京」
「京都の米で京都の酒を」を合言葉に、京都産のまぼろしの酒造好適米「祝」(いわい)を特別に栽培し、手間を惜しまず丁寧に仕込んだ。ゆっくりと醸された上品な味わいをもち、美酒一献に心と体を寛がせ、贅沢なひと時を愉しむに相応しい。するするとしたのどごしとふっくらとした丸みは、旬の肴を引き立たててくれる。甘味と酸味との相乗作用が心地よい逸品。
原材料名|米(国産)、米麴(国産米)
原料米|祝(京都) 100%使用
精米歩合|50%
内容量|720ml
アルコール分|16度
飲用温度|冷・常温
味わい|中味
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精米歩合80%!お米たっぷりの純米酒
祝 80% 純米酒
敢えて高精白はやめて米たっぷりの純米酒として、低温でじっくりと醸したお酒。燗・冷・常温でも、冴えた味わいとふっくらとした丸みが愉しめる。
原材料名|米(国産)、米麴(国産米)
原料米|京都産 祝100%使用
精米歩合|80%
内容量|720ml
アルコール分|16度
飲用温度|冷・常温・燗
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純米吟醸酒を熟成させた豊かな味わい
純米吟醸酒 おあがりやす
五百万石を大吟醸なみの50%まで磨いて醸造。純米吟醸酒を蔵の中で瓶に詰めてから、定温で瓶囲いにて約1年間じっくりと熟成貯蔵したお酒。やや辛口で端麗な中にも熟成した豊かな味わいが特徴だ。
原材料名|米(国産)、米麴(国産米)
精米歩合|50%
内容量|720ml
アルコール分|16度
飲用温度|冷・常温・ぬる燗
味わい|やや辛口
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月の桂 増田德兵衞商店
住所|京都府京都市伏見区 下鳥羽長田町135
Tel|0120-333-632 (フリーダイヤル)
text:Miki Yagi,Discover Japan photo:Kenshu Shintsubo
2009年12月号「知ってるつもり?ニッポンの酒」