「おにぎり浅草宿六」
浅草で65年愛されるおにぎりの秘密
東京で65年続くおにぎり専門店「おにぎり浅草宿六」。戦後の創業から連綿と続き、近年ミシュランのビブグルマンにも選出された。伝統を守りながらも日々進化をし続けている「宿六」のおにぎり。その味をひもとくことで、おにぎりの真髄、そして新しい魅力に迫る。
米食文化の日本ならではの米の食べ方、おにぎり。発祥は日本で水田稲作がはじまった弥生時代といわれている。平安時代には強飯を固めた「屯食」が登場し、おにぎりのルーツとなったとも。鎌倉時代から戦後時代は戦に携行する兵食として重宝され、海苔の養殖がはじまった江戸時代中期に海苔を巻いたスタイルが確立。その後、高度経済成長期に一般家庭まで広がった。
現在は各地に専門店が点在しているが、東京最古の店が浅草の「宿六」だ。1954年、米がまだ〝銀シャリ〟と呼ばれごちそうだった頃に創業した。「江戸言葉で、宿は〝家〟、六は〝ろくでなし〟。当時、遊び人だった祖父を見かねて祖母がはじめたんです」と話すのは、3代目の三浦洋介さん。もともと2代目の母が夜だけ開けていたが、10年前に昼の営業をはじめるとき、つくり方は教わらなかったという。
「幼少期から祖母がつくる高級なおにぎりを食べていたからね」。その舌の記憶をベースに、でんぷんの変移やアミラーゼの作用反応といった理論で固め、独学で研究。昼営業をはじめた当初は閑古鳥が鳴いていたと笑うが、その味が人を呼び、現在は日本だけでなく海外からもファンが訪れるようになった。
「こだわりを押しつけたくないんです。食べて感じてください」と話す三浦さんに鮭おにぎりを握っていただいた。まず手のひらに塩を馴染ませ、米を型にはめて具材を入れる。そして横に3回、縦に1回手早く握り、海苔を巻いて完成する。ひと口いただくと、歯切れのよい海苔の香りがふわっと漂う。ほどよく軟らかい米の甘みが噛むほどに広がり、鮭のやさしい塩味と相まって〝贅沢な安心感〟ともいうべき旨みをつくり出している。
この米は、毎年新米が出揃う時期に20〜30銘柄試食してから1年間使用するものを選定しているという。そのポイントは、香りの強さと味の濃さ。「味わいは具材が一番濃くて、その次に海苔なので、それらに負けないもの。すべてが合わさったときに感じる全体の塩味のバランスを考えています」。
海苔は江戸前の一般的なものを使用し、創業当時から変わらない17種類の具材は、全国の産地や豊洲の河岸から仕入れる素材を吟味しているが、突出して高級な食材は使わない。あくまでおにぎりは庶民の食べ物という文化に寄り添いながら、ひと口目に米の味を感じてもらえるように具材は中央に入れ、常連客が飽きないように数種類の塩を使い分けるといった職人独自の細やかな気配りを忍ばせている。
「コンビニやチェーン店ではないので、毎日同じ味を出そうとは思っていません。ただ自分が一番美味しいと思うおにぎりをつくっているだけです」。そう話す三浦さんは、店だけでなく、イタリアやフランス、ドイツ、ドバイなど各国のワークショップに招聘されておにぎりを握り、国内では新製品の開発にも携わっている。
「同じ米を使った料理の寿司では大衆店から職人たちの努力で高級店が生まれ、その一方で回転寿司も普及したように、おにぎり店も、たとえば地方ごとに地米と地場食材を使った店など、さまざまな選択肢があるとより進化すると思います。そうなることで、一過性のムーブメントではなく業界全体が盛り上がってほしいですね」。
王道を守りながら進化を目指す〝新しき伝統〟の味をぜひ味わってほしい。
おにぎり浅草宿六
住所|東京都台東区浅草3-9-10
Tel|03-3874-1615
営業時間|11:30〜、18:00〜 ※ご飯がなくなり次第終了
定休日|昼/日曜、夜/火・水曜
text=Ryosuke Fujitani photo=Kenji Okazaki
2020年5月号 特集「日本人は何を食べてきたの?」