にぎりびと《神谷よしえ》
美味しい“おにぎり”が旅の目的になる
土鍋で炊いた熱々のご飯を、湯気を抱き込むように握る……。おにぎりは日本人の心に訴えかけるソウルフードだ。佐賀・嬉野で開催される「おにぎり神谷」は、おにぎりのために遠方からゲストが押し寄せるいま人気のアクティビティ。主宰のにぎりびと・神谷よしえさんを訪ね、米の素晴らしさを語ってもらった。
神谷よしえ(かみや よしえ)
大分県宇佐市出身。「生活工房とうがらし」代表、「かみや塾」主宰。フードプロデューサー、調味料ソムリエプロ。「ごはんはエール」をモットーに、国内外でイベントを開催する
「ライスツーリズム」
おにぎりが、旅の目的地に。
佐賀・嬉野温泉の名宿「和多屋別荘」で、定期開催されるアクティビティ「おにぎり神谷」が話題となっている。主宰は“にぎりびと”神谷よしえさんだ。
味わい、風味だけでなく、神さまに捧げる神聖なもの、日本の文化を発展させたもの、ふるさとや家族などを想起させる米を「日本人のアイデンティティ」と語る神谷さん。米の魅力を地方から発信する「ライスツーリズム」を掲げ、炊きたてのご飯を握ってゲストに手渡して食べてもらう活動を行っている。誰もが童心に帰る食体験に、遠方から訪れる人が後を絶たない。
使用する米は、嬉野で5代続く茶・米農家「永尾豊裕園」の夢しずく。山奥にある畑の中でも、最も山に近く水が冷たい田で育てた、「おにぎり神谷米」のみを使うこだわりぶりだ。
神谷さんが握った小ぶりで丸みを帯びたつやつやのおにぎりは、一粒ひと粒に弾力があり、噛み締めるとほのかな甘みが広がる。「いまの時代、“おいしい”だけではもう物足りません。その先にある、日本人が細胞から喜びを感じるような、ほっとする安心感や幸せを味わえることが求められていると思います」
たとえば富山から訪れるゲストのため、富山の郷土の味“昆布おにぎり”を握るなど、食べる人がほっとする味になるよう心を砕く。また、米を大切に扱う神谷さんは、イベントの前日に酒や匂いの強いものは取らないなど、禊のように身を清めることも忘れない。こうした米に丁寧に寄り添う姿勢がゲストにも伝わり、人々の心をつかんでいる。
お米に寄り添って美味しさを引き出す
神谷さんはオファーがあると全国を飛び回り、現地の米を使い、現地の人と触れ合いながら握っている。
各地の米の魅力を知る上で、神谷さんはこう話す。「産地や品種に注目が集まりがちですが、お米はどの地域でも思いを込めて育てられています。まずはお米の精米時期に気を配り、高温多湿を避けて保管するといった、お米に寄り添って細かなところを意識することが大切です。炊飯器も手頃なものでも、十分なんです」
神谷さんのおにぎりとの出合いは幼少期にさかのぼる。祖母に、米や野菜の成り立ちや大切さを教え込まれ、小学生の頃からおにぎりを握っていた。祖母に言われた「あなたの握るおにぎりは美しいね」という言葉は、神谷さんの支えとなった。
その後は、母であり伝承料理研究家の金丸佐佑子氏のサポートや、食のプロデュースなどを行ううちに、約10年前からかかわっている飲食店に差し入れで持っていくおにぎりがとても喜ばれ、海外にも招かれるように。
そして、2年前にワーケーションで滞在したことをきっかけに和多屋別荘と組んで、おにぎり神谷を開始。「おにぎりを通じて、食べた人が、生き方、農業、未来など“何か”に気づくきっかけになればうれしい」と神谷さんはほほ笑む。「最近、お米はライスレジンや宇宙文脈など、あらゆる分野で注目されているんですよ。その可能性は無限大です」
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text: Nozomi Kage photo: Kousaku Kitajima
Discover Japan 2024年12月号「米と魚」