TRAVEL

風景写真家・森田敏隆さんが撮る
この春見に行きたい
日本が誇る桜の名所【前編】

2022.3.19
<small>風景写真家・森田敏隆さんが撮る</small><br>この春見に行きたい<br>日本が誇る桜の名所【前編】

桜は日本人の原風景。時節柄、花見に出掛けることそのものが貴重になりつつありますが、春の到来を喜び、桜を愛でたいと思う心は、やはり掛け替えのないものです。全国各地の桜の撮影を続ける森田敏隆さんに、とっておきの10名所を教えてもらいました。

私たちは、なぜこんなにも桜に心惹かれるのだろう?

50年にわたり、日本の自然風景を撮り続ける風景写真家・森田敏隆さんのライフワークのひとつが日本の桜の撮影。きっかけは、国の天然記念物をはじめ、全国の巨樹・巨木を撮影する中で出合った一本桜だった。

「岩手県の小岩井農場の牧草地に、樹齢100年を超える桜の木が一本だけ立っていて、その奥に雄大な岩手富士(岩手山)が見える。本当に素晴らしい景色でした

一本桜をはじめ、桜のある風景には、木を守ってきた人たちの想いやその土地の歴史が垣間見える。「桜は日本を代表する花ですし、桜のある風景はとても日本らしい。でも何より、桜はふるさとを感じさせてくれる。それこそ、日本人が桜に心惹かれる一番の理由なんじゃないかと思います」

その想いを胸に、森田さんは毎春、桜前線とともに各地に足を運び、桜を撮影している。

「撮影に出掛ける前には、インターネットや航空写真を見ながら情報を集め、十分な下調べをすることが大切。朝日、夕日の光線を考えた上で、暗いうちから現地でその時を待ちます。この〝待つ〟ことがまた大切。相手は自然ですから、時に思いもよらない景色を見せてくれることがあります」

そもそも、その桜のある風景は、一年に1回しか見られない。特に一本桜は、公園や桜並木のように花見を目当てに出掛けるのではなく、その一本の木そのものと出合うことを目的に出掛けるものだと森田さんは考える。

「そうして撮る写真は、奇をてらってつくり込んだものではなく、あくまでも桜が主役。自然が見せてくれる一期一会の〝出会いの写真〟を大切にしています」

森田敏隆(もりた・としたか)
風景写真家。1946年、大阪府出身。’75年、写真家として独立。半世紀にわたり、日本の自然風景を撮り続け、中でも日本の国立公園と桜の撮影をライフワークとする。全国に一本桜のブームをつくった『一本桜』、『一本桜百めぐり』(ともに講談社)と題した写真集をはじめ、桜関係の写真集はこれまでに6冊出版している

撮影:2012年4月29日

山梨県・富士河口湖町
サクラ咲く朝霧漂う河口湖から富士山
富士五湖のひとつである河口湖は、周辺よりも標高が高く、例年4月中旬に桜の見頃を迎える。逆さ富士を見られる産屋ヶ崎(うぶやがさき)や、遮蔽物がほとんどなく、富士山の裾野まで見える湖北岸が人気の撮影スポット。「これも北岸で撮影したもの。この日は早朝から霧がかかっていて、富士山もほとんど見えませんでした。ところが急に、空のほうから霧がすーっと晴れて、富士山が姿を現したんです。しかも、湖の上に残った霧は、湖畔に並ぶ建物などの人工物をちょうど隠してくれて。わずか10分間くらいの出来事でした。狙って撮れるものじゃない風景ですね。実に日本らしい写真になりました」

住所|河口湖美術館の北側、河口湖大橋と大石公園の間あたり
アクセス|電車/富士急行河口湖駅からバスで約25分、車/中央自動車道河口湖ICから約15分

撮影:2011年4月12日

山梨県・韮崎市
わに塚の桜と八ヶ岳
日本武尊(やまとたけるのみこと)の王子の墓であることから、または神社仏閣で使う鐘の仲間「わに口」にかたちが似ていることから名づけられたなどと伝わる、わに塚に立つ一本桜。幹回り3.6m、樹高17mというエドヒガンの巨木で、推定樹齢は約330年。「『一度は見たい 桜』(光村推古書院)の表紙にした写真(P101)です。撮影時間は5時45分。朝日が昇った瞬間、その赤い光に染まる姿を撮りました。田園風景の中、こんもりと盛り上がる塚に一本だけで堂々と立ち、背景には八ヶ岳が見える。まさにふるさとを感じる風景ではないかと思います」。ちなみに2001年に出版し、一本桜ブームの火つけ役となった、森田さん初の桜写真集『一本桜』でも、この桜を撮影した写真を表紙にしている。

住所|山梨県韮崎市神山町北宮地624
アクセス|電車/JR韮崎駅からバスまたはタクシーで約15分、車/中央自動車道韮崎ICから約20分

桜を見に行くときのコツは?
●十分な下調べをすること
●三脚を持参すること
●余裕あるスケジュールにすること

日の当たり方で見え方も変わり、自然現象で思いがけない光景に出合えることもあるため、お弁当持参で一日かけて楽しむのが森田さんのおすすめ

2022年、桜の見頃って?

本州では3月下旬から開花開始。あなたの街の桜の見頃はいつ?日本気象株式会社の予想を見つつ、桜前線の到着を心待ちにしよう。

データ提供=日本気象株式会社(最新情報は公式ウェブサイトで毎週更新中)
定番の桜の名所

2022年は全国的に平年並みか、平年より遅めの開花となる見込み
日本気象株式会社は、秋以降の気温データや桜の生長状態、積算温度を計算し、予想地点ごとの過去データを活用して、北海道から鹿児島まで全国約1000カ所のソメイヨシノの開花・満開予想を行っている。2022年2月10日に発表した「2022年第3回桜の開花・満開予想」によると、東日本・西日本では平年並みか、平年より遅めの開花、北日本では平年並みの開花となる見込み。

本州では、福岡で3月21日頃に開花がはじまり、3月30日頃には満開に。四国・九州地方がこれに続く予想になっている。開花予想日は東京が3月25日頃、大阪が3月29日頃、仙台が4月10日頃、札幌が5月1日頃で、満開予想日は東京が4月1日頃、大阪が4月6日頃、仙台が4月14日頃、札幌が5月4日頃。

最新情報は日本気象株式会社のウェブサイトで確認しよう。

撮影:2018年4月2日

香川県・三豊市
桜咲く紫雲出山より瀬戸内海と島々夕景
瀬戸内海に突き出る荘内半島に位置する紫雲出山(しうでやま)。標高352mの山頂展望台からは瀬戸内海を一望することができ、春には約1000本の桜が山を彩る。「標高が変わると、咲く時期はもちろん桜の種類や色も変わります。その違いを楽しむのも桜の醍醐味。紫雲出山では、島々が織りなす多島美と桜という、瀬戸内ならではの春の風景を楽しめます。この写真の撮影時間は17時41分。夕日で、空も海も桜も淡く染まる瞬間を撮影しました。春霞みたいなね、ふんわりとしたいい雰囲気でしょう?」

住所|香川県三豊市の紫雲出山
アクセス|電車/JR詫間駅からバスを乗り継いで紫雲出山登山口停留所下車後、徒歩約50分。またはJR詫間駅からタクシーで約30分、車/高松空港から約90分。高松自動車道三豊鳥坂ICから約45分

撮影:2009年4月7日

大分県・由布市
菜の花咲く大分川から由布岳
由布院駅近くを流れる大分川。御幸橋から城橋にかけての岸辺に、菜の花と桜が咲き揃う色鮮やかな眺めは、湯布院町の春の風物詩。「菜の花は自生しているものだそうで、この写真を撮影したときは両岸にたくさん咲いていましたが、いまは減っているみたいですね。撮影時間は11時35分。朝は逆光になってしまうので、これくらいの時間のほうが背景の由布岳も、川の水面に映る花の色も、きれいに見えます。里の春というのかな、菜の花の黄色と桜のピンク色が実に春らしい、華やかな風景です」

住所|大分県由布市湯布院町川上大分川沿い(城橋~御幸橋周辺)
アクセス|電車/JR由布院駅から徒歩約8分、車/大分自動車道湯布院ICから約15分

撮影:2010年4月18日

三重県・津市
朝日に染まる三多気の桜
三重と奈良の県境に接する三多気(みたけ)地区は、棚田が広がり、茅葺きの家屋が点在する昔ながらの里山。伊勢本街道から、7世紀に開かれたと伝わる真福院まで続く参道には、約1.5㎞にわたって約500本のヤマザクラが並ぶ。三重県屈指の桜の名所であり、国指定名勝、「さくら名所100選」のひとつでもある。「高低差があって、参道の入り口からは上り坂が続きます。この写真は、坂道を10分くらい上ったところで撮影したもの。撮影時間は5時42分。個性豊かなヤマザクラに朝日が当たって、それぞれの花の色が濃く見えています。水鏡になっている棚田や背景の山村の風景を含めて、実に古典的な日本の春景色だと思います」

住所|三重県津市美杉町三多気204周辺
アクセス|電車/JR伊勢奥津駅からバスで杉平停留所下車後、徒歩約14分。または近鉄名張駅からバスで小屋停留所下車後、徒歩約13分、車/伊勢自動車道久居ICから約60分、名阪国道上野ICから約70分

撮影:2012年4月17日

長野県・南木曽町
桜咲く妻籠宿夕景
妻籠宿(つまごじゅく)は、中山道六十九次のうち江戸から数えて42番目の宿場町。1階よりも2階がせり出す出梁(だしばり)づくり、縦の桟を多く組む竪繁(たてしげ)格子など、江戸時代の建築様式を残す街並みが続く。全国ではじめて街並みの保存に取り組んだことでも知られ、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。「重要伝統的建造物群保存地区の撮影も私のライフワークのひとつ。この写真は桜ではなく街並みが主役。伝統的な街並みで桜があるところは少ないけれど、ここには一本桜がそっと立っている。夕暮れどき、家々の明かりが灯って、日本的なオレンジの光に包まれる街並みと桜。春の宵らしい風景だと思います」

住所|長野県木曽郡南木曽町吾妻2156-2 延命地蔵の前
アクセス|電車/JR南木曽駅からバスで妻籠橋停留所下車後徒歩約1分、車/中央自動車道中津川ICから約30分

撮影:2011年4月28日

福島県・田村市
小沢の桜と移ヶ岳
国道349号線沿いの田畑の中にぽつんと立つ、ソメイヨシノの一本桜。ソメイヨシノの寿命は50~70年といわれるが、この桜は推定樹齢約100年。かたわらには、子安観音を祀った祠と野仏があり、遠くには標高994mの移ヶ岳(うつしがだけ)を望む。映画『はつ恋』に“願い桜”として登場したことでも知られる。「周りに人工物がなくて、平らな田畑の中にすっと立っているから、春に国道を車で走っていると、遠くからでもよく目立ちます。田園、祠と野仏、遠くの山並み、すべてが合わさって、ふるさとを感じる風景になっている。映画は観たことがないけれど、『はつ恋』って聞くと、そんな気分にもなっちゃいますよね」

住所|福島県田村市船引町船引字堂前58-2
アクセス|電車/JR船引駅からタクシーで約10分、車/磐越自動車道船引三春ICから約20分

撮影:2004年4月25日

山形県・山形市
西蔵王放牧場の大山桜
蔵王連峰のひとつ、瀧山(りゅうざん)のふもとに広がる、標高600mの西蔵王高原に開かれた放牧場は、野生種のオオヤマザクラの群生地として知られる。「一本桜もあって、その撮影に行ったらなんと積雪30㎝。4月下旬にこれだけ積もるのは珍しいって、地元の人が驚くくらいの大雪で。この写真は、吹雪の中で撮影しました。雪が積もってもこれだけきれいに見えるのは、花の色が濃いオオヤマザクラならでは。この後晴れたんですが、青空と雪、桜の組み合わせもとてもおもしろい。一度晴れるとあっという間に解けてしまうので、どんどんシャッターを切りました。こういう自然現象は、人間の力ではどうにもなりません。自然が見せてくれる一瞬の景色との出合いは本当に貴重です」

住所|山形県山形市土坂字周防515 西蔵王放牧場
アクセス|電車/JR蔵王駅からタクシーで約35分、車/山形自動車道山形蔵王ICから約20分

 

≫続きを読む
 

text: Miyu Narita
Discover Japan 2022年4月号「身体と心をととのえる春旅へ。」

RECOMMEND

READ MORE