歴史の(道)に育まれた
三重県亀山市がアートの街に深化中
|菊池亜希子さんが亀山市でアートを語る
三重県中北部に位置する亀山市は交通の要衝である。その歴史は古代から。現在も東西と南に高速道路が通り、東海圏と関西圏の文化が行き交う。そんな亀山市を菊池亜希子さんが歩き、アートについて語ってもらいます。
菊池亜希子(きくち・あきこ)
1982年、岐阜県生まれ。高等専門学校から建築を学び、大学時代は都市環境システム工学を専攻。高専時代にモデルとしてデビューした後、女優、著者としても活動を広げている。『仕事場探訪20人』(集英社)、手描きイラストマップで街をナビする『みちくさ』(小学館)など著書多数。現在、WOWOW「杉咲花の撮休」・「ながたんと青と~-いちかの料理帖-」、TBS系日曜劇場「Get Ready!」などに出演。
大切に守り継がれた宿場町、
新たな展開を見せる亀山駅
亀山市は道とともに歩んできた歴史あるまち。江戸時代には伊勢亀山藩の城下町として繁栄し、亀山宿、関宿、坂下宿と、東海道の宿場は3つあった。中でも関宿は東西約1.8㎞にわたって江戸時代から明治時代中頃までの町屋が並ぶ。最も古いものは18世紀中頃の建築というから驚いてしまう。
学生時代は建築や都市デザインを学び、さまざまな角度から街の魅力を発見している菊池亜希子さん。亀山市ははじめて訪れる街というが、関宿を歩いてみて、心が落ち着いたと教えてくれた。
「街道には旅人たちが味わってきたであろう楽しさも残しつつ、ここで暮らしている方の生活の気配が伝わってきます。街の方たちが愛情をもって歴史を継承されているんですね。この街は現在進行形で『生きている』と感じます」
江戸時代から14代続く深川屋の銘菓「関の戸」はいまなお健在。長年ここで暮らす住民の町屋や、生活に必要なものを売る商店もある。かと思えば、町屋を生かしてカフェや民泊を営む移住者も。多くの旅人の目を楽しませようと工夫を凝らしたのだろうか。町屋の意匠もアーティスティック。看板を眺めて歩くだけで楽しい。
「手を入れ過ぎていないのが魅力」と菊池さんも語るように、いまと昔が混在しながら、関宿には静かな空気が流れている。
亀山宿の面影を残すJR亀山駅前には、新しい風が吹き込んでいる。2023年1月、駅前に新図書館が開館し、それに伴い、亀山市ゆかりの彫刻家による作品も設置された。特に図書館は、新たな「知」の拠点として期待が高まる場所。児童書が並ぶ2階フロアには、亀山市在住の絵本作家・コマヤスカン氏にカーテンのイラスト制作を依頼。列車に乗って世界中を旅した気分にさせてくれる風景がみっちりと描かれている。このカーテンで円形のフロアをぐるりと仕切ると、子どもたちにとって特別な空間が生まれる。また、テラスも備え、新しくなった亀山駅前広場と南部丘陵・布引山系が一望できる。亀山を訪れる現代の旅人を癒し、街とつなぐ役割も果たしてくれそうだ。
いまも昔も(創造)が生まれる場所
2023年1月OPEN
亀山市立図書館
JR亀山駅前に学びとまちづくりの核となる新図書館が開館。1階は本との出会い、市民交流を軸としたフロア。2階は児童・親子で過ごすフロア。壁面書架「本の列車KAMEYAMA号」は、列車をイメージした内装。3、4階は豊富な書籍が並ぶ。
2023年1月建立
ヤマトタケル・オトタチバナヒメ銅像
同市に伝説が残る「日本武尊」と妃の「弟橘媛」をイメージした銅像を駅前広場に建立。制作者は文化勲章受章者で市名誉市民の彫刻家・中村晋也氏(亀山市出身・鹿児島市在住)。
東海道関宿
参勤交代やお伊勢参りなどの拠点として繁栄してきた東海道47番目の宿場町。往時の面影を残す街道は約1.8㎞に及び、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている。上写真は、関宿中ほどにある「百六里庭・眺関亭」からの眺め
《特別対談》
櫻井義之 亀山市長×菊池亜希子さん
わたしが考えるアートとは?
時代・世代を超えて継承されていくもの—市長
アートは心の余白を潤してくれる—菊池
市長 「文化芸術」という視点で考えれば、人の営みの中で培われた時代・世代を超えて継承されていくもの。そして、それを超えて創造していくことが広い意味でアートだと考えています。継承と創造の力の中で生まれるものが芸術であったり、技術であったり。そういうものが我々のライフスタイルの中で感動、あるいは安心を与えてくれるのではないでしょうか。亀山市ではちょうど駅前の再開発が竣工しまして、その核となる図書館がオープンし、これに合わせて中村晋也先生に制作していただいたヤマトタケル・オトタチバナヒメの銅像が建立されました。亀山駅を降りた方々をパブリックアートでお迎えすることで、未来に創造の精神をつないでいければと考えています。
菊池 私は、高校と大学で建築とか都市の勉強をしていたのですが、建築ってアートのジャンルにくくられることが多いんです。また、アートとデザインも比べられることが多く、その定義を考えることも多かったですね。ただ、最近は見る側の視点なのかなと思うようになってきました。「どこからどこまでがアート」というような境界線などなくて、誰がどのようにとらえて、美しいと思うかが大切なのだと。必ずしも作家さんやアーティストがつくった作品でなくても、見る側が美しいと思い、それで心を動かされる。それがアートなのではないかと思います。日常の中にもそういう瞬間がたくさんあるのですが、心の余裕がないとなかなか気づくことができません。
市長 菊池さんがおっしゃるように、暮らしの中に素晴らしいものがたくさんあるのに、日々の変化があまりに早く、大切なものをずっとスルーしてしまっていることもあります。
菊池 そこの土地にずっといると気づけない部分とか、土地の魅力が当たり前過ぎて気づかないみたいなこともすごく多いと思います。私は岐阜県出身ですが、東京での生活のほうが長くなってきました。でも、外に出たからこそ地元に帰ったり、旅をしたりする中で気づけるものも出てきたように思います。たとえば、駅や喫茶店の看板の文字が秀逸だなと感じると、写真に撮って収集したくなるのですが、地元の方からすると「え? そうなの?」って。離れてみて気づけるおもしろさもあります。
市長 その地域にどっぷり浸かってると、確かに見えないものがたくさんあって。だからこそ、客観的に見る力も必要かもしれません。身近なところでは、鈴鹿山脈があり、緑もきれいですし、そこに目を向けるだけでもいい。
菊池 電車の車窓から見る景色がきれいで、しみじみ見惚れてしまいました。ところで、亀山ってどんな特色がある地域なんでしょうか?
市長 亀山は交通の要衝ということもあり、京都と江戸の文化の混ざり合った地域。それが建築や文化に垣間見られます。たとえば、おにぎりの海苔は焼き海苔か、味海苔かといった食生活の境目ともいわれています。亀山には江戸時代にタイムスリップしたような街並みが残っていますので、訪れて文化を感じていただきたいです。
菊池 あと、新しくできた図書館も気になります。図書館は子どもの頃から入り浸っていたほど好きな場所です。亀山駅前という場所にあると、地元の方はもちろん、旅で亀山市を訪れた人がひと息つくこともできて、いいなと思います。本で地域のことを調べてから街に繰り出せますし。街とつながる場所になりますよね。それと、亀山ではトリエンナーレが開催されているのですね?
市長 2008年に地元作家の方が中心になって立ち上げられ、展開していたのですが、現在は若いアーティストの皆さんがこの街に滞在したり交流したりするなど、魅力ある活動に大きく成長しています。
菊池 アートに触れる機会って、意思をもって行かないといけないような雰囲気がありますが、トリエンナーレを軸にして、旅にひも付けると、気軽に楽しめそう。アートを見ながらその土地のことを知ることができますし。
市長 いい取り組みですよね。アートがサプリメントみたいな作用を与えてくれるなと感じたのはトリエンナーレですね。
菊池 衣食住で、優先されるものはやっぱり命にかかわるものだったりするから、芸術的なものや、エンターテインメントとかは優先度が低く見られがちだと思うんです。けど、余白をちゃんと潤すということも心を守るために大切なことですよね。
市長 最後に。歴史を紡いでいく中で生まれる文化、アート。それは継承する力とか、そこから何かを生み出していく創造の力とか、想像させる力が大切。これがバランスよく機能する街づくり、人づくりを大切にしていきたいですね。この地域に残る素晴らしい祭りだとか、食文化、生活にしても、大切にしていきたい。多くの方と交流をする中で生まれる視点とか感性がうまくつながれば素晴らしいなと思います。
歴史を守り、新たな表現にも挑戦する
「買」&「食」スポット
江戸後期から受け継ぐ味「亀乃尾」と
地元食材使用の新食感バウムクーヘン「龍乃髭」
瑞宝軒
柔らかな求肥餅でこしあんを包んだ「亀乃尾」は創業時から続く銘菓。「伝統の味を守るため、新しいことにも取り組もう」と、亀山駅前が生まれ変わることを機に、伊勢神宮奉納米「結びの神」の米粉を使ったバウムクーヘン「龍乃髭」を考案した。パッケージデザイン、店舗デザインも一新。店頭の漆喰壁には、左官職人により亀と龍が描かれ、訪れた人の目を引く。カフェも備え、ランチも提供。写真は龍乃髭「和紅茶べにほまれ」ハードタイプ ホール1500円、亀乃尾4個入り430円。
瑞宝軒
住所|三重県亀山市御幸町231-54
Tel|0595-82-3331
営業時間|9:30~18:30
定休日|木曜
https://zuihouken.co.jp
三大旅籠の歴史ある建物で
竈炊きの山菜おこわを提供
會津屋
関宿の三大旅籠であった「會津屋」。その建物を受け継ぎ、25年前から食事処として店を構える。昔の竈でつくる山菜おこわは、三重県産コシヒカリと北海道産のもち米を使い、せいろ蒸しにすることでしっとりモチモチに。写真はお薦め定食1600円。歴史を積み重ねた店内には画家が描いた関宿の風景画や、作家によるグラスアート作品も飾られている。
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會津屋
住所|三重県亀山市関町新所1771-1
Tel|0595-96-0995
営業時間|11:00~17:00
定休日|月・火曜(月曜が祝日の場合は営業)
www.aizuya72.com
text: Hiroko Yokozawa photo: Keiichirou Natsume(SPINFROG)
styling: Yumeno Ogawa hair&make-up: Tomoko Takano
Discover Japan 2023年4月号「すごいローカル見つけた!」