河井寬次郎、柳宗悦、濱田庄司、民藝運動家3人の生涯
幸せを運ぶ他力本願【前編】
私たちの目の前にある「民藝」は、うつわや型染の和紙、竹細工など「モノ」として存在します。そこに潜む民藝の思想とはいったい何なのでしょう。民藝に造詣が深い著述家・藍野裕之があらためてその本質を探ります。前編では、民藝により導かれた三人の運動家の生涯をたどります。
藍野 裕之(あいの・ひろゆき)
著述家。1962年、東京都豊島区生まれ。学術と芸術の都に憧れ続け、50歳を過ぎて京都に移住。永六輔氏の導きで民藝と出合い、民藝の品々、民藝運動に傾倒。『出西窯』(ダイヤモンド社)編集構成
名もなき職人の仕事をたたえつつ
陶芸作家の造形美も愛す
濱田 庄司(はまだ・しょうじ)
1894〜1978年。陶芸家。神奈川県川崎市生まれ。東京高等工業学校窯業科で、上級の河井寬次郎と親交を結ぶ。卒業後は京都市立陶磁器試験所に入所。柳、河井とともに民藝運動を推進
河井 寬次郎(かわい・かんじろう)
1890〜1966年。陶芸家、彫刻家、書家。島根県安来市生まれ。東京高等工業学校窯業科(現東京工業大学)卒業後、京都市立陶磁器試験所に入所。柳宗悦と出会い、民藝運動に賛同
柳 宗悦(やなぎ・むねよし)
1889〜1961年。思想家。東京都生まれ。文芸雑誌『白樺』の創刊に参加。東京帝国大学哲学科卒業。無名の職人がつくる民衆の日常品の美に注目し、民藝運動を始動
今年の京都は祇園祭の山鉾巡行も行われなかった。新型コロナウイルスによって中止を余儀なくされたのだ。幸いなのは京都の地力である。目抜き通りから路地に入ると、そこが深淵への入り口で、自然に深みへ導かれていく。祭りは縮小されても、隠れた刺激の場が多い。五条坂の河井寬次郎記念は、大作家の仕事場であり住居だったところだ。外国人からKanjiro’s Houseと呼ばれるここも、深淵の入り口のひとつ。私の好きな場所である。
室内は、多くの人を招いて談論風発を楽しんだという家主の人柄が反映されて、大らかな空気が漂い居心地がいい。しかし、食器、花器、茶器などとともに寬次郎の言葉、晩年作品である奇怪な仮面や彫像が並び、大作家は「うつわ」さえも、深い思想の下に生み落としたのだと、すぐにわかる。
よく知られている河井寬次郎は、民藝運動の指導者である。柳宗悦、濱田庄司らとともに、飾られるものより使われるもの、名のある作家作品より名もなき職人のつくったものに美の本質を探し当てた。とはいえ自身ははじまりから作家であった。
生誕130年を迎える
民藝運動家の生涯をたどる
今年は、寬次郎の生誕から130年である。島根県に生まれ、現在の東京工業大学の窯業科で学び、京都市陶磁器試験所で研究を続けた後、五条坂に落ち着いた。はじめての個展は1921年、31歳のときだ。当時の日本は、美術振興も近代化、西洋化の重要な要件とみなし、教育研究体制も整っていった上に、政府主催の公募展を開催し、作家の発掘や後押しを行いはじめていた。絵画や彫刻に少し遅れはするものの、陶磁器をはじめとした工芸の官設公募展も開かれるようになった。
それまで陶磁器といえば、産地に生まれ、宿命のように家業を継いでいく職人によって支えられていた。それが、寬次郎の成長に合わせるように、産地を離れて作家として立つことができる体制が整っていったのだ。寬次郎は、出来上がって間もないエリート養成の道を歩み、「彗星現わる」と美術界に迎えられた。しかし、仲間と民藝の思想を探し当てると、あっさり道を外れていったのである。将来を嘱望された作家を大転換させた民藝の思想とは何なのだろうか。
「仕事」と題された詩のような言葉が記念館の2階に展示されている。その出だしは「仕事が仕事をしてゐます」という、一見すると不可思議な一節だ。「自分が仕事をしている」というのが普通ではなかろうか。しかし、寬次郎の言葉からは、何か他の力が宿り、それが仕事をさせるのだと感じさせる。他の力、つまりは「他力」である。「他力本願」として身近な仏教思想の言葉もあり、また民藝の思想の本質は「他力道」にある。そこに新しい時代の指針が潜んでいるような気がしてならなかった。長いこと棚上げしてしまっていたが、棚から下ろそうと思う。
生誕130周年民藝作家・河井寬次郎の仕事
寬次郎の住居兼仕事場
1937年に寬次郎が自宅を設計。登り窯と作業場も敷地内に設置。現在は、記念館として公開。
河井寬次郎記念館
住所|京都府京都市東山区五条坂鐘鋳町569
Tel|075-561-3585
開館時間|10:00〜17:00
休館日|月曜(祝日の場合は翌日休)
www.kanjiro.jp
text=Hiroyuki Aino
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