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長崎の壱岐・対馬・五島をめぐる旅
海の道の歴史文化が息づく、
日本遺産「国境の島」へ

2026.3.19 PR
<small>長崎の壱岐・対馬・五島をめぐる旅</small><br>海の道の歴史文化が息づく、<br>日本遺産「国境の島」へ

1479もの離島を有する長崎県。日本本土と大陸の中間に位置するこれらの島々は、古代より海上交通の要衝、交流の拠点であった。特に朝鮮半島と中国大陸とのかかわりが深く、その面影を色濃く残す国境離島、壱岐、対馬、五島は「国境の島 壱岐・対馬・五島~古代からの架け橋~」として日本遺産に認定されている。島々をめぐれば、往時より連綿と続く国際交流の足跡が見えてくる。海の道が育んだ歴史文化に浸る旅へ、いざ!

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弥生時代の交易で栄えた国際都市
《壱岐市》

国の特別史跡に指定されている原の辻遺跡。現在は、弥生時代の集落を復元した建物を見学できる。隣接する「原の辻ガイダンス」では古代米の栽培も行われており、弥生時代の原風景を体感できる

日本本土と朝鮮半島の間に浮かぶ壱岐は、いまから約2200年前の弥生時代に、国際交流都市として栄えた。島の南東部に位置する「原の辻はる つじ遺跡」は、『魏志倭人伝』にも記されている「一支国」の王都。一支国には渡来人によって最先端の文物が運ばれ、それを求める多くの人々が集まる場所であった。遺跡からは、中国大陸や朝鮮半島から運ばれてきた、珍しい交易品が数多く発見されている。

さらに島内では、古墳時代につくられた280基もの古墳が見つかっている。そのうち6基が国の史跡に指定されている。このことからも壱岐が古代の日本において、いかに重要な拠点だったかが見て取れる。

「壱岐市立一支国博物館」は、原の辻遺跡を一望できる丘陵上に建つ。弥生時代や古墳時代を中心に壱岐の歴史に関する展示を見ることができる

あわせて訪れたいのが、壱岐の歴史を学べる博物館「壱岐市立一支国博物館」。大陸や朝鮮半島との交流を物語る出土品や史料が展示されている。貴重な実物史料や体験型展示から、当時の暮らしに触れてみたい。

国内で唯一発見されている「金銅製亀形飾金具」(笹塚古墳出土 国の重要文化財)

原の辻遺跡
住所|長崎県壱岐市芦辺町深江鶴亀触1092-1
Tel|0920-45-2065
※年中無休

壱岐市立一支国博物館
住所|長崎県壱岐市芦辺町深江鶴亀触515-1
Tel|0920-45-2731
開館時間|8:45~17:30(入館は閉館の30分前まで)
休館日|月曜(祝日の場合は翌日休)
料金|一般410円、高校生310円、中小生210円(常設展示室)
www.iki-haku.jp

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国防と日朝交流の最前線を担った
《対馬市》

金田城跡からは浅茅湾(あそうわん)を一望する。東国から対馬にやってきた防人へ想いを馳せたい

対馬は、朝鮮半島とのかかわりの深い歴史の中で独自の文化を築いてきた。663年、日本・百済軍と唐・新羅軍の戦い「白村江の戦い」が勃発して外交関係が悪化すると、島内には国防のための防人さきもりとぶひが設置された。この時期に亡命してきた百済人の技術によって築かれた城山「金田城跡」は国の特別史跡に指定され、往事の石塁や水門跡をいまに残す。

対馬の歴史や考古、民俗などさまざまな分野の展示物が揃う「対馬博物館」。朝鮮半島との交流を伝える発掘品や陶磁器、仏教文物、古文書などを展示

中世には、対馬島主の宗氏を中心に朝鮮半島との貿易や外交実務を独占したが、豊臣秀吉の時代になると文禄・慶長の役によって国交が断絶。宗氏は、国書の偽造などを行いながら国交回復に尽力し、江戸時代の朝鮮通信使に象徴される平和外交の窓口として存在した。「対馬博物館」では、古代から現代に至るまでの対馬の歴史の展示を見ることができる。

朝鮮鐘の形式が取り入れられた清玄寺ゆかりの梵鐘(1469年)
写真提供=対馬博物館

金田城跡
住所|長崎県対馬市美津島町黒瀬城山
※年中無休

対馬博物館
住所|長崎県対馬市厳原町今屋敷668-2
Tel|0920-53-5100
開館時間|9:30~17:00
休館日|木曜
料金|一般550円、大高生330円、中小生220円(平常展)
https://tsushimamuseum.jp

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遣唐使たちの日本最後の寄港地
《五島市》

古代の船の構造や技術では、必ずしも唐に到着できるわけではなかった。唐へと向かう人々の覚悟に想いを馳せたい。石碑の周辺には遣唐使船に飲料用の水を供給した井戸とされる「ふぜん河」なども

大陸と東シナ海の間に鎖状に連なる五島列島。古代の遣唐使の航路が、壱岐・対馬経由から五島列島・東シナ海を通って唐へと向かうルートに変更になると、五島は日本最後の寄港地となった。

福江島の北西端にある三井楽みいらく半島には、弘法大師空海の遺した言葉「辞本涯じほんがい」の記念碑が建つ。この半島は10世紀の文学作品『蜻蛉日記』で「亡き人に逢える島 〜みみらくのしま〜」と詠まれたように、「異国との境界の島」、「死者に会える西方浄土の島」として広く歌枕となった。

遣唐使や後期倭寇、キリシタン信仰、五島藩、民俗行事など五島の歴史文化を学べる「五島観光歴史資料館」。シアターでは、曲面スクリーンを使って教会の空間を再現。潜伏キリシタンの文化を体感したい

五島における遣唐使や後期倭寇、キリシタン史について学ぶなら、福江城(石田城)二の丸跡に建つ「五島観光歴史資料館」へ。古代から現代までの五島の歴史文化を一覧できる。

幕末日本最後に築城された城・福江城(石田城)二の丸跡。築城当時は日本で唯一、三方を海に囲まれた海城だった

辞本涯の碑
住所|長崎県五島市三井楽町柏
Tel|0959-84-3111(五島市役所三井楽支所)
※年中無休

五島観光歴史資料館
住所|長崎県五島市池田町1-4
Tel|0959-74-2300
開館時間|~5月/9:00~17:00、6~9月/9:00~18:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日|年末年始(12/29~1/3)※その他メンテナンスなどで臨時休館の場合あり
料金|一般300円、大中小生100円

海商たちが集い、
風待ちの港として栄えた島々
《新上五島町》

日島の石塔群は70以上の石塔が海岸に並ぶ光景が圧巻。関西で採掘された御影石や福井・若狭の日引石などが見つかっている

五島列島の中通島、若松島とその周辺を町域とする新上五島町にも、遣唐使の伝承や名もなき海商たちの足跡が残る。「日島の石塔群」は中世から近世にかけての古墓群。九州だけではなく関西方面などさまざまな地域から持ち込まれた石材からは、日本本土と大陸との交易をうかがい知れる。

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江戸時代から近代に至る鯨業の歴史をパネルや映像で紹介する「新上五島町鯨賓館ミュージアム」。ミンククジラの骨格標本や実物大模型(写真)なども

さらに、「新上五島町鯨賓館ミュージアム」では、捕鯨文化をはじめ、日本遺産、世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」、そして同町出身で多くの教会を手掛けた建築家・鉄川与助に関する資料が展示されている。

日本遺産コーナーでは、遣唐使時代、入唐成就のお礼参りに伝教大師最澄が訪れたとされる山王山の二ノ宮岩陰から発見された報賽鏡を展示

日島の石塔群
住所|長崎県南松浦郡新上五島町日島郷
※年中無休

新上五島町鯨賓館ミュージアム
住所|長崎県南松浦郡新上五島町有川郷578-36(有川港ターミナル内)
Tel|0959-42-0180
開館時間|9:00~17:00
休館日|年末年始(12/29~1/3)
料金|一般210円、中小生100円
www.town.shinkamigoto.nagasaki.jp/geihinkan/museum/index.html

 

日本遺産「国境の島 壱岐・対馬・五島
~古代からの架け橋~」についてはこちら

 
≫公式サイト

 

長崎の島旅に興味をもった方はこちら!
 
≫「長崎しま旅」公式サイト

 


≫島旅の宿情報

 


≫島旅の食情報

 

 

【各島へのアクセス】
〈壱岐〉
飛行機/長崎空港から壱岐空港まで約30分 ジェットフォイル/博多港から芦辺港まで約1時間5分、郷ノ浦港まで約1時間10分 フェリー/博多港から芦辺港まで約2時間10分、郷ノ浦港まで約2時間20分。唐津東港から印通寺港まで約1時間45分

〈対馬〉
飛行機/福岡空港から対馬やまねこ空港まで約30分、長崎空港から約35分 ジェットフォイル/博多港から厳原港まで約2時間15分 フェリー/博多港から比田勝港まで約4時間55分、厳原港まで約4時間30分

〈五島〉
福江島|飛行機/長崎空港から五島つばき空港まで約30分、福岡空港から約45分 ジェットフォイル/長崎港から福江港まで約1時間25~45分 フェリー/博多港から福江港まで約8時間30分、長崎港から福江港まで約2時間10分~3時間55分、奈留港から約40分

〈新上五島〉
中通島|ジェットフォイル/長崎港から奈良尾港まで約1時間15分、鯛ノ浦港まで約1時間40分。佐世保港から有川港まで約1時間25分 フェリー/博多港から青方港まで約5時間55分、長崎港から奈良尾港まで約2時間35分、佐世保港から有川港まで約2時間35分

問い合わせ|長崎県 文化観光国際部 文化振興・世界遺産課(095-895-2762)

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