縄文から抽象思考を育んだ
GRAPH代表取締役・北川一成さん。
一流デザイナーが惹かれる縄文デザイン
日本のクリエイティブ界を牽引する一流デザイナーたちも、縄文から多大なる影響を受けていた。デザイナーならではの視点を通して縄文の魅力を再発見していく《一流デザイナーが惹かれる縄文デザイン》。第2回はGRAPH代表取締役の北川一成さんに話を聞く。
GRAPH代表取締役。筑波大学卒業後“捨てられない印刷物”を目指す技術の追求と、経営者とデザイナー双方の視点に立った“経営資源としてのデザインの在り方”の提案をもとに印刷とデザインワークを行っている。
北川一成さんが縄文時代の土器や土偶に関心をもったルーツは、1970年までさかのぼる。大阪万博で芸術家の岡本太郎が手掛けた「太陽の塔」を見たことがきっかけだという。
幼い頃から絵を描くことが大好きだった北川さんは当時、見たものをそのまま表現する具象的な絵に憧れていた。けれども、太陽の塔を見てからは、抽象的な絵ばかり描くようになったそうだ。「抽象化するとその人固有の表現になる。子どもながら、そんなことを感じ取ったのだと思います」。
土偶の存在を知ったのは、それから数年後のことだ。教科書に載っていた土偶を見たとき、自分が最も好きな抽象的な表現であることに気づいたという。「そのとき、改めて太陽の塔を思い出し、その造形に土偶を感じたんです。それから、縄文時代にも興味をもつようになりました」。
デザイナーとして活動するようになってからは、コミュニケーションの対象である人間のルーツや本質を探るために、古代史だけでなく生物学や遺伝学、人間行動学、神経科学など、さまざまな分野の本を読むようになった。
「ジャンルを横断して読んでいると、ヨーロッパ史も日本史もつながっていて、オリジナリティなどないことがわかります。自然信仰も、縄文固有のものではなく世界中の多様な文明で息づいているんです。そんな世界中の自然信仰の流れの中で、縄文時代との類似性や共通点を俯瞰した視点で探究するのがおもしろい」。
北川さんは、土偶のデザインには縄文人の「抽象思考」が影響していると考えている。デザインはつくり手の身体性だけでなく、物事の本質を貫く抽象思考がないと生み出せないからだ。
「縄文人は、月の満ち欠けが女性の月経の周期と一致していることを発見したり、たとえば子どもの顔が亡くなった祖父と似てきたりすることを通じて、命が永遠と続いて魂が再生されていると思っていたのではないか、といわれています。その考え方は、まさしく抽象思考です。再生を願う思いを表現するとき、単に先祖に似た像をつくるのではなく、抽象化して普遍的なフォルムにしたのかもしれません。ピカソは抽象絵画を描いたことで有名ですが、かねてから人間は抽象化した表現をしていました。縄文時代は1万年以上も続いたからこそ、国宝に認定される傑作も生まれたのだと思います。」
文=西山薫 写真=木内和美
2018年9月号 特集「縄文人はどう生きたか。」