ART

生まれも育ちも違う2人が直面したクリエイターの業。
色で未来をつくるクリエイティブユニット「SPREAD」

2019.9.18
<b>生まれも育ちも違う2人が直面したクリエイターの業。</b><br>色で未来をつくるクリエイティブユニット「SPREAD」

小林弘和さんと山田春奈さんが2004年に立ち上げた色を支配するクリエイティブユニット「SPREAD」。代表作「Life Stripe」の全経緯をたずねた全3回の特集の初回。

SPREAD
小林弘和さんと山田春奈さんが2004年に立ち上げたクリエイティブユニット。「あらゆる記憶を取り入れ“SPREAD=広げる”を生み出す」ことを信条に、グラフィックやプロダクト、エキシビションなどのデザイン&ディレクションを実行。2004年に発表した『Life Stripe』は彼らのライフワークになっている。Red Dot Design Award、D&AD awards、グッドデザイン賞、日本パッケージデザイン大賞など受賞歴多数。10月31日~11月23日に(PLACE) by methodにて、個展を開催予定。

クリエイティブユニットのSPREAD。彼らの代表作となる『Life Stripe』の全経緯を聞いて、クリエイターとはいかなる存在なのかをあらためて考えさせられた。

「行動パターンを21色に選別し、1日24時間をカラーで記録する生活の縞模様」を「ランダムかつ無秩序にも見えるかたちで展示」するのがLife Stripeの概要だ。SPREADの二人はこの表現手段を実現させるため、現在までに1万5000人から15万日分のデータを得てきた。

しかし「一体それが何になるんだ?」と言われてしまえばそれまでだ。しかもこの作品は、デザイナーとしての才覚や力量を間接的にアピールすることはあっても、それ自体で直接的な収益獲得を狙うものではない。

24時間勤務のタクシードライバーのLife Stripe。赤は仕事/勉強を表す

「そういうことをするからクリエイターは訳がわからない」。それもひとつの意見だろう。けれどLife Stripeに関しては「どうしてもつくらなければならない」という業のような理由があった。そこにクリエイターの本質があるのではないか?

などという仮説を踏まえて読み進めてもらうために冗長な前置きをしたのだが、実物のLife Stripeは途轍もなく雄弁なので、言葉による説明に無力感を覚えたりする。いや、それでいい。もとよりこれは、言葉ではなく色によるコミュニケーションが出発点なのだから。

ITO ORIZA IMABARI
愛媛県今治市で家族経営する「工房織座」のストールブランド「ITO」 を開発。100年前の織機を使用し丁寧に織り上げる精神を尊重し、ブランドに関わるすべてのデザインを構築。欧州での販売もディレクションした
photo: てんてん

このまま一気にLife Stripeの誕生秘話を話す前に二人の経緯を紹介したい。自宅に事務所を構えるフルタイムパートナー、つまり夫婦の山田春奈さんと小林弘和さんが出会ったのは、1994年に創立した長岡造形大学だった。新設校の1期生となったのがいわば二人の運命だが、そこに至るまでは生まれも育ちもまるで違っていた。

当時は東京で暮らしていた山田さんが目指したのは、同学の環境デザイン学科。景観を構成するランドスケープデザインを学びたかったそうだ。

「両親が引っ越し好きで、幼い頃から関東を転々としていましたが、千葉のマンションに暮らしたとき、子どもながらに環境が人の形成に大きく影響すると感じたのです。そこは実験的なエリアで、緑の公園が多く住人同士のコミュニティも豊かなおもしろい場所でした。その経験がランドスケープデザインへの興味につながりました」。

燕三条 工場の祭典
新潟県の燕三条地域で毎年10月に開催される工場見学イベントに向けたデザインワーク。ピンクのストライプは、警戒・注意を表す黄×黒のサインを、炎を表す鮮やかなカラーへ転換したもの。海外でエキシビションも展開中
©「燕三条 工場の祭典」実行委員会

一方の小林さんはグラフィックデザイン中心の視覚デザインコース。新潟出身なので、地の利を生かしたデザイン学習と思いきや、中々ねじれた高校生だったらしい。

「カッコよさを目指した者はヤンキーに。そうではない者は何にもなれないというとんでもない田舎で育ったので、そもそもデザインがわかって進学したわけじゃないんです。言うまでもなく僕は何にもなれない者でした。でも高校生のときに、いわゆる渋谷系の音楽にハマり、いくつもの音楽誌を読みあさっていたら、雑誌にはアートディレクターという人が関わっていると知って、そこから何となくデザインに興味をもったんです。で、県内にデザイン大学ができるらしい。しかも初年度は実技ではなく学科だけでも入れるらしいと。結果的に学科のみで入学してすごく苦労しましたが」。

萩原精肉店
鎌倉で1947年に創業した精肉店の店舗一新を機に行われたロゴとパッケージのデザイン。ロゴは、肉の漢字を生かしつつ、旧オーナー萩原家と現オーナーの齋藤家が混在しているかたちに留意したそう

異なる学部ながら2人の距離が縮まったのは、1期生しかいない新設校ならではの自由度と小林さんの奇妙なアプローチがきっかけだった。山田さんの証言はこうだ。

「バケツプリンをつくりたいと言われたんです。結局、冷蔵庫にバケツが入らなくて丼になったけれど、正直なところ最初はよくわからない人って思いました(笑)」。

対して小林さんは音楽の趣味に共通点を見出したという。「高校時代には見当たらなかった同じ趣味の人間が、東京から来た大学の同年代ならいると信じて疑わなかったのに、彼女以外はいなかった。裏切られた気分でした」。

文=田村十七男 写真=六本木泰彦
2019年9月号 特集「夢のニッポンのりもの旅」

《色で未来をつくるクリエイティブユニット「SPREAD」》
1|生まれも育ちも違う2人が直面したクリエイターの業
2|人が生きた事実を色に変換。「人を救いたい」からすべては始まった。
3|未来を創造するトリガーをつくり続けたい

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