日本初の公立文化事業集団《SPAC》
静岡は日本を代表する芸術都市でした
静岡には、芸術を育む風土がある。四半世紀にわたり、日本の舞台芸術を根底から支えてきた「SPAC」の活動とは。演劇の公演、鑑賞の枠に収まることなく、人々が集い、交流する劇場の魅力に迫る。
SPAC芸術総監督
宮城 聰(みやぎ・さとし)
1959年、東京都生まれ。東京大学で演劇論を学び、1990年ク・ナウカを旗揚げ。2007年SPAC芸術総監督に就任。代表作に『マハーバーラタ』、『アンティゴネ』など。2019年フランス芸術文化勲章シュヴァリエ受章
舞台が人を惹きつけ、
心をつないでいく
本州の中央に位置し、関東、関西のどちらからもアクセスがよい静岡県。世界文化遺産の富士山やユネスコ世界ジオパークの伊豆半島、浜名湖などの特色ある自然景観、お茶をはじめ世界農業遺産の水わさびや桜海老などの豊かな食文化はご存じの通り。実は舞台芸術の聖地としても世界から知られ、その中心的存在が、静岡県舞台芸術センター「SPAC」だ。
SPACは、専用の劇場・稽古場で専属の俳優・舞台スタッフが活動を行う日本ではじめての公立文化事業集団である。1997年には世界的に活躍する演出家の鈴木忠志氏を初代芸術総監督に迎え、本格的に活動を開始。その後も継続的に作品をつくり続けるほか、毎春に「ふじのくに⇄せかい演劇祭」と題した国際的な演劇フェスティバルを開催。国内外から注目の芸術家や劇団を招聘している。その一方で、年間1万5000人の中高生を公演に無料招待し、幼児や高齢者を対象としたアウトリーチプログラムも実施しているのは、公立の劇団ならではともいえる。
演劇はさまざまな人と人が出会い、交流するための場である。大きな舞台で自己を表現する行為が心を開き、感覚を自由にする。そう信じてSPACはこれからも静岡と世界をつないでいく。
舞台を通じて、世界とつながる。
演劇が人の感覚を刺激し、心を癒す
「演劇を生業にしているなんてと不思議がる人もいますが、考えてみれば古代からずっと、どんな時代のどんな地域にも舞台芸術は存在しているんですよね。見方を変えれば、演劇は人が生きていくために必要なものなのかもしれない」
そう語るのは、SPACの芸術総監督を15年務めている演出家の宮城聰さん。約2500年前、紀元前5世紀頃に書かれたギリシャ悲劇の戯曲がいまだに演じられていることに鑑みても、演劇はどの分野よりも人類とともに時間を過ごしてきた芸術表現だといえる。
「人は自分の人生しか生きることができず、ほかの人の本質を知ることはできません。それでも、社会では多くの人と交流しなければならない。他者を理解しようと言葉を交わす一方で、自分の本心をのぞき込まれないようにするために嘘もつく。関係をもちたいと思う一方で、心を閉ざし、孤独を感じる。そんなときに“ほかの者が演じられる”舞台は、まさに癒しの場だったともいえるでしょう」
特に近代以前の演劇は、鑑賞者が同じ場面で泣き、笑うといった感覚の共有に重きを置いたものが多く、「みんな一緒だ」とホッとするためのツールのひとつだったと宮城さんは解説する。
「いまの劇場には異なるバックグラウンドをもつ人が集まるので、多様な価値観や可能性を示すものへと変化。より人々の想像力をかき立てるものが増えています」
俳優をはじめとした舞台人は、優れた才能をもっていると思われがちだが、宮城さんによれば他者との関係に飢えていたり、欠落した感覚を補いたいと考えている人のほうが多いとも話す。
「舞台に立つことで感覚を共有し、かすかに世界とつながっていく。そうすることで救われている演者も多いんです」
演者と鑑賞者が対峙したかたちで、ライブで行われる演劇は、毎回が初演のような感覚。同じ演目を繰り返し上演しても、お客の反応で舞台の出来が毎回変わる。
「お客さんも舞台の一部となって、双方向で反応が起きるのが演劇の醍醐味。人間関係に疲れていたり、何かしらの言い表せない不安を抱えている人は、ぜひ劇場に足を運んでほしい。鑑賞する中で、心癒されたり、感覚が刺激されたりして、自分の中にある純粋なエネルギーが動きはじめるはずです」
2つの芸術拠点から
地域に寄り添う演劇を楽しむ
SPACの拠点は、静岡市駿河区に大きくふたつに分かれて存在する。
ひとつは、日本平の北側に位置する「静岡県舞台芸術公園」。広さ21haという広大な敷地内に、野外劇場「有度」や屋内ホール「楕円堂」など、特徴的なかたちをした劇場のほかに、稽古場としても使われる「BOXシアター」、国内外から稽古や公演のために利用する宿泊棟など、複数の施設を有する。公演や稽古のほかに、一般を対象にしたバックステージツアーや自然を楽しむ里山の会、茶畑での茶摘みイベントなど、定期的にさまざまな催し物が開催されているのは、地域の人々とつながりをもつSPACならでは。
そしてもうひとつの拠点が、静岡県コンベンションアーツセンター「グランシップ」だ。このグランシップ内には、ほかにも複数のホールがあるが、静岡芸術劇場はSPACの公演のためにつくられた演劇専用劇場。SPACらしい演劇をより効果的に見せるために、プロセニアム・アーチと呼ばれる舞台を額縁のように見せる構造体を排除し、舞台を広く、開放的な存在にしている。これを馬蹄形の客席で囲むことで、演者と客席とが一体となって演劇を楽しめるように考えられている。
今年の秋からは芸術劇場で『ペール・ギュント』ほか3作品が上演される。地域とのつながりを感じながらの観劇、唯一無二の体験を楽しみたい。
SPACが静岡の食文化と
芸術をつなぐ懸け橋に
静岡県では「ガストロノミーツーリズム」と称し、地元の生産者や料理人、そしてSPACとも協力しながら、新たなサービスを提供している。今後の取り組みにも注目したい。
【演劇】
『びしょくすきいと老婆』(2021年)
食べることとはどういうことか、食から“生きる力”を見つめる演目をSPACが野外劇場で上演した。
【イベント】
お茶摘み体験
お茶どころだけに、舞台芸術公園の広大な敷地内には茶畑がある。毎春演劇祭に合わせて、SPACの俳優やスタッフが参加する茶摘みイベントも開催される。
【食】
手打ち蕎麦 たがた
地元の料理人として舞台芸術公園の食のイベントに参加。蕎麦を打つ所作と、パフォーマンス力で観客を魅了した店主の田形治さんが営む店では、厳選の素材を使った蕎麦や天ぷらのほか、酒も豊富に揃う。
住所|静岡県静岡市葵区常磐町2-6-7
Tel|050-5486-5469
営業時間|ランチ11:30~14:00(L.O.13:30)、ディナー17:30~22:00(L.O.21:30)
定休日|月曜、日曜のディナー
https://nbgh600.gorp.jp
《SPAC公演情報2022〜2023》
2022年9~11月
『ペール・ギュント』
演出:宮城 聰 作:ヘンリック・イプセン
会場:静岡芸術劇場
2022年11~12月
『守銭奴』【新作】
演出:ジャン・ランベール=ヴィルド
作:モリエール 会場:静岡芸術劇場
2023年1月
『リチャード二世』【新作】
演出:寺内亜矢子 作:ウィリアム・シェイクスピア
会場:静岡芸術劇場
2023年2~3月
『人形の家』【新作】
演出:宮城 聰 作:ヘンリック・イプセン
会場:静岡芸術劇場
SPACチケットセンターTel|054-202-3399(10:00〜18:00)
text: Hisashi Ikai photo: Kenji Okazaki map: Alto Dcraft
Discover Japan 2022年9月号「ワクワクさせるミュージアム!/完全保存版ミュージアムガイド55」