TRAVEL

犬養裕美子がいま行きたい!
ローカルレストランのススメ

2022.6.4
<small>犬養裕美子がいま行きたい!</small><br>ローカルレストランのススメ

ローカルだからこそできることがある!個性豊かなレストランを目的に、旅に出よう。

犬養裕美子(いぬかい・ゆみこ)
東京を中心に世界のレストラン、食文化を取材。最近は日本の地方に注目。郷土料理を守るだけでなく、その土地の生産者とともに新しいレストラン様式に挑戦するシェフを取材。農林水産省表彰制度「料理マスターズ」審査員

すし処めくみ photo:すし処めくみ

レストランの格付け本としてお馴染みのミシュランガイドでの“三つ星レストラン”とはどういうものなのか? ガイドブックの巻頭に記されている評価基準では「そのために旅行する価値のある卓越した料理」とある。どんな場所にあっても、人は素晴らしい料理を求めることを厭わないということだろう。1世紀も前から続くそんな評価は現代にもあてはまるのだろうか? 最近、話題のローカルレストランとはどんなものか検証してみよう。

ローカルレストランとは、文字通り「地方の名レストラン」。長い間顧客を集めている地方の名店で、その土地の素材を使い、風土を反映した郷土料理を提供することで人気を博してきた。大げさに言えば日本の食文化を守り続け、これからも伝え続ける存在だろう。そんな老舗に並んで最近注目されているのは、地方だからこそ可能な店づくり、料理、スタイル。新しい価値観から生まれたレストランだ。

もともとローカルという言葉はポジティブには使われてはいなかった。「シティ=都市・洗練」に対して、「ローカル=田舎・素朴」は対極にある。料理人であれば都会で修業して実力をつけ独立。小さくても自分の城をもつという確かな目標があった。

ところが21世紀に入って、「東京=成功」とは違う考え方をもつ料理人が出てきた。生まれ育った場所で、その土地の素材を生かした自分なりの表現で料理したいといった、いわば逆転の発想。ただ、地方でそんなことをしても注目してくれるお客がいなければ経営的に成り立たない。

「山形にソースを使わない、変わったイタリアンがあるんだって。アル・ケッチァーノ知ってる?」、「弘前に野菜、生ハム、チーズ、ワインまで自分たちでつくる自給自足イタリアンがあるんだって。オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ もう行った?」

L'évo(レヴォ)photo: Atsushi Yamahira

初期のローカルレストランはこんな「地方伝説」になって広まった。さらにインターネットで拡散、テレビや雑誌で全国区に広まる。どんな立地にあっても、成功する、しないは内容次第。ローカルレストランが増えていくのは都会にはない「地方」という時間と空間の贅沢さを五感で感じられるから。店もお客もそれを求め、共有する。

世界のレストランシーンにも大きな変化が起こっていた。美食といえばフランスだったのが、北欧の若いシェフたちのレストランが注目されはじめたのだ。2010年、世界のレストランランキングでデンマークの「ノーマ」がナンバー1に輝いた。受賞の翌日、世界中から10万もの予約のアクセスがあったという。「地元の素材を見直して、自然のままに料理しただけ。特別なことじゃない」と若きシェフ、レネ・レゼピのメッセージは世界中に影響を与え、南米やアジアの「ローカルレストラン」が次々と話題になり、ローカルはグローカル(グローバルな視点に立ちローカルで行動する)を証明した。

5年ほど前から、雑誌で「地方」のレストラン特集が頻繁に組まれるようになった。それだけ魅力ある店が増えたからだろう。観光ついでにレストラン、ではなくレストランが目的になった。

東京や海外で修業したシェフが、独立するなら地元でという帰郷組。東京で店をやっていたけれど、もっと素材に近いところでゆっくり仕事がしたい、というフリースタイルの料理人。さまざまな事情で地方を選択するシェフたちが増えている限りローカルレストランは、まだまだ増えるだろう。ゲストもシェフもそこに集うすべての人を元気にする。それが最大の魅力なのだ。

かくいう私も東京で最先端のレストランめぐりも刺激的だが、ここ10年は地方にも足を延ばして取材を続けている。共通するのはその土地の素材に対する熱い思い。普通に見えてその背景を自然や歴史まで理解した上で料理しているのだ。

BEARD(ビアード)photo: Azusa Shigenobu

私がローカルレストランの奥深さに最初に触れたのは石川県は金沢の隣、野々市の「すし処めくみ」だった。店の場所がまさに地方の都市郊外の住宅街。しかも小松空港から車で約30分。そこまで行く価値があるのか? と不安になったが取材をはじめると驚きの事実が次々と明らかに! 店主は毎日早朝3時に起きて能登半島まで往復200㎞のドライブ。市場に揚がる魚の一番いいものだけを手に入れるためだ。そのとき味わったトリガイはもう捕れなくなってしまったが甘み、香りはいまも記憶に鮮明によみがえる。

「めくみ」をきっかけに周辺に通うようになったが北陸はローカルレストランの宝庫だ。個人的にいま一番気になるのは、富山県の「L’évo(レヴォ)」。まさしくこの店のために旅行する価値がある。2014年オープンした最初の店は、富山空港から車で約20分。ところが2020年12月に移転した先は、富山空港から車で1時間以上かかる山の中、人口約500人の利賀村という“秘境”。ここにレストラン棟、パン小屋、サウナ小屋など全6棟が配置され、敷地内に農園もあるという。以前の店よりさらに地元愛が深まった様子。これから山菜の季節にぜひ行ってみたい。

九州もまた興味深いエリアだ。肥沃な大地と魚類豊富な海。気になるのが長崎県。雲仙市「BEARD」は、とびきり美味しい野菜の生産者に刺激を受けて東京から雲仙に移住したシェフの店。島原市「pesceco」は地元育ちの若夫婦が出した魚料理のレストラン。どちらもセンスのいい店で、素材ありきの料理が魅力的。なかなか足を延ばせなかった九州だが、欲張って一緒に2店に行く旅が贅沢。「美味しい体験」がローカルレストランにはぎっしり詰まっているのだ。 

少し心配なのは、美食都市・東京からシェフがみんな地方へ出て行ってしまうこと。行きたいレストランがますます遠くなる。理想は都市と地方の共存だ。都会で刺激を受けるディナーもあれば、ローカルレストランに癒されるランチもある。どちらもレストランを楽しむことに変わりない。ローカルレストランはその原点をあらためて気づかせてくれた。

pesceco(ペシコ)photo: pesceco

《犬養裕美子がいま行きたい!ローカルレストラン》
すし処 めくみ
住所|石川県野々市市下林4-48
Tel|076-246-7781
営業時間|18:00〜21:00、日曜12:00〜14:00/18:00〜21:00
定休日|月曜、火曜不定休
料金|3万6960円(サ込)

L’évo
住所|富山県南砺市利賀村大勘場田島100
Tel|0763-68-2115
コース開始時間|ランチ12:00/12:30、ディナー18:00/19:00
定休日|水曜
料金|2万2000円(サ別)
https://levo.toyama.jp

BEARD
住所|長崎県雲仙市小浜町北本町2-1
コース開始時間|12:00(水・木・土曜)、18:00(金・土曜)
定休日|日〜火曜
料金|9900円〜
www.b-e-a-r-d.com
※予約はウェブサイトより

pesceco
住所|長崎県島原市新馬場町223-1
Tel|0957-73-9014
コース開始時間|12:00、土曜19:00
定休日|日・月曜
料金|1万9360円(サ別)
https://pesceco.com

text: Yumiko Inukai
Discover Japan 2022年4月号「身体と心をととのえる春旅へ。」

RECOMMEND

READ MORE