TRADITION

生態系を守る伝統行事「放生会」をSDGs視点で読み解く
はじまりの奈良

2021.4.7
生態系を守る伝統行事「放生会」をSDGs視点で読み解く<br><small>はじまりの奈良</small>
興福寺『放生会』の舞台、猿沢池。以前は樽から金魚を放っていたが、2020年からスロープを設置して在来種をやさしく放流。古い瓦を使った魚礁は瓦の浄化作用で水質改善にも

初代神武天皇が宮を造られ、日本建国の地とされている奈良県。連載《はじまりの奈良》では、日本のはじまりとも言える奈良にゆかりのものや日本文化について、その専門家に話を聞いていきます。今回は生態系に配慮した新たな伝統行事「放生会」について、淡水魚を専門に生物の調査や研究をしている近畿大学准教授の北川忠生さんに伺いました。

教えてくれたのは……
北川忠生(きたがわ・ただお)さん

愛知県出身。近畿大学農学部環境管理学科准教授。淡水魚の進化や保全に関する調査、研究、活動をするほか、絶滅の危機に瀕している魚や侵略的外来生物の研究をしている

奈良公園で30数年ぶりに絶滅危惧種が確認された

「いま地球は『第6の大量絶滅の時代』を迎えています。人間の活動による弊害で1年間に約4万種もの生物が絶滅しているのです」

そう話すのは、近畿大学農学部環境管理学科准教授の北川忠生さん。「国際自然保護連合(IUCN)」が国際的な絶滅危惧種のレッドリストを公開しているほか、環境省やすべての都道府県でもそれぞれがレッドリストを作成しているほどだという。

北川さんが専門とする淡水魚ではどうだろうか。2016年の調査では、奈良県に生息する在来魚は58種。同年、同県のレッドリストにはそのうち29種が掲載された。たとえば、ミナミメダカなどだ。まさに、地域から多くの生物が消えかかっている。

そんな中、明るいニュースもあった。東大寺や鹿で知られる奈良公園内のある池で、30数年ぶりに絶滅危惧種が確認されたのだ。それは外来種によって1970年代以降に姿を消したとされていたニッポンバラタナゴ。2004年の調査で小さなタナゴが2尾見つかり、北川さんがDNA分析をしたところ、翌年判明したという。

「奈良公園内の池に残っていた理由は、文化財とともに景観保存されていたことや、定期的な管理で水抜きなどがされていたこと、規制や管理による外来生物の侵入の阻止が考えられます」

奇跡的に生き残っていた、ニッポンバラタナゴ。2010年、県はニッポンバラタナゴを、捕獲などを禁止する特定希少野生動植物に指定し、保護管理事業計画を策定。現在は守られている状況だ(写真=森宗智彦)

しかし、ニッポンバラタナゴは“自分たちだけで”生きていたわけではない。彼らは生きていくのにドブガイという二枚貝が必要で、そのドブガイの赤ちゃんはハゼの仲間のヨシノボリのヒレに産みつけられる。つまり、ヨシノボリがいないとニッポンバラタナゴは生きていけない。さらに、生きるためにはそれぞれが餌を必要とする。ニッポンバラタナゴは水中のコケを、ヨシノボリは水生昆虫を、ドブガイは植物プランクトンを食べるのだ。

「こうしたつながりを『生態系』と呼びます。何かがいなくなると、それを必要とする生物もいなくなってしまうのです」

北川さんは近畿大学の学生と実習としてその池の水をすべて抜き、ヘドロを手作業で上げて捕獲調査をし、なんとか生息環境を維持していたが、絶滅の可能性があり、2012年にすべてのニッポンバラタナゴを捕り上げた。

「ある里山の溜め池跡を素掘りして復元し、現在は自然な状態で大量に繁殖しています。これにより絶滅危惧種から、人の管理下において命をつなぐ野生絶滅種としてスタートを切ったのです」

北川さんたちは里山環境を取り戻すため、ニッポンバラタナゴを育てながら伝統野菜も栽培。ニッポンバラタナゴの奈良での地方名「ぺたきん」から、野菜のブランド名は「ぺたきんの恵み」

また、奈良県では生態系に配慮した新しい伝統行事もはじまっている。興福寺で毎年4月に行われる「放生会」だ。命の大切さを学び、無駄な殺生を避ける仏教の教えにのっとった儀式で、以前は金魚を猿沢池に放っていた。しかし、批判が出たのだ。金魚は自然界に存在しない外来生物であり、病原菌を持ち込む可能性があるなどの指摘だ。興福寺から相談された北川さんは、次の提案をした。

「ひとつ目が、事前に採集調査をして外来種を選別し、『放生会』で在来種のみを放つこと。ふたつ目が、やさしく放流すること。3つ目が、命を育む働きかけです。魚の繁殖場所となるよう、寺にあった古い瓦を使って人工魚礁(魚のすみか)を設置しました」

以前は金魚を猿沢池に放っていた(写真=興福寺)

生態系に配慮して、命を守り、伝統行事をも継承していく。そうした視点や行動が、自然界と共存していく社会の“当たり前”になってほしいものだ。

SDGs視点で読み解く伝統行事「放生会」の意義とは?

人間、地球及び繁栄のための行動計画、持続可能な開発目標として国際的に採択されたSDGs。17の目標のうちゴール15の 「陸の豊かさも守ろう」に注目してみると、奈良県は森林面積割合(森林面積/総面積)が全国6位、鳥獣保護区割合(鳥獣保護区面積/総面積)は16位です。(※2021年3月現在)

森林や鳥獣保護区の面積割合の多さは、本記事で紹介した生態系を守る伝統行事「放生会」をはじめ奈良県で行われている生物多様性保全の取り組みと深いつながりがありそうです。長い歴史がある奈良県だからこそ、遠い未来にも目を向けることができ、自然環境を守ることの大切さが地域に浸透しているのかもしれませんね。

(解説協力:サステナブル・ラボ株式会社

cooperation: Masayuki Miura text: Yoshino Kokubo photo: Tadao Kitagawa
Discover Japan 2021年4月号「テーマでめぐるニッポン」


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