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山口県の“うまい”を堪能する旅。
第1回|海の幸

2020.11.2
山口県の“うまい”を堪能する旅。<br>第1回|海の幸

山口県長門市、長門湯本の街づくりに端を発し、県全体の魅力のとりこになった編集部。今回から4回連載で掘り下げるテーマは、旅の醍醐味「食」。第1回は日本海側に面する、山口県長門市に焦点を絞り、足を運び、味わうべき品のある店を取り上げます。

春夏秋冬、旬の魚介が食べられる長門市

山口県の屈指の水揚げ高を誇る仙崎港を中心に、長門市では年間を通じて、多種多様な海産物が水揚げされる。たとえば、料亭御用達の高級魚「キジハタ」、地名を冠した「仙崎ぶとイカ(ケンサキイカ)」や「仙崎トロあじ(マアジ)」、歴史ある大浦海女がとる「黒ウニ・赤ウニ」「あわび」「サザエ」「天然の岩ガキ」、また海水を利用した陸上養殖場で育てられる「トラフグ」も忘れるべからず――、と数えあげればきりがない。春夏秋冬、旬の美味しい魚介を幅広く食べられるのが長門市の魚介の特徴である。

加えて好漁場の多い山口県の沿岸地は、日本有数のかまぼこの産地。貞享年間(1684-1688年)から、かまぼこづくりが行われるようになったといわれ、すりつぶした魚肉をガマの穂のように成形して焼いたものを、長州藩主毛利吉元へ献上したのが始まりとされる。県内沿岸に点在する港には、かまぼこの原料となるエソと呼ばれる魚が大量に水揚げされたことも、かまぼこの生産が盛んに行われるようになった理由だろう。

また全国的には、蒸して仕上げる「蒸しかまぼこ」が一般的だが、長門市を含む山口県ではすり身を盛り付けた板の下から火で焼き続ける「焼き抜き」製法を採用している場合が多いのも特徴だ。「蒸しかまぼこぼ」の食感が柔らかであるのに対し、焼き抜き製法によるかまぼこの食感は、より弾力が強いといわれる。

新鮮魚介が自慢の“海女の店”
家族経営の和やかな雰囲気も名物

20代から海女として海に潜ってきた森永郁子さん。新鮮な魚介料理はもちろん、明るく和やかな郁子さんも大阪屋の“名物”に違いない

「海は楽しいところよ。楽しいからこの仕事を続けていられるの。嫌なことがあっても海の中では思い出さないし、無の自分になれるのが気持ちいいのよね」。快活な笑顔でこう話す森永郁子さんは居酒屋「大阪屋」の女将であり、現役の海女だ。

郁子さんの住まいは、長門市の北西、日本海に突き出した半島の大浦漁港のほど近くにある。「大浦の海女」といえば、その歴史は15世紀初めまでさかのぼるといわれ、江戸時代には藩主の庇護を受けて「海女士」と呼ばれ、藩主の前に出るときにも海女の正装を許されていたくらいに特別な存在だった。

母も海女だった郁子さんは、幼い頃から海に親しんでいたが、職業的に海に潜るようになったのは25歳の時だ。「子育てしながらできる仕事でしたから。海からあがって、濡れたままお迎えに行ったりしたよね」と、仕事の後に一緒に店に立つ夫の晃次さん、娘の真夕さんと笑い合う。

大阪屋の自慢はもちろん魚介料理。アワビやサザエ、ウニ、ナマコ、ワカメ、海藻類など、郁子さんが獲る四季折々の海産物のほか、市場で水揚げされたばかりの新鮮な魚を使ったメニューが並ぶ。また、玉子焼きやイモの天ぷらなどの家庭料理も人気だ。元は郁子さんの叔母が始めた店だったが、叔母の引退に伴って郁子さんがのれんを引き継ぐことになった。「叔母から作り方を教わったクリームコーンの特製コロッケは、タネのまとめ方が難しくて母しか作れないんです」と真夕さん。

人気の秘密は家族経営の和気あいあいとした雰囲気にもある。郁子さんはカウンターに一人客が座った時には「寂しい想いをさせたくない」と必ず話し相手になる。

木箱に漁業者である郁子さんの名前が書かれたウニを、贅沢にも数粒、箸でぞぞっとすくい、何もつけずに口に運ぶ。凝縮した旨味と甘味がとろけて、自然に笑みが浮かんでしまう。なるほど、夜が更けるほどにこの店が笑顔であふれているのは、この味わいと郁子さんファミリーの朗らかさがあるからに違いない。

郁子さんが獲ったアワビやサザエ、市場直送の新鮮な魚がたっぷり。「刺身の盛り合わせ」(写真は3人前3000円・税込)
5月~10月には郁子さんご自慢の新鮮な生ウニが食べられる。「生ウニ 赤4000円、紫2000円」
やわらかいクリームコーンをさっくりと揚げた「コロッケ」(500円)は、前店主の叔母の代からの人気メニューだ
左から、森永晃次さん、郁子さんご夫妻と、娘の長谷真夕さん
開店後すぐに客が訪れ、カウンターや座敷でくつろぐ。夜が更けるごとに、和気あいあいとした雰囲気に

大阪屋
住所|山口県長門市東深川843
Tel|0837-22-6785
営業時間|17:00〜22:00(早めの時間は応相談)
定休日|日曜

地元の干物生産者がつくる
“間違いなく旨い”こだわりの定食

干物づくりを行いながら、店頭に立つこともあるという代表の西川幸二さん。「『おいしいものをつくりたい』という気持ちが、おいしさの秘訣です」

「ひものや食堂 ひだまり」があるのは、長門市仙崎の海辺に建つ道の駅「センザキッチン」の一角。地域の多彩な食の魅力を伝えるこの施設内で、旬の魚の干物や海鮮フライの定食を提供している。

運営は「センザキッチン」のすぐ側に工場を構える「ひもの処 魚健」。仙崎の魚に魅せられて移住を決意したという西川幸二さんが、2008年に設立した干物や惣菜、加工品の生産・販売業者だ。

「生まれは和歌山県にある創業100余年の魚屋。そこで20年間、水産加工業に携わってきたのですが、仕事で仙崎漁港を訪れた際、まき網漁法で漁獲された瀬付きあじがピチピチと跳ねる様子を目にして衝撃を受けたんです。山口県は漁港が多く、魚種も豊富。この土地で自分が目指す美味しい干物をつくりたいと、直感的に感じました」

使用するのは仙崎、下関、角島近海で水揚げされた魚が中心。日本海の荒波で育つ魚は、引き締まった身と良質な脂が特長で、干物に最適であるという。仕入れた魚は鮮度を落とさないよう丁寧に処理を行い、「潮返し(うしおがえし)」と呼ぶ独自製法で干物にしていく。

「潮返しとは、長門で製造された『百姓の塩』とヒマラヤの岩塩、そしてうちで使う魚が育った北浦の滅菌海水を独自の比率でブレンドした塩水のみで調味し、低温でじっくり干し上げる製法です。魚と同じ海の水と塩を用いることで、魚を干物として“生き返らせている”イメージですね。魚本来の旨味が感じられる、ふっくらとした干物に仕上がっています」

ひものや食堂 ひだまりでは、自慢の干物をメインにした定食に加え、1枚1枚手づくりした瀬付きあじのフライやさわらのメンチカツなど、さまざまなメニューを用意。テイクアウトメニューもあり、アジフライバーガーは売り切れ必須の人気商品だ。どの料理も噛みしめるたびに、新鮮な魚ならではの風味のよさが伝わってくる。

「手塩にかけた干物や加工品を最高のかたちで食べていただきたくて、“ひだまり”を開店したんです」

“ひだまり”という名前の通り、心温まる味を堪能してほしい。

定番人気のアジフライとかますフライ、のどぐろの一夜干しをつけた定食「ゆうひ」(1,580円)。炭火で焼いたのどぐろは脂のりが抜群。白飯は油谷地区の棚田米で、おかわり自由
プランクトンが豊富な山口県の日本海側の天然礁に住みついたあじは「瀬付きあじ」と呼ばれ、脂のりがよく肉厚なのが特徴。その瀬付きあじを1枚使った贅沢なアジフライバーガー(430円)。タルタルかウスターソースを選べる
テーブルや椅子は萩市内にある家具の製作工房、中原木材工業のもの。プレートは萩焼深川窯の坂倉善右衛門、汁碗は下関市でつくられたムクロジ木器の品を採用している
仕入れた魚は「ひもの処 魚健」の工場で素早く処理されていく。すべて手作業によるもので、丁寧なひとつひとつの仕事が、干物や加工品の美味しさにつながっている
ひものや食堂 ひだまりが入居するセンザキッチンでは、瀬付きあじ開き(480円/2尾)や、のどぐろ開き(1,100円/1尾)など、干物や加工品の販売も行なっている。日本国内への発送も可能だ

ひものや食堂 ひだまり
住所|山口県長門市仙崎4297-1(センザキッチン内)
Tel|0837-27-0178
営業時間|9:00~18:00(平日L.O.15:00、土・日曜・祝日16:00)、テイクアウト9:00~17:00
定休日|第2木曜日及び元旦、但し8月、祝日は営業
https://www.facebook.com/hidamari.senzaki/

近海で捕れた鮮魚のみを使い、伝統製法で焼き上げるかまぼこの真髄

中央が大和蒲鉾の3代目、磯野奈緒さん。右が妹の大町周子さん、左が夫の大町寿史さん。家族と長年務めるスタッフとともに、かまぼこ製造に励む

かまぼこの産地である山口県の家庭には、それぞれに“お気に入りのかまぼこメーカー”があるという。中でも「大和蒲鉾」は一般家庭のみならず、県内の料理人からの支持も厚い。その理由をたずねると、「品質へのこだわりが徹底している」と皆が口を揃える。

大和蒲鉾が店を構えるのは仙崎漁港の近く。冷凍すり身を用いるメーカーが多い中で、1946年の創業時より、近海で水揚げされたばかりのエソと呼ばれる魚だけを使用している。エソとは脂が少なく身が締まった白身魚で、一級品のすり身の素材。毎朝、漁港より直送されるエソは手作業で処理し、その日に製造するかまぼこの原料となる。ゆえに荒天で漁に出られない日の製造は中止。そのようなリスクを抱えながらも、なぜ生の鮮魚に限定しているのか。大和蒲鉾の3代目、磯野奈緒さんに聞いた。

「冷凍すり身を採用した方が、安定して製造が行えるのでしょう。使ったことがないのでわからない部分もありますが、エソの鮮度は確実に落ちる。それにより旨味が抜け、身の質が下がり、食感が変わってしまいます。“大和蒲鉾の味”を守り続けるためにも、昔と同じ新鮮なエソを使うことは大切な選択なんです」

身と骨、皮を分け、人の手による水さらしで余分な脂肪と皮を取り除き、肉挽きをした後、冷却した石臼ですり潰し、まろやかになるよう練り上げる。ひとつひとつの工程に気を配りながら、かまぼこづくりは行なわれていく。仕上げは山口県伝統の焼き抜き製法だ。すり身をのせた板の真下から低温の熱をじっくり当てるため、焼き上がりの肌は白く美しい。加熱中に膨張したかまぼこの表面は冷えて縮むため、独特の細かなシワが生まれ、歯ごたえのあるプリプリした食感となるという。

「焼き上がったかまぼこは冷却して身を落ち着かせ、必ず味を確認します。『大和蒲鉾のクオリティに達していない』と感じたら、その日に製造したかまぼこはすべて出荷しません。自信をもってご提供するかまぼこの味が、お客さまからの信頼につながりますから」

かまぼこの原料となるエソは、細長い円筒状で口が大きい。美味しい白身魚であるが小骨が多いため、練り製品として用いられる。エソのみでつくられるかまぼこは最高級品とされる
手作業で頭と内臓を除去した後、氷水の中で内臓の取り残しや血合いを一匹ずつ丁寧に洗っていく
採肉機で骨と皮を除去した身を冷水にさらし、余分な脂肪や皮をしっかり取り除く。これを「水さらし」と呼び、かまぼこの品質を保ち、弾力ある食感を生みだすための重要な工程だ
板の上に身をのせて成型し、フィルムで包装したものを、遠赤外線で焼き上げる。もともとは炭火で焼いていたが、技術の発達により遠赤外線を使うようになったという
工場に併設された店舗の壁一面に賞状が飾られている。看板商品の「浜千鳥」は農林水産大臣賞など多数の受賞歴があり、宮内庁御用達のかまぼこでもある
職人が丁寧に仕上げた「浜千鳥」(小板756円)。きめ細かな白い表面にあるちりめんじわが特徴で、噛めば噛むほどかまぼこの旨味が感じられる。「かま天」(648円)や「ごぼう巻き」(540円)も人気

大和蒲鉾
住所|山口県長門市仙崎1267
Tel|0837-26-0611
営業時間|9:00〜17:00
定休日|年末年始

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text=Tomoko Honma photo=Ryusuke Honda


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