HOTEL

【第2回】山口県 宿の選び方・楽しみ方3選
「松田屋ホテル」

2020.10.8 PR
【第2回】山口県 宿の選び方・楽しみ方3選<br>「松田屋ホテル」

山口県の奥深さに魅了された編集部が、旅をテーマにし、宿にフォーカスする本連載。くつろげる部屋のつくりや周りの環境、質の高い食事は、その旅の質を左右するといっても過言ではありません。楽しみかた別にセレクトした宿の、第2回は山口市に位置する湯田温泉の老舗旅館「松田屋ホテル」です。

維新の志士ゆかりの宿で、歴史に思いを馳せる

維新の志士たちが集った場として知られる松田屋ホテル。温泉に身をゆだね、美食を堪能しながら、明治維新を成し遂げた男たちの足跡に触れられる。歴史ファンならずとも、満足のゆく滞在ができるだろう。

作庭は江戸中期。当初は遠山を借景とした枯山水で、現在の廻遊式日本庭園になったのは1918年のこと。本館のすべての客室から庭が眺められる

維新の志士たちと同じように
酒を飲み、湯浴みを楽しむ贅沢

「松田屋ホテル」(1932年に「松田屋」から改名)の創業は1675年。ここ湯田温泉は豊富な湯量に恵まれた土地で、長州藩・毛利家の湯治場でもあった。代々山口・湯田の地主である松田家は農業を営むかたわら、山間の温泉場として街道を行き交う旅人のために、旅の疲れを癒す止まり木として宿を供し続けてきた。

守護大名の大内氏によって開かれ、一時代はおおいに栄えた山口の町。しかし大内家滅亡後は参勤交代の通過点に過ぎず、寂れた風情は増すばかりであった。転機が訪れたのは1863年。この年に討幕を企む長州藩13代藩主・毛利敬親(もうりたかちか)が、藩庁を萩から山口に移したことで、盛んに街づくりが行われていく。山口は京へも江戸へも足場がよい。城の移転には幕府の許可が必要だが、敬親は湯田温泉での湯治を建前に、山口に居座り続けた結果だという説もある。

そこへやって来たのが維新の志士たちだ。当時の湯田温泉には旅籠(はたご)が2〜3軒しかなかったため、松田屋は会合の場として頻繁に利用されたと考えられる。さらにこの頃は松田屋のすぐそばに錦川(にしきがわ)が流れていたため、「密談中に急襲されても川から逃げられる」と思案したのではなかろうか。木戸孝允、三条実美率いる七卿、坂本龍馬、西郷隆盛、大久保利通、伊藤博文など、討幕の志を掲げる男たちはしばしば松田屋を訪れ、密議を交わし、酒を飲み、温泉で心身の疲れを癒したのだろう。

松田屋での維新の志士たちの様子を記した資料はない。たかだか150年前の話。従業員による口伝がほどんどだという。だが松田屋ホテルには彼らが浸かった「維新の湯」や、高杉が楓の幹に「盡国家之秋在焉(国家ニに盡スノトキナリ)」と刻んだ「憂国の楓」、西郷、大久保、木戸が会見した場の「南洲亭」といった史実の痕跡が数多く残る。館内のいたるところで、維新の志士たちの気配が感じられるはずだ。

「維新の湯」の浴槽は1860年につくられたもの。松田屋ホテルを訪れた維新の志士たちが入浴したという。現在は源泉掛け流しの家族風呂となっている
松田屋ホテルゆかりの志士たちにまつわる資料を展示する「明治維新資料室」。ダイニング「錦旗」のギャラリースペースにも展示品がある
高杉晋作が松田屋の玄関横にあった楓の幹に「盡国家之秋在焉」との文字を刻んだもの。1925年に偶然発見された
旅館業の心得として伊藤博文が送った「履信居仁(りしんきょじん)」との書。扁額はロビーに掲げられている
1867年に西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允が討幕に向けた会見をした「南洲亭」。修繕を重ねながらも、柱などは当時のまま残っているという

ゲスト本位のもてなしを心掛け
特別な滞在を約束する

初代内閣総理大臣を務めた伊藤博文は1899年に再び松田屋を訪れ、「履信居仁(りしんきょじん)」と記した書を残している。これは「信を日々繰り返し行い、礼に基づき自分に厳しく他人に優しく、思いやりの気持ちでいなさい」との意をもつ、松田屋のもてなしの心の象徴となる言葉だ。ゲストの気持ちに寄り添い、満足のいく滞在ができるよう、あらゆる面で最善の努力を怠らない。それこそが松田屋のもてなしの真髄だといえよう。

客室は大正時代に建てられた風情漂う数寄屋造りの本館と、現代的な快適性を叶えた新館がある。本館から臨める廻遊式庭園は、明治・大正・昭和を代表する作庭家、七代目小川治兵衛が手掛けたとされ、国の登録記念物にも指定される名庭だ。庭園には西郷、大久保、木戸の会見所、七卿落史蹟、司馬遼太郎が著書『街道をゆく』で綴った赤松、温泉の足湯などもあり、見どころが詰まっている。

さらに維新の志士たちを癒した温泉も素晴らしい。湯田温泉の起源は室町時代とされ、湯田の権現山の麓にある寺の池で白狐が傷を治していたことを機に温泉が見つかったという伝説が残されている。泉質はアルカリ性単純温泉。肌に馴染む柔らかな湯はじんわりと身体を包み込み、心身ともにリフレッシュされていく。300年以上にわたり松田屋ホテルが愛される理由は、訪れてこそわかるはずだ。

本館101「萩の屋」は本間8畳と次の間付きの客室。掛け軸「龢」は法隆寺長老、間中定泉(けんちゅうじょうせん)によるもの。本館客室の風呂では温泉が楽しめる
6階建ての新館からは湯田の街を一望できる。客室の広さは3タイプあり、ベッドタイプの客室や半露天風呂付きの特別室も
2019年に新設した大浴場「蔵の湯」の露天風呂。ほかに大浴場「花柏の湯」や「岩の湯」、家族風呂があり、館内での湯巡りも一興だ
左)本館客室のアメニティにはロクシタン製を採用。清涼感ある柑橘系の香りが心地よい。右)浴衣は柄違いの2枚が用意されている。1枚は維新の志士たちの号がモチーフ、もう1枚はまつぼっくりの柄

旬の美味を贅沢に使う
長州四季料理に舌鼓を打つ

料理の腕を振るうのは、日本旅館協会が全国で9名しか委嘱していない「日本料理指南役」である料理長の梶本剛史さん。瀬戸内海や日本海沿岸で捕れた新鮮な魚介類、地形や気候条件をいかして栽培された農産物など、使用する食材は“地元産”にこだわり、そこへ四季折々の風情を盛り込んだ月替わりの会席料理を提供している。

春は萩や仙崎で水揚げされる甘鯛、夏は瀬戸内の鱧(はも)、秋は車海老養殖の発祥の地である秋穂の車海老、冬は下関のフグなど、旬の味覚を存分に楽しめるだろう。

梶本さんが心掛けているのは、温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいうちに提供すること。その言葉通りの料理の数々は感動を覚えるほどだ。

先付/すっぽんの煮凍り(左上)、かつおと昆布の出汁で炊いた舞茸と菊花と蟹のお浸し(右上)、前菜/鯛のふくさ田楽、キスの塩焼き、栗の甘露煮、村雨玉子、イカの紅葉和えを品よく盛って(下)
造里/秋穂の車海老、近海の真鯛、シマアジ、サザエ、そして中トロ。魚種の豊富さも山口ならでは
煮物椀/瀬戸内海で捕れた鱧の鍋。松茸や玉ねぎとともに。焼いた鱧の骨からとった出汁との相性が抜群
煮物/モチっとした食感の南瓜饅頭の中には鰻、海老、椎茸、銀杏が。えんどうのペーストも鮮やか
お凌ぎ/鱧の照り焼き、海老そぼろ、酢れんこん、どんこ椎茸などを混ぜた酢飯を包んだちらし寿司茶巾
強肴/A4ランクの黒毛和牛のステーキ。献立は月替わりだが、ステーキは定番料理として盛り込まれる
酢の物/焼いたカマスの南蛮漬け、シャインマスカット、しめじに、白和えに酢を効かせた白酢をかけて
果物、甘味/山口県内で栽培された旬のくだもの。甘味もいとこ煮は小豆と白玉と用いた山口の郷土料理
山口の地酒/獺祭や東洋美人など、山口が誇る日本酒はもちろん用意。維新の酒は松田屋ホテルオリジナル
朝食/旬菜を盛り込んだ珍盛、出し巻卵、ヤリイカの刺身などがずらりと並ぶ彩り豊かな朝食。下関産のフグの一夜干しは通年提供される。身体がよろこぶ和朝食だ
毎年10月から3月まで(2020年10月1日〜2021年3月31日)まで、下関で水揚げされたふぐを堪能できる宿泊プラン(「本格とらふぐコース」、「ふく入会席」)を実施している。ふぐ刺し、ふぐちり、ふぐの唐揚げ、ふぐの湯白子、ふぐの焼き白子など、単品メニューも用意(要予約)。冬の時期にしか味わえないふぐの味わいをぜひご堪能あれ

松田屋ホテル
住所|山口県山口市湯田温泉3-6-7
Tel|083-922-0125
Fax|083-925-6111
客室数|31
料金|1泊2食付2万4200円〜(2名1室利用時の1名料金、税・サ込み)
カード|AMEX、DC、DINERS、JCB、UC、VISA
チェックイン|16:00
チェックアウト|10:00
朝食|和食(ダイニングルーム、部屋)
夕食|和食(ダイニングルーム、部屋)
施設|大浴場、貸切風呂、レストラン、ショップ、明治維新資料室、宴会場、会議室、庭園
インターネット|Wi-Fi(新館とロビーのみ)

山口県 宿の選び方・楽しみ方3選
1|大谷山荘 別邸 音信
2|松田屋ホテル
3|ホテル楊貴館

text:Nao Oomori photo:Ryusuke Honda

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