「松田屋ホテル」維新志士ゆかりの宿
【第2回】山口県 宿の選び方・楽しみ方
山口県の奥深さに魅了された編集部が、旅をテーマにし、宿にフォーカスする本連載。くつろげる部屋のつくりや周りの環境、質の高い食事は、その旅の質を左右するといっても過言ではありません。楽しみかた別にセレクトした宿の、第2回は山口市に位置する湯田温泉の老舗旅館「松田屋ホテル」です。
維新の志士ゆかりの宿で、歴史に思いを馳せる
維新の志士たちが集った場として知られる松田屋ホテル。温泉に身をゆだね、美食を堪能しながら、明治維新を成し遂げた男たちの足跡に触れられる。歴史ファンならずとも、満足のゆく滞在ができるだろう。
維新の志士たちと同じように
酒を飲み、湯浴みを楽しむ贅沢
「松田屋ホテル」(1932年に「松田屋」から改名)の創業は1675年。ここ湯田温泉は豊富な湯量に恵まれた土地で、長州藩・毛利家の湯治場でもあった。代々山口・湯田の地主である松田家は農業を営むかたわら、山間の温泉場として街道を行き交う旅人のために、旅の疲れを癒す止まり木として宿を供し続けてきた。
守護大名の大内氏によって開かれ、一時代はおおいに栄えた山口の町。しかし大内家滅亡後は参勤交代の通過点に過ぎず、寂れた風情は増すばかりであった。転機が訪れたのは1863年。この年に討幕を企む長州藩13代藩主・毛利敬親(もうりたかちか)が、藩庁を萩から山口に移したことで、盛んに街づくりが行われていく。山口は京へも江戸へも足場がよい。城の移転には幕府の許可が必要だが、敬親は湯田温泉での湯治を建前に、山口に居座り続けた結果だという説もある。
そこへやって来たのが維新の志士たちだ。当時の湯田温泉には旅籠(はたご)が2〜3軒しかなかったため、松田屋は会合の場として頻繁に利用されたと考えられる。さらにこの頃は松田屋のすぐそばに錦川(にしきがわ)が流れていたため、「密談中に急襲されても川から逃げられる」と思案したのではなかろうか。木戸孝允、三条実美率いる七卿、坂本龍馬、西郷隆盛、大久保利通、伊藤博文など、討幕の志を掲げる男たちはしばしば松田屋を訪れ、密議を交わし、酒を飲み、温泉で心身の疲れを癒したのだろう。
松田屋での維新の志士たちの様子を記した資料はない。たかだか150年前の話。従業員による口伝がほどんどだという。だが松田屋ホテルには彼らが浸かった「維新の湯」や、高杉が楓の幹に「盡国家之秋在焉(国家ニに盡スノトキナリ)」と刻んだ「憂国の楓」、西郷、大久保、木戸が会見した場の「南洲亭」といった史実の痕跡が数多く残る。館内のいたるところで、維新の志士たちの気配が感じられるはずだ。
ゲスト本位のもてなしを心掛け
特別な滞在を約束する
初代内閣総理大臣を務めた伊藤博文は1899年に再び松田屋を訪れ、「履信居仁(りしんきょじん)」と記した書を残している。これは「信を日々繰り返し行い、礼に基づき自分に厳しく他人に優しく、思いやりの気持ちでいなさい」との意をもつ、松田屋のもてなしの心の象徴となる言葉だ。ゲストの気持ちに寄り添い、満足のいく滞在ができるよう、あらゆる面で最善の努力を怠らない。それこそが松田屋のもてなしの真髄だといえよう。
客室は大正時代に建てられた風情漂う数寄屋造りの本館と、現代的な快適性を叶えた新館がある。本館から臨める廻遊式庭園は、明治・大正・昭和を代表する作庭家、七代目小川治兵衛が手掛けたとされ、国の登録記念物にも指定される名庭だ。庭園には西郷、大久保、木戸の会見所、七卿落史蹟、司馬遼太郎が著書『街道をゆく』で綴った赤松、温泉の足湯などもあり、見どころが詰まっている。
さらに維新の志士たちを癒した温泉も素晴らしい。湯田温泉の起源は室町時代とされ、湯田の権現山の麓にある寺の池で白狐が傷を治していたことを機に温泉が見つかったという伝説が残されている。泉質はアルカリ性単純温泉。肌に馴染む柔らかな湯はじんわりと身体を包み込み、心身ともにリフレッシュされていく。300年以上にわたり松田屋ホテルが愛される理由は、訪れてこそわかるはずだ。
旬の美味を贅沢に使う
長州四季料理に舌鼓を打つ
料理の腕を振るうのは、日本旅館協会が全国で9名しか委嘱していない「日本料理指南役」である料理長の梶本剛史さん。瀬戸内海や日本海沿岸で捕れた新鮮な魚介類、地形や気候条件をいかして栽培された農産物など、使用する食材は“地元産”にこだわり、そこへ四季折々の風情を盛り込んだ月替わりの会席料理を提供している。
春は萩や仙崎で水揚げされる甘鯛、夏は瀬戸内の鱧(はも)、秋は車海老養殖の発祥の地である秋穂の車海老、冬は下関のフグなど、旬の味覚を存分に楽しめるだろう。
梶本さんが心掛けているのは、温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいうちに提供すること。その言葉通りの料理の数々は感動を覚えるほどだ。
松田屋ホテル
住所|山口県山口市湯田温泉3-6-7
Tel|083-922-0125
Fax|083-925-6111
客室数|31
料金|1泊2食付2万4200円〜(2名1室利用時の1名料金、税・サ込み)
カード|AMEX、DC、DINERS、JCB、UC、VISA
チェックイン|16:00
チェックアウト|10:00
朝食|和食(ダイニングルーム、部屋)
夕食|和食(ダイニングルーム、部屋)
施設|大浴場、貸切風呂、レストラン、ショップ、明治維新資料室、宴会場、会議室、庭園
インターネット|Wi-Fi(新館とロビーのみ)
山口県 宿の選び方・楽しみ方3選
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2|松田屋ホテル
3|ホテル楊貴館
text:Nao Oomori photo:Ryusuke Honda