「あか吉」
愛媛・伯方島のすごい鮨【前編】
広島県尾道市から愛媛県今治市を結ぶ「しまなみ海道」沿いの伯方島にある、知る人ぞ知る鮨の名店「あか吉」。瀬戸内海の豊かな自然が生んだ最高の魚に出合うため、食ジャーナリストのマッキー牧元さんが伯方島を訪ねます。
マッキー牧元さん
食ジャーナリスト。味の手帖 取締役編集顧問。年間国内外700外食をこなし、食情報を発信。虎ノ門横丁や食のECサイト「グッドイートクラブ」もプロデュース。HPはマッキー牧元公式サイト「おいしい日記」
ここでしか食べることができない
「あか吉」の鮨
恋に落ちる魚が、ここにはある。伯方島の「あか吉」。最寄りの駅は今治である。しかし今治からタクシーでは8000円。田舎道にぽつねんと佇むこの店は連夜満席で、全国からお客がやってくる。マグロはない。コハダもない。イクラは置いているが、出すことはまれである。だがここの魚はすべてが、ここでしか食べることができない。
珍しい魚や、いつも食べている魚もあるが、どの魚を食べても、体に秘めた凛々しさと純真さに、そして放たれるさまざまな香りに酔い、惚れてしまう。ここの魚たちは、なんと純情なのだろう。切ない色気を醸すのだろう。心を焦らされ、食べ終わった瞬間からまた会いたくなる。まさに恋に落ちる魚たちである。
最初に驚かされたのは、サワラの漬け握りだった。サワラが本来の色気をじっとりと滲ませ、歯に優しく食い込んで、崩れながら、酢飯と舞う。妖艶という言葉は、この握りのためにある。心をほだす味は、いつまでも余韻として残る。魚と情を交わすとは、このことであると知った。
タイは、酢飯と出合うと、味わいに別の丸みが現れて、旨みが膨らんでいく。アカガイは、鉄分が豊かなのに苦みは一切感じさせず、きれいな甘みだけを感じさせる。浸透紙に包んで、冷蔵庫に出し入れを繰り返し、完璧な塩抜きをしたという。
キジハタの中華蒸しは、コラーゲンが唇に舌にのどに、口腔全体にしなだれ、甘えてくる。タチウオの塩焼きは、空気を含むかのように、口の中でふわりと崩れ、舞って、じんわりと澄んだ美しい甘みを広げていく。
もっちりした食感のヤイトガツオは、中トロのようななめらかな脂で魅了する、ふんわりとして白エビに似た甘みをもつテンジクダイ、小さな体から、甘みがどんどんわき出てくる。
オコゼ酒蒸しは、透明感のある味で、磯臭さはみじんもなく、純粋な甘さだけが天露のように滴る。
まさに驚きの連続である。それは、ご主人・赤瀬淳治さんが漁師・藤本純一さんと、20年間にわたって試行錯誤を続けてきた、結晶なのであった。
<目移り必至の海の幸>
本日の魚がずらりと並べられた姿は圧巻。ヒゲソリダイ、ベラなど寿司店には珍しい魚も並ぶが、中華の技も駆使して極上の料理となって登場する。
あか吉
住所|愛媛県今治市伯方町北浦甲1203-8
Tel|0897-73-0627
営業時間|17:00〜22:00
定休日|火曜
※おまかせ1万5000円〜
text:Mackey Makimoto photo: Kenta Yoshizawa
Discover Japan 2022年2月号「美味しい魚の基本」