福島・矢祭町にしかない原石を磨く!
住民参加型〈矢祭ブランド会議〉続報
都心から約3時間というアクセスのよさから“東北の勝手口”と呼ばれる福島県・矢祭町(やまつりまち)は、地域が主体的に情報発信できる体制整備を目的とする復興庁の支援事業の受託機関として、2023年秋よりDiscover Japanとともに「矢祭ブランド会議」プロジェクトをスタートした。
第1回矢祭ブランド会議では矢祭町の魅力を掘り起こし、2024年1月に開催した第2回目は矢祭町のその魅力をさらに磨き上げていくための講演とワークショップを実施。第2回の様子と、矢祭町の食文化を支える方々の笑顔と合わせてお届けする。
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SDGsの先駆け?!
“矢祭料理”は、暮らす人が主役
2回目の訪問では、矢祭町の食文化を育む方々に会いに行く。矢祭町は’01年以降、「もったいない」を合言葉として財政改革に取り組んできた地域である。この精神は矢祭町の食卓にも根づいており、野菜中心の食材を余すことなく使い、保存食を常備するといった暮らしの知恵が各家庭で受け継がれてきた。この日、そんな矢祭町ならではの家庭料理を振る舞ってくれたのが、地元の料理名人として知られる熊田孝子さん、本田治子さん、片野順子さん。矢祭町の恵みをふんだんに用いた豊かな料理の数々は、都会では味わえない滋味深いごちそうだ。
「昔は娯楽が少なく、食べることが大きな楽しみだったはず。矢祭町は農作物が豊富に採れますから、旬の美味しさを閉じ込める趣向を凝らした料理が、各家庭でつくられるようになったのだと思います」と片野さん。里芋の茎の皮を剥いて天日乾燥させた「ずいき」の甘辛煮の海苔巻きや、矢祭町産の野菜たっぷりのけんちん汁など、工夫満載の料理には彼女らの温かな人柄が表れているようで、どれも優しい味わいである。
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矢祭町の風土を守り、届ける人に会いに行く。
矢祭町の豊かな食卓を支えるのは、地域の生産者たちだ。かつての矢祭町は「こんにゃくの里」と呼ばれ、至るところにこんにゃく畑が広がっていたという。しかし市場価格の低迷などにより、こんにゃく芋を栽培する農家は激減。いま矢祭町ではこんにゃく文化を次世代に紡いでいこうと、さまざまなプロジェクトが進行している。
こんにゃく製粉メーカー・佐川商店の代表であり矢祭町長・佐川正一郎さんは、「肉やパスタの代替品として用いるなど、こんにゃくは多様な可能性を秘めています。矢祭町ではいまの時代に即した『こんにゃくの里 矢祭』を復活させるため、加工しても風味を損なわないこんにゃく芋の在来種を使い、こんにゃくづくり講習会やプランター栽培の普及といった多様な取り組みを行っています」と真摯な眼差しで語った。矢祭町役場の裏手に建立された「蒟蒻神社」の御祭神である粉こんにゃく製法の祖・中島藤右衛門も、行く末を見守ってくれることだろう。
こんにゃく芋に代わり、新たに栽培されるようになった農作物のひとつがユズである。1990年頃、八溝山系が連なる茗荷地区の農家が集まり「矢祭南ゆず生産組合」を設立。畑のある山の傾斜地は、日中は太陽の光が降り注ぎ、朝晩は一気に冷え込むので、ユズ栽培に適していたのだ。「矢祭町のユズは香り高く、風味豊か。各家庭で食されるほか、ゆずシャーベット、ジャム、ポン酢などの加工品も製造しています」と、ユズ農家・緑川裕之さんは屈託のない笑顔で話す。矢祭町で出会う生産者の方々は、生き生きとした表情をしている。栽培する農作物に自信をもち、矢祭町の発展を心から信じているのであろう。
矢祭町だけのブランドの探し方・磨き方
「矢祭ブランド会議」は住民と役場、一般社団法人CSV開発機構、Discover Japanが一丸となり、矢祭町の潜在的価値を発掘するプロジェクトである。第1回では「私が思う、矢祭町の魅力と課題」をテーマに住民同士が議論を交わし、「自然」、「食」、「地域性」にまつわる多種多様な魅力が浮かび上がってきた。続く第2回は、建築家・吉阪隆正が手掛けた「矢祭町山村開発センター」で開催し、多彩なキャリアをもつメンバー14名が参加した。
第2回矢祭ブランド会議の第1部は「Discove Japanから見た福島・矢祭町の魅力」を切り口とした、写真家・工藤裕之さんと副編集長・渡邊一平によるトークセッションである。それぞれが携わったプロジェクトを例に挙げながら、地域の潜在的な魅力を「再発見→再発信→再編集」の順序で進める地域ブランドのつくり方を解説。同時に矢祭町特有のコンテンツの、生かし方や次のステップへとつなげるためのヒントを紹介した。
第2部は矢祭町にしかない価値を掛け合わせ、参加者自身が挑戦してみたいプロジェクトを考えるというワークショップを実施。グループに分けてディスカッションを行い、「山村留学、こんにゃくづくり、クリスマスに名産のユズを木に飾る『やまツリー』など、体験型の取り組みをやってみたい」、「東館駅前でのビアガーデンやマルシェ、移動式カフェをはじめ、住民皆が楽しめるイベントを増やし、さらに観光客とその楽しさを共有したい」といった、個人の想いを乗せた企画が発表された。
第1回と第2回、両方に参加された鮮魚店「丸安魚店」を夫婦で営む丸山美佳子さんは、「矢祭ブランド会議を通じ、矢澤酒造店と共同イベント『南郷(矢澤酒造店の代表銘柄)を楽しむ会』の、新しいアイデアのイメージが湧いてきました。コロナ禍で中断していたのですが、早く再開したいですね」と微笑む。
矢祭ブランド会議、まだまだ成長中!
矢祭町には「美味しい」を堪能できるスポットも数多く存在する。菓子店「いちごや」では矢祭町産のイチゴやシャインマスカットなど季節のフルーツを使用した和菓子やロールケーキを販売。ここは即日完売の人気店だ。自家焙煎のコーヒーが味わえる「珈琲香坊」は、地域の人々に親しまれる憩いの店。「矢祭町の水は甘みがあり、美味しいコーヒーを淹れるのに最適です」と店主・長谷川修司さんは話し、ハンドドリップで淹れたコーヒーを提供してくれる。
“田舎”と呼ばれる地域は、数え切れないほどあるだろう。だがその地域にしかない魅力は確実にある。矢祭町も田舎町のひとつかもしれない。だが「ただいま」と思わず口にしてしまうほど、町の人々は誰に対しても温かく、訪れるたびにたくさんの魅力に気づかされる。ぜひ一度、矢祭町に息づく魅力的なヒト・モノ・コトに会いに足を運んでみてほしい。矢祭ブランド会議はこれからも走り続け、住民とともに町の魅力にさらなる磨きをかけていく。
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text: Nao Ohomori photo: Hiroyuki Kudoh